第226話 ベット

 がらんとしたリビングで、二人掛けソファに座って、入力されていくデータを眺める。

 隣に座ったつつみちゃんはベースをアンプに繋がないまま神経質そうにぽろぽろと弾いている。ユムシウナギの群れに覆われミシミシと軋む窓の外が気になるみたいだ。

 時々、ソファの上に脚を上げて下を覗き込んで、居ないか確認している。どれだけ苦手なんだ。

 俺もああいうのは嫌いだけどさ。


向かいの一人掛けソファに座ってる貝塚が俺らに赤外線通信をしてきた。


”幸い、この部屋には三人しかいない。今のうちに少し良いかね?”


 舞原陣営に知られたくない会話か?

 別にしても良いが、バレて心証が悪くなりそうな気はする。


”レーザーにした方が良いと思う”


 !?


 続くつつみちゃんの発言に、動揺を表に出さないよう苦労した。

 レスポンスが自然過ぎた。

 素で言ってる。


 以前、スミレさんが言っていた。レーザー通信を傍受されたというありえない話では、クァドラテックスフィアが疑念の候補に上がっていた。

 つつみちゃんが傍受出来るの知ってて平然とこんな事言うとしたら俺の人を見る目は腐っている。

 性能を知らなくてそう言ってる可能性も有るが、つつみちゃん的に穴が開くほど調べてるはずだ。

 うーん。知ってるけどやらないって可能性はあるかな。

 まぁいい。

 問題は、舞原家ではルルルの亡命以前から次世代通信規格について研究されてて、その技術を使ったレーザー通信解析が有る可能性が高いって事だ。

 のじゃロリを見る限り、条件は厳しそうだが、貝塚がそれを知らないのは問題だぞ。

 俺がそれを指摘するのは舞原への裏切りになるかな?

 微妙なラインだが、舞原もアウトな部分は見せようとはしてなかった。

 見知った知識はセーフだと判断して良いかな?

 地下の秘密基地とか地下市民へのアクセスはかなりグレーだろうが、この件に関しては、教えておかないと舞原側が一方的に得をするのでよろしくない。

 一言モノ申しておこう。


”レーザーは通信傍受して解析される恐れがあるけど、良いのか?”


 二人とも予想と違う反応をした。


 片眉を上げたつつみちゃんは、胸元から出した有線を俺に差し出す。

 脚を組み直した貝塚は、レーザー通信で回線を開くよう催促し、豆粒サイズの解析アプリのエンコーダーを手に持っている。


 先に、つつみちゃんから受け取ったケーブルをアトムスーツの手首に接続する。


”エンコーダー受け取って。わたしも使ってる”


 貝塚をちらりと見ると、手を差し出したまま表情は動かない。

 受け取り、装着する。


”スミレから話しが行っていたようだね”


 試されたのは俺か?


”ここでは言えないけど。社内での通信傍受の件はもう片が付いてるの。レーザー通信に関しては、条件さえ揃わなければセキュリティに心配は無いよ”


 驚きだ。

 スミレさんはルルルを信用したって事なのか?

 既に貝塚とも話を擦り合わせてる?

 今レーザー通信を提案したのも安全な環境だって認識していたから?

 ならこのエンコーダーは何なんだ?

 危険な環境でも通信する為か?


 一気に疑問が増える。


”切り替えるよ”


「ぬ。ん?」


 貝塚からのレーザー通信は想定していたのと性能が違った。なんだこりゃ?

 俺のインスコしてるアプリでは解析出来なかった。

 エンコーダーを通す。


”面白いだろう?ナツメコ君が持ってきたんだが、この指向性光通信は、六十四個の受光レンズが、送受信相手と共有するワンタイムパスコードに対応したアルゴリズムで動き回る。同じ数のレンズを揃えて同じパターンで受信しない限り、量子解析を使っても天文学的な時間とエネルギーを必要とするよ”


”俺の受信機器は只のレンズ三枚重ねだぞ?”


 エンコーダーが何かやってんのか。


”いずれ受信機器も渡そう。出来る事が違ってくる”


”そもそも、これ盗まれたらどうするんだ?”


”パスコードを変えるだけさ。これ自体は隠匿するほどの技術じゃない。我々の話しが直ぐに漏れないというのがキモだ”


”あいつらは思考を読み取るぞ?”


