第375話 知らない素材
「金属?織物?」
タングステン合金でピンとキタ。
そういう繋がりでくるのか。
しかも、タングステンかあ。
「ええ」
胸のワイシャツの隙間から名刺サイズのプレートを出す。
少し汗の滲んだ、しっとりと柔らかそうな谷間の膨らみの始まりが見えた。
「山田副代表。わたくしたちは空への共同開発へ参加致したく存じますわ」
ですよね。
受け取ったカードは、薄いのにズシリと重い金属の板だ。
持ったグローブ越しに、かなりの高電導性を検知している。
重いけど、金でも鉛でもないな。
これがタングステン合金?
「表面に使われているのは形状記憶メッキの一種です。弊社で開発中の未発表技術になりますわ」
ほほう!
「中身は残念ながら、只のタングステン合金です。こちらは現在の衛星の装甲にもよく使われていますわね」
繋がりがわからないけど、言いたい事は見えてきた。
素材の開発環境か資金援助が欲しいのか?
「無理に加わろうとしなくとも、俺らは希望者全員を上に上げる予定だぞ?」
鳩の豆鉄砲している。
ちょっと可愛いかった。
「それが本心で本懐だとしたら、わたくしは見誤った事を後悔してしまいそうですわ」
俺をじっと見て、深呼吸した胸が大きく動く。
「わたくしは、国と人と、技術を護りたいのです」
睨みつけてくるその目に強い決意が溢れている。
「ハゲタカに食い荒らされる訳にはいきいません。ハブ空港での研究や、いずれ行われる宇宙機建造にはわたくしたちが関わらせて頂きます」
強く出てきたな。
実は月極とは商売敵なのか?
「何故そこまで?」
不敵に笑う。
「今後百年、必要とされる宇宙機の外殻にはわたくし共の提供する合金が欠かせないからです」
俺の手元のプレートを指し示す。
「合金の精製には、炉を使いません。文字通り、タングステンの針を使って圧力で熱して縫ってゆくのです」
ちょっと勿体ぶって流し目をされた。
「お話が進むまで詳しくは申せないのはお察し下さいな。只、実用化して頂ければ、宇宙で炉に火をくべなくとも、現在使用中の装甲より遥かに強い合金が現地で自在に成型出来ますわ」
金属加工なら、溶かして、ざっくり形にして、メッキして、成型。
普通はそう。
使用素材だけ知っていても技術が無ければ加工できない。
にしたって、縫って作る超合金なんて聞いた事が無い。
タングステンは融点がめっちゃ高く、硬度も最高クラスにある。
でも、温度変化に弱く、硬くて脆いからめっさ加工しにくい。
耐久性に難ありで、合金にしないと鉄みたいに直ぐ割れてしまうし、メッキにも手間がかかる。
合金にしたらしたで、今度は熱に弱くなる。
それに、チタンと違って割とレアメタルだった気がするんだよな。
「タングステン合金のみで勝負するのか?」
「望ましくないのでしょうか?」
少し片目を細め、ゆっくり瞬きをした。
表情筋自前か!
「資源量が確保出来るほど産出してなかった気がするんだが」
ロケットの製造にチタンが多く使われるのは、丈夫で確保し易いからだ。
便利で高性能だからって、高コストで希少材料では、宇宙機建設以前の問題だ。
下唇を少し舐め。にたり、と妖しく嗤う。
「わたくしが百年と言ったのは、理由があります」
白軍服が金属プレートに手を添えると、表面にいくつかのグラフと地図が表示された。
ユーラシア東海岸に輝点がいくつか点いている。
なんだこれ、タッチパネルだったのか。
メッキの上に更に描画フィルムが張ってあるっぽい。
「インドシナ半島東の沿岸部でタングステンの鉱床が何カ所か見つかっております。今までは粘菌のテリトリーで人が立ち入る事は出来ませんでしたが。今回、都市圏に派遣して頂いた交渉人に上手く裁いて頂きましたので、大陸の快楽主義者とのトラブルはもう無いと思って良いでしょう」
アレを鎮めたとな。
小人の婆っちゃん。頑張ったんだな。
てか。それもあって、この白軍服たちはあんな不安定な危険地帯に、北の大陸沿岸に細長く勢力伸ばしてたのかな。
港の確保って理由だけじゃなかったのか。
ベトナム辺りから宇宙機の材料を種子島にもりもり運べるなら、コスト的には万々歳だ。
俺らが来なかったらどうなってたんだ?
