第298話 安心安全

 集魚ランプの続く比較的明るいルートから外れ、真っ暗になった漏水の激しい廊下、ゆらゆらと頭部をゆっくり振りながら歩くタコ女の後をついて行く。


 線引きはしたつもりだ。

 どこまで赦して、どこまで許さないのか。

 飢えた子に親が血肉を分けるのは?

 使った寿命で稼いだ金を子供に使うのは意味が違うのか?

 促成栽培されたヒトなら人権は無視なのか?

 ヒトと豚と、どこが違うんだ?


”よこやまクン。眉に皺が寄ってるよ”


 線引きはした。

 でも、引いた線が割り切れていないんだ。


 拉致されてきた奴ら以外の、ここで育った奴らは、外見こそ違うが、鷲宮の工場で育てていたのと同じ促成栽培種だ。

 二年で成人し、二十年程で老衰で死んでしまう。

 正に豚扱いだ。


 北で攻め落とした工場と違い、こちらでは教育が息をしているのがせめてもの救いか。

 教育というか、宗教だな。




 入り口脇の通路から天井の低い通路を少し進む。食糧庫の手前にある食堂からガヤガヤと声がする。


「ォポポ」


 イチクジの義体が声をかけながらずるりと入っていくと、中にいた奴ら全員が慌てて手を止めてガタガタと椅子から下り、フジツボの死骸だらけな水浸しの床にうずくまる。怪我しないのか?子供の頃俺磯で転んで膝割った事あるんだよな。

 食堂は腐りかけた長机とひっくり返したバケツ椅子が並んでいるだけの薄暗い船室だった。二十畳くらいあるかな?割と広い。部屋の隅にムラサキガイが大量に生えてた跡がある。

 丸窓の向こうは真っ暗だ。多分外は海水だ。

 沈んだ船の食堂を改装したのか?

 何で水漏れしてないんだろう?響く靴音から、どう見ても鋼鉄製の部屋だ。床も壁も錆てボロボロな上、貝とかフジツボの生えた跡だらけだ。耐圧どうなってんだ?


 中にいたのは十人くらい。

 ここにいる奴らは皆腐った魚人の外見をしている。

 大人から子供までいて、さっきまで緑色のカレーっぽい物を食べていた。

 誰も何も言わずに床に額を付け伏せている。

 ノシノシ歩いてキッチンスペースに向かったタコ女は、カレーっぽい物が入った大鍋をカウンターにドンと載せ、触腕を使っておたまで器用に皿に盛り付けると、スツールに優雅に足を組んで座ってから意外に繊細な手つきで食べだした。

 こいつ、マイスプーン持ってやがる。

 ん?こいつ服着てないのか?

 後ろ姿、触腕の隙間に背中とケツが見えるが下着も付けているようには見えない。


 周りを見渡す。


 皆ずっとうずくまったままだ。

 照屋に視線を向けると、軽く首を振った。

 そういうルールなんだろう。


 食堂の不穏な雰囲気の割りにキッチンは割と綺麗だ。

 血と脂でギタギタなのかと思ったら、割と丁寧に管理されている。冷蔵庫の取手が血で汚れているとかそういうのは無かった。


 フナムシは多かった。


”満足 待たせた したました エレベーターな 組み分け に一緒 照屋馬鹿 分けるを”


 落ち着いたのか、言葉遣いも若干棘が無くなっている。食べ終わったタコはゆらりと立ち上がると、先に立って歩き出す。

 俺らが出るまで食堂に居た奴らはピクリとも動かなかった。

 食堂にいたあいつら、あれは人探しを手伝ってもらうとかそういうレベルじゃないな。

 一緒に連れて行ったら何が起こるか分からない。


「エレベーターで階下に向かいます」


 隣に並んだ照屋が真っ暗な通路の先を指す。

 この間とは全く別のルートで、ここは明かりが全く無い。

 浸水箇所も少ないな。


 照明も付けずに真っ暗な通路をしばらく進むと、淡く照らされた薄暗いエレベーターフロアが見えてきた。

 扉は四つある。これも船のパーツだったのか?