”顔芸が得意なら、バイザーを下ろし給え”


 つつみちゃんがプッと吹き出す。


 なんかちょっと面白くなかったのでバイザーを下ろした。


”おやおや。御冠かな”


”可愛いね”


 勝負してないのに負けた気分だ。


”まぁ、いいだろう。どうしても舞原君たちには聞かれたくない話だったのでね”


 内緒話か。何だろう。


”わたしは、舞原君は信頼しているが、陸奥国府を信用してはいない。我々の協力を面白く思っていない面々はこの機を逃さないと思う”


 信頼と信用か、懐かしいな。


”うん”


 つつみちゃんも同意見らしい。


”あの沖にある物体は、イニシエーションルームと同じ技術で作られた物である可能性が高い”


 そうくるか。


”我々の想定内で、アレが用意できるのは地下市民だけだ”


 舞原は、地下の情報に関して、貝塚やスミレさんとどの程度情報共有してるのだろう。

 地下市民の計画について言いたいけど、言った後何が起こるか分からない。

 俺には責任が取れない事態になる可能性がある。

 バイザーのスモークを再確認した。


”マッチポンプで舞原君の手の平で踊っているだけなら楽なのだが、メアリ君を見ている限りその可能性は低そうだ。騙すには味方からと取れなくはないが、だとしたら大根役者過ぎる”


 大根扱い。メアリ可哀そう。


”地下市民から上手く使いこなせるかどうか測られてると見て良いだろう”


”テロへの適切な対処を俺らが示せるかどうかって事か?”


 貝塚は重々しく頷いた。


”我々の協力関係は有史以来初の試みだ。興味深く見守るだろう”


 貝塚は地下市民の志には気付いてるっぽいな。


”ここからは、命を賭ける必要が出てくる。君たちにその覚悟があるのかね?”


 今更なんだよなあ。


 つつみちゃんは逃しておきたいんだが。


”わたしが何でよこやまクンを待っていたか。知らないとは言わせないよ”


 知りたいです。


”スリーピングビューティーは御眼鏡に適ったという訳かね?”


 チラリと向けられたつつみちゃんの視線はエネルギーが多い。


”生体接続者なら誰でも良かったって訳じゃないですから”


”ははは。セキュリティクリアランス最上位が自力で起きて、こんなにやんちゃしてるのに長生きしてくれるとは、わたしも想定外さ”


 それに関しては、俺もコメントをさし控えたい。

 まだ不明点が多い。


「山田君、どうするね?安全な所で眺めているという手もあるよ?」


 声に出した。

 誰か来たという警告か。


「聞くまでも無い」


 メアリが部下たちと会話しながらバタバタリビングに入ってきた。

 サーチはかけていなかったらしく、入口で俺らの内緒話に気付いて、近寄らずに待っているのを貝塚が指で呼んだ。

 ゆっくり近づいて来るメアリを気にせず、貝塚は先を促す。


「俺の時代から、軌道エレベーターは人類の夢だった。指を咥えて遠くから見てるだけでも十分満足だが、関われるなら感無量だ」


「かん?何?」


 つつみちゃんが首を捻る。


「古語だね。感動も一入みたいな意味だよ」


「ふーん。昔の人はよく使うコトバなのかな」


 確かに、スピーチとかではよく目にしたけど、歌詞とかに使われてるのは見た事無いな。


「古代日本人は、言葉の正確な意味など理解しなくとも、ニュアンスだけで会話が成り立っていたというからね。深く考える必要は無いと思うよ」


「そんな超能力者みたいな・・・、そうなの?」


 否定できない。


「山田様の出自に関して、声に出すのはあまり褒められた事では無いと思うのですが」


 メアリが遠慮がちに口を挟んできた。


「若人たちの心意気につい年甲斐も無くはしゃいでしまってね。この場だけだから赦してくれ給え」


 貝塚そんな年いってそうには見えないんだけどなあ。

 人生の年季は桁違いだろうが、子ども扱いは調子が狂う。


「おや?俳優や権利書以外について一考してくれるのかな?」


 バイザーしてるんだよなあ。

 その解析技術、ネタ教えろよ。


「山田副代表。何の話?」


 つつみちゃんの声が氷点下に感じるが、キノセイだろう。

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