第300話 数値の幸福度
想像はしていた。
現在進行形で受けているファージ異常の洗礼は中々エキサイティングだ。
最新鋭の武器を持っている優秀な機械化部隊が毒霧立ち込める真っ暗な廊下で、前方から勢いよく押し寄せる怪物の群れに遭遇したらどうするか。
”動くなよ?”
壁に足を張り、天井に腕を突っ張り、ニンジャみたいに張り付いて息を殺す。
足元では、比重の重い猛毒の霧に紛れて肉の塊が絨毯となって何かから逃げていってる。肉だから放って置けば呼吸出来ずに直ぐ死ぬだろう。相手するだけ水の無駄だ。
”どこかにプリンターが在るな”
可美村の許可で、足元を移動する個体に、スフィア経由で一瞬だけ短波放射したキタザワ君が映像を全員に配りながら溜息をついている。
”魚っぽいけど、全部作りかけだ。コントロールされてなくて生成途中で逃げ出したタイプだな”
形状も骨格も意味不明な物が多い。
大きさはネズミ大から大型犬クラスまで、腹が減ってる筈だが、俺らに目もくれず逃げ去ってゆく。
俺らみたいに貼り付かずに壁際で動かずにいたタコ子が、群れの中の一匹、小さいのを触腕で捕まえて口に運んだ。
ピィピィと泣くソレの頭を喰いちぎったタコ子は、咀嚼しながらテイスティングをした。
”味に ショゴス ピコルナ風味 上 穴に? 穴に?”
ぺっと吐き出したタコ子は、さっき使ったのとは違う香水瓶で口の辺りをシュッシュしている。
”ピコルナって何だ?”
周りの皆に聞いたが皆知らないみたいだ。
”多分、ノロウィルスとかじゃないかな?食べたらお腹壊すから食べないでね”
海上でネットサーフィン自在なつつみ先生が調べて教えてくれた。
ほんの数十秒で変な動物の群れは過ぎ去った、潰れて動けなくなった重傷な物が取り残され、霧の下でもがく音が聞こえる。
つつみちゃんが天井にぶら下がっていたスフィアの一つをポトリと床に落とし、廊下の先にコロコロと進めていく。
”電磁波が”
つつみちゃんが言い掛けて、通信が止まった。
レーザー通信も上と切断された。
隔離されたな。
スフィアのコントロールも切断されている。
俺ら用に再設定。
”切断箇所は一箇所。三階上ですね。方法は不明です”
イチクジからも切断されている。地図上の三階上の階で電波遮断が起きている。 階段の所で数珠繋ぎにしていたスフィアのレーザー通信が遮断されたんだ。スフィアの損傷は確認出来なかった。原因はまだ分からない、どうせ遮蔽しただけだろう、隔壁か海水かな、やったのは隠れてる奴らか照屋たちか管理者か。でも良い機会だ。こいつとの話を進めよう。
”照屋たちの最終位置は?”
兵士の一人が最新のデータをマップに反映させた。
他のチームたちは、ここから完全に離れている。
電気室に到達しているチームもまだ無い。水場もあるし、全員が位置につくには五分はかかるかな?
チャンスだ。
「マンシャゴ君?何か分かるかな?」
動かない。黙って固まってしまった。
肉体言語表現もしていない。
切断で固まったのか?遠隔操作のみって事はないよな?
義体だったら、銀行金庫室の時の貝塚みたいにオフラインでも自我を持って自律可動する筈だ。
是非、この環境が続いている内に、事の次第や照屋と管理者の信頼度を確認しておきたい。
前方に送ったスフィアの赤外線映像で通路の先に熱源が見えた。
三体?
「ぎゅん」
呟いたマンシャゴが弾かれたように走り出す。
”ちょバカ!どう見ても罠だろ!!”
止まらない。
”索敵範囲から出ますよ?”
井上君落ち着いてるね。
”追うぞ”
こういうの大っ嫌いなんだが、仕方ない。
去ってゆくマンシャゴの背中に向け、アシストスーツのアームを使って予め用意してたビーコンを投げつける。
無意識なのか分からないが、しっかり叩き落とされた。
俺がエレベーター内で腰に備え付けてたの見てたのかな。
”スフィアは俺が操作する。前方に二個回す”
飛び降りて走り出した俺にキタザワが並走した。
”トラップ有ったらどうする。後から来い”
”指示厨は嫌われるぞ?”