 ここに作ったのだろうか?


”ニキシーだ!”


 つつみちゃんがワクワクしている。

 何だ?


”扉の上に電球みたいのあるでしょ?ニキシー管だよ。耐圧仕様なんだね”


 俺の肩に乗ったつつみちゃんのスフィアが昆布で指す先、エレベーターの上の方に錆びた電球の中、ネオンで出来たっぽいランプが光って中の数字が動いている。アレの事ニキシーって言うのか。何か特別なランプなのか?


”鍵 鍵 に”


「先ほど渡したパンパイプはエレベーターの開閉に使います。わたし共三人は持っています。先ほどマンシャゴが山田副代表に渡したのと、後マンシャゴ専用のが一つ。全部で五つです。五組に分かれましょう」


「パンパイプ?ガイガーカウンターじゃないのか?」


「エレベーターキーを兼ね備えてます。放射線検知は回復時間が必要ですが、自動で切り替わるので。見方は知ってますか?」


 兵士たちを見回す。

 井上は肩を竦め、可美村も首を捻った。

 俺は数値表示されるヤツしか分からん。


”つつみちゃん知っとる?”


”調べたけど、このタイプはわかんない”


「教えてくれ」


 今回、ガイガーカウンターは持ってきているが、高圧下でいつ使えなくなるか分からない。つつみちゃんのスフィアは音波とファージとレーザーだけ。電磁波と赤外線は通信しかできない。視認だけより百倍マシだけどさ。俺のスフィア持ってきてないから走査が偏るのが痛いな。

 俺らがレクチャーされるのをタコ女は膝を抱えて丸まってピクピク痙攣しながら見ている。

 目があるのか?こいつ。

 ゴカイが住む触腕の塊みたいになっているな。


 組み分けに関してしっかり揉めた。

 俺がタコと行くのに全員が難色を示す。


”こいつをギリまで騙すんだろ?俺が一番対処が上手い”


”だからそれがアブナ過ぎるの。それによこやまクン顔芸苦手でしょ”


 つつみさん。言うようになったの。


”照屋たちはしっかり情報を把握していない気がするし、俺らを騙してる可能性も捨てきれない。その辺の確認をするのに俺がコンタクトした方がタコちゃんの信用も厚くなるんじゃないのか?”


 重要な情報を重要でない人物に漏らすだろうか?

 このメンバーの中で、事態を動かす為に効果的な話が一番すんなり通せるのは俺だという自負はある。


”言うようになったね”


 なんか、つつみちゃんと思考が似てきたのか?


 可美村が俺に聞こえるようにワザとらしく溜息をついた。


”ヤマダ代表。私と井上が同行します。何かあれば対処します”


 黙って考えている。

 こういう時、邪魔をしてはいけない。


”兵隊さんあと七人つけて”


 うっし。オッケー出た。

 あ、いやでも。


”隠れてる子供は三人だっていうから、照屋たちが裏切った時の為に一組に四人は入れとかない?”


 生存確認されている者たちには生体モニターを付けてもらってはいるが、照屋たちからの自己申告だからな。それ以外に隠れていて襲って来る可能性もあるし、イチクジが隠匿していたら知り様がない。子供たちが暴れることも想定して、無力化する道具は持ってきている。

 この閉鎖環境なら、崇拝者が罠張っていたとしても、四人いれば大体の事は対処して逃げるくらいできるだろう。


”んーもう。失敗したら許さないからね”


 何をどう許さないのか聞いてみたいけど、我慢する。


 貝塚の兵隊二十人に俺と可美村、井上。深海チームからは照屋とその部下二人にタコ女。

 総勢二十七人。

 五組に分かれて、探索を開始する。

 俺のチームは七人と大所帯だ。

 パンパイプキーをエレベーターの操作盤に刺し込むと。耳障りな音を立てて四基のエレベーターがこの階に揃う。聞き慣れない音だな。


「照屋。エレベーターは駆動は?」


「リニアモーターです」


 おお!