「掘削技術はわたくし共には御座いません。そこはご協力頂きたいのです。向こう百年、年間三億トンの産出を見込んでおります」
ネットに繋いでないからデータが無い。経費面でチタンと比べられない。
俺が二つ返事で決められる事じゃないな。
「勿論。ニッケルもチタンも。荒らすつもりは御座いません。使い分けが肝心ですわ」
どうかな。
高性能なタングステン合金がお手頃価格で出回れば、市場は黙っていないと思うぞ?
「この場で決めるのは無理だ。本社に持ち帰って検討になるぞ?」
俺の独断でさじ加減決めて良い話じゃないよなあ。
「それで構いませんわ。今回お呼び立てしたのは、この子の為です」
目の前の棺を手で示す。
この凍ってる粘菌?
「この子は、ロートン・ジュニアの家系の遺伝子を有しております」
天才の遺伝子を受け継いでいるのか。
「彼の遺した縫製技術は、現代では未だ再現出来ません」
オーパーツなんだ?
俺が眠った後に出来た技術がオーパーツって、何か変な気分だな。
「ムチンの彼の屋敷があった場所に、オフラインデータとして保管されている処までは突き止めたのですが、ファージ異常地帯で常にプラズマが渦巻き、国境も近いので、非常にアクセスし難い上、金庫には電子錠が機能していて抽出出来ないのです」
サルベージ。
白軍服が求めていたのはデータの現地サルベージか。
遺伝子錠なら俺が現地で開けゴマするだけなんだけどな。
「彼女を元の遺伝子に戻して生体認証を掛ければ解錠の可能性はありますが、鉱山開発を考えると、それは良い結果を生まないと愚考致しますの」
只の情報サルベージなら貝塚先生で十分だ。
元の人間の遺伝子に戻して生体認証から掘り出すと、快楽主義者たちへの最大の冒涜になる、それをしたくないのは、都市を取り囲む膨大な量の粘菌たちに嫌われたくないからだろう。
今のこいつは完全遮断されてるけど、ローカルネットでも防壁は機能する、防壁の抵抗を無視して古代の電子認証のサルベージしたいなら、正に俺の分野だ。
んでも。
「サルベージは開店休業中だし、順番はいかなる理由でも繰り上げ出来ないぞ?」
「権利を譲って頂きました」
誰に?
「貝塚物流様に」
そうだっけ?
なんか次の順番はどこだっけ?憶えてないけど、違ってた気がする。ルール変わったんだっけ?サルベージ関連の顧客データは会社にしか保管されてないんだよなあ。
貝塚、何かズルっこしたか?
「なら、公の場でセッティングして電源環境整えて、ナビゲーターも付けてからだな」
「ここで見ているのは、わたくしだけですわ」
そういう話か。
「ナビゲーションは、わたくしが一肌脱がせて頂きます」
な、なんと!
「履歴が残るぞ」
順番抜かしでサルベージしたのがバレたらまた大問題になる。
白軍服は自分の首元の記録デバイスからメディアを取り出し、指で折り潰した。
さり気なく怪力かよ。
指で折れる程柔い素材じゃないのに。
「山田副代表は外部記録は保持されておりませんでしたわね?」
確認して欲しいのか、涼しい顔で、潰したメディアを俺に渡してくる。
中に空気が入って揮発してしまい、完全に破損している。
覚悟キマッてんな。
思わずにやけそうになって、慌てて口元を引き締める。
「その覚悟。買わせて頂こう」
真摯に頷くと、白軍服は何故か一瞬変な顔をした。
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