兵士全員で協力して凄い速さでトラップの洗い出しをやっている。
俺の前に出た井上が手慣れた感じで集計して反映させた。
後ろに可美村、VIP対応だな。守られてる感でモゾモゾする。
不味い、速いな。離れすぎて見えなくなる。
”先に水場が有ります。少し入り組んでますよ”
こいういう時は。
「マンシャゴ!待てっ!」
スフィアを拡声器代わりにして大音量で放射する。
水場に膝まで浸かっていたタコ子は、触腕を天井にペタペタと広げ毒煙から浮き上がると腕と足を組んで器用にこちらを向いた。
走る味方を止めるのに必要なのは言葉だ。映画と違って魔法も銃弾もいらない。
追いながら気付いたんだが、こいつ足跡ができないぞ。
このゴミだらけのザクザクな磯みたいな廊下素足で歩いたら傷だらけだもんな。当然か。
這いずり跡は記録しておこう。
”捕まえる。約束。契約に。破棄に?都市圏嘘つき 破棄 条約”
不可侵条約か。
ここは一応都市圏だからな。
”俺の方では今オフラインになってるけど、接続は確認できる?”
一応タコ子に内緒で皆にも確認しておこう。
”わたしの方では確認出来ません”
可美村からはオッケー。
”してる素振りは無えな”
兵士代表でキタザワ君がチャットカキコしてくる。
”天井にくっ付いてるのが若干怪しいですが、通電はしてないんですよね”
”音波とかでしてるかもって事?”
”音波は拾ってます”
流石可美村。
”んじゃ、俺の方で交渉始めていいかな”
俺がやりたい事が分かっていたみたいで、誰からも反対は無かった。
どう切り込むか。
「マンシャゴ。気付いていると思うが、照屋はイチクジを信用していない。子供を見付けたら殺すと思っている」
警戒度が一気に上がったな。
見た目は変わっていないが、内部の筋電位がごそりと変化した。
”警戒度は上げて良いけど、威嚇はするなよ?”
一応、皆に念を押しておく。
俺の前で壁になってるキタザワ君が居心地悪そうにしている。
気にせず続けよう。
”都市圏 人喰い殺すの好き まんしゃんご殺す 人喰いに ウィンウィン?”
やっぱ殺す気だったか。
”人喰いには人以外を喰ってもらう。その為にこの施設は存続して活用する予定だと照屋は俺達に確約した”
少し黙った。
通信しては失敗している。やっぱ切断されてたんだな。
腹芸は苦手みたいだ。
”環境実験 人喰う 肥料喰う 同じに? 無意味に?”
ああ。
「ああ」
言いたい事は分かる。
宇宙空間みたいな閉鎖環境で、完全リサイクルをする場合。
死んだ人を肥料にして野菜にして喰うのと、死んだ人をそのまま喰うの、どちらが省エネか。言うまでもない。
野菜の甘さが鶏糞だからって、鶏糞と苦い野菜を混ぜて食う人は皆無だ。 生産性が悪いって理由で豚肉食わずにトウモロコシ食べる人だって、まあそう多くは無い。
だってそんなの嫌だから。エコだけど、嫌なモノは嫌なんだ。
古来から人は。正しさとか、良さとか、価値基準の数値化を試みては失敗し続けてきた。
正しさに限らず、物事や人物が数値化されると何故かそこに面白味を感じる。
ガキの頃悪友とのめり込んでいたT・RPGでは、ワクワクしながら感情や能力を数値化してその数字の上下に一喜一憂しながら愉しんだのは何故なのか。
未来に起きてしまった異邦人だから改めて感じるが、”正しさ”や”良さ”なんてのは意見の一つに過ぎない。数ある見方の一つでしかない。数値化されたその一項目には何のモラルも良心も存在しない。
今冷静になって考えてみると”数字によって担保される安心感”を愉しいと感じていたのかなと思う。経験や成長によって増える安心感。でもそう考えると醒めてしまうかな。
数値化する事は科学的発展に貢献しやすい。
感情や能力を数値化出来たらそりゃ便利だろう。
少年漫画だと、強い感情によって数値が覆されたりするが、ぶっちゃけそれはただ正確な数値化が出来ていないってだけだ。
いわゆる”能力”に関して、古来から数値化は細密に分類されてて、日本でも身体能力や資格、業績とか色々な形で数値化されてた。その数字や単位が正しいかどうかは兎も角。
只、感情や意識の科学的な数値化は遅遅として進まなかった。
アプローチが間違っていたからだ。
何をもって悪と断じるのか。
何をもって良心と言うのか。