 二ノ宮地所本社と同じじゃん。ってことは横にも動くのかな?

 若干グリスが効いてなさそうだけど、事故率は低いからテンプレの心配する必要がないのが救いだ。

 エレベーター上部に設置されてるニキシーの表示は三桁あるんだが、これ聞いても良い事なのか?照屋から貰っている地図は全部で十二階分しか無いんだよな。


「安全装置は中から弄れる?」


「手動で最優先です。ご心配なら入ったら仮起動して構いません」


「了解。皆よろしく」


 たかが子供の捜索といえど、ほぼ敵地で地図も信頼性が薄い、探すのはイチクジのテリトリー外になるファージ異常地帯だ。レーザー通信もいつ通じなくなるか分からない。

 先に無人機を撒いてマッピングもしておきたいが、この環境で動かせる無人機は俺は持っていない。

 貝塚もあれば出してきただろうから、高圧下だと水中探索用の物しか持ってなかったんだろうな。

 出来れば、この環境で使える無人機を用意してから来たかったよなあ。

 スフィアがあるだけで御の字か。高級品過ぎて使い捨てに躊躇してしまうのが難点だ。鷲宮はこの環境での走査機器は充実してるんだろうか?

 開発はされててもここには無いのかな。有ったら俺らに人探しの手伝いなんて頼まないか。

 地下製のあの無人機たちだったら耐えられたのかな?

 確かあの洞窟の環境は四気圧も無かった気がする。

 どこかが地上と繋がっていたのかな。

 ああ、そうかダクトとか流通が地上と繋がってるのか。

 つくづく、地下市民はチート過ぎる。


 外扉はフジツボの死骸まみれだが中はキレイだ。メンテはしっかりされてそう。

 エレベーターに分かれて乗り込んだ後、照屋からチームごとに分散して最下階近くまで百メートル降りると聞いて海上組全員、扉が閉まる前に慌てて飛び出た。


「どうしました?」


 いやどうしましたって。


「気圧は大丈夫なのか?」


 不審な顔で見ていた照屋たちは俺らの心配に気付いて笑った。


「大丈夫ですよ。城内の気圧変化は地上と同じです。百メートルだから加圧はコンマ一気圧ですね鼓膜がパタつく程度でしょう」


 心臓に悪い。

 エレベーターのスピードで水中と同じ下がり方したら俺らは面白くない事になる。


「わたしたちでも、この水深でエレベーターの速さで水中降下したら流石に死にますよ」


 ゲームとは違うんだな、こいつらもちゃんとタンパク質で出来た生き物だ。

 念の為つつみちゃんがスフィアネットワークを各階に配備した後、接続を確認する。


 うん。気圧は大丈夫。

 ファージ異常凄ぇな。俺らが探索予定の下層四階はエレベーターフロアから一歩出たら二万以上の高濃度の場所が点在している、電源つないでない筈なのに高濃度空間で誘導が起きまくってる。スーツに穴開いただけで溶けそう。

 スフィアの走査範囲以外はほぼ確認できない、やっぱ人力頼みになる。

 この最悪な環境で、バレないように電源止めて、脳缶入れ替えて、子供探すの?

 しかも、場合によっては更に厄介事になる。


 口には出さないが、貝塚チームは皆顔を見合わせてげんなりしている。


 難し過ぎん?


 子供探しに関しては、出来るだけ遅らせて脳缶換装後でも良いか。俺らに気付いてノコノコ出てきたらそっちの方が大変だ。


「通信用以外でスフィアの配給は一チーム三個な。大切に使ってくれよ」


「走査用で使い潰して良いんだな?」


 別チームの兵士のおっさんから念を押される。


「ああ。残り一個になったら戻って良い」


 安全第一。


「おっし行くか。三時のおやつまでには上に戻るぞ」


「後五分しか無ぇーじゃん」


 秒差で同じ組のおっさん兵士一人からレス。暗鬱とした先行きかと思われたが、しっかりツッコミ役がいた。


 一安心だ。



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