勿論俺は、この日本列島において、日本人以外が考えた独善的な自己正当化論理を有り難がって導入して”俺らが模範とすべきグローバルな正義”だと乗っかるつもりは毛頭も無い。
俺らの正義とモラルは俺らが作り、俺らが運用する。
ファージネットワークの通信性質が人間の脳と似通っているのは偶然ではない。
ネットワークは最適化すると何故か”そう”なっていく。
何故なのか。
まだ誰も真実に辿り着いてはいないが、近づく事は出来る。
俺が起きていた頃は、脳科学なんて、電流と電圧の計測から中のプログラムを統計的に推測する程度の事しか出来なかった。現代では、倫理観に縛られる事無く行われた膨大な実験とその累積により、今まで表層的な数値化しか出来なかった脳内の現象をネットワーク通信量として因果関係から分析、脳モデルの再現により人の感情や気持ち、衝動といった概念的にしか説明出来なかった事が”なんとなくこんな部分でこんな感じ”ではなく”正確な数値”として再現され利用可能となった。
金さえかければ誰でも、脳内麻薬生成と通信管理により思考と感情をコントロールし、表情筋や自分の気持ちすら科学的に設定できる。
不思議な事に、出来るけどやっている人は少ない。
コスト的な面もあるし、モラル的な面もある。
それについて昔つつみちゃんに何で皆やらないのか聞いた事がある。アレは買い物ついでのデート時だったか?靴買った時だっけな?したら。
”だって、ダサいじゃん?”
で終わった。高尚な理由なんて無い。
結局、ソレに尽きるのだろう。
俺は便利だから使いまくるけど、身体に悪影響が出やすいから最近は多用を控えている。
人の体は良く出来ている。薬物耐性とか同じものを使っていると直ぐ高くなるもんな。
”マンシャゴ。俺らは同族を喰いたくないんだ。理由は必要無い。只喰いたくないんだ。だから止めてもらう”
”宗教 嫌い まんしゃんご 思考停止 非生産性”
「そうだな。悪いか?生産性の高い事しか未来に残さないのか?」
俺がタコ子の胸元に下がっている首飾りの内の一つ、骨董品のパンパイプキーを指すと、胸の前で組んでいたヒトの腕を解きそれに触れた。
時代に逆行した只壊れにくいだけのレトロな光学機器は、別に現代の技術でもっと良いモノが出来る。でも残ってる。
”子供たちに 祝福されない 殺すに 幸せな”
力なく揺れる触腕。言葉も少ない。
話をすり替えたな。
否定はしないって事か。
もう一押し。
「マンシャゴ。お前は勘違いしてる。祝福ってのは誰かから与えられるものじゃない。自分で掴み取るものだ」
”横暴! 傲慢! 勝者の理屈! 死ね! 死ね!”
生まれた時から栄光と栄華が約束されてるナチュラリストに言われると複雑だなあ。
「そうだ。理屈を通したければ勝者になるしかない」
一歩、距離を詰める。
ざわりとマンシャゴが揺れた。
”不 可 不 不可侵 不不!! に殺す! 殺す?”
めっちゃ殺気立ってる。良い流れだ。
「そうだな。都市圏は陸奥国府と不可侵条約を結んだ。ちゃんと守るんだな。偉いな」
良し良し。良い子良い子。
”副代表!駄目!!”
”動くなよ”
可美村から待ったがかかったが、無視だ。
ポシェットから交渉時短の為の秘策を出す。
耐圧ガラスのカプセルに入ったそれは、密閉されているので匂いは出ないが、内部に吊るされてくるくるとゆっくり回るお守りは、カプセル内に灯る仄かな青色ダイオードに照らされて、タコ子からも一目で分かる筈だ。
”舞原 舞? 侵入舞原?”
伝家の宝刀は使わない事に価値を見出す奴は結構居るが、俺は使えるものはネコでも使う派だ。
悪いなルルル。俺に渡したのが間違ってるとは言わない。有効活用させてもらう。
この間、痛い目を見たので決闘裁判に関して色々調べた。
口から出まかせが永遠に続いてしまう現代では、時短に有用なんよ。
”脳筋”
前でキタザワ君が笑っている。
”悪ぃん?”
”嫌いじゃないぜ”
俺は話が早いのが好きだ。急いでいる時は特に。
後ろで井上とかもクスクスしている。
可美村は怒って唸っている。
”代表に言いつけますよ”
”如何様にも。無茶は承知だ”
最近やりたい放題だから上に戻ったらこっぴどくやられるだろう。
必要経費だ。
開き直りとも言う。
「国府人民として一三条に則る。決闘だ」
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