第186話 商店街

 どんなに強い奴だろうと、どんなに注意深い奴だろうと、しっかり走査と遮蔽をしておかないと、五キロ先からスナイプされて生き残れる奴はまず居ない。

 最近のスナイプは、五から十キロの射程でリニアレールバレルを使った半電磁誘導タイプが主流となっているが、設備全部含め原価最低六億円、トレーラーに積むにしても、必要電力と設置場所が限られるので。百万ちょいで買える低コストの五十口径対物ライフルは射程が二キロを割り込んでしまうものの、現代でも普通に使われている。

 荒井が持っていた組み立て式みたいに、山岳地帯でも徒歩で搬送出来るのが強みだ。

 油断してて頭を抜かれる捕食者は毎年何人かいると聞いた。

 都市圏とかは、カメラとか走査機器で力技使ってスナイプポイントを潰し、都市ごと警備してるが、地上では山が多く人も疎らで電力供給も不安定なこの東北ではそうもいかない。ノコノコハイキングしてたら殺してくださいと言っているようなものだ。

 今回、補殺した三千院家からの暗殺者たちは、全て俺目当てだったらしく、対物ライフルと有線誘導弾で完全に殺しに来た。

 襲撃の三秒前に三千院家から公式に一部の者が離反して行方が分からないから気を付けるようにと通達があったが、あからさま過ぎて”どうなの?”とは思う。

 襲撃者たちは死兵だったらしく、ご丁寧に遺書まで持っていたので強くは突っつけない。

 全員崇拝者だった、幼い子供もいた。

 しぶといのは一人だけだったと言っていた。

 俺が起きていた当時も、世界的には少年兵の方が戦地で活躍していたが、二百六十年経っても変わっていない。

 どんな思いで使い潰されたのか。

 そもそも、三千院は文明の利器は使わない一族なんじゃないのか?

 詳しく聞きたいが、今の俺の立場では、のじゃロリの口から出るのを待つしかない。


”正直な話、おのこがやった送電網破壊で、鷲宮と上杉は壊滅的な打撃を受けとる”


 だろうな。


”炭田への恨みは相当なモノじゃろう。現に今この時も、精密機械工場を始め大型工場は完全ストップ。多くの者が飢えていっとる”


 恨みに関しては今更だろう。

 炭田側のナチュラリストへの恨みもかなり根深い。


 てか、飢え?

 電力でそこまで飢えるか?

 ビオトープからの供給は電源が別な筈だが。


”東北には輸送が空路も海路もほとんど無いのは知っとるかの?”


「なっ?!」


 マジで!!?


”おのこが殺しているのは人喰いの兵だけではない。地下鉄が燃料による緊急車両のみしか動いておらん。地上の輸送網はたかが知れとる。当然、食糧も日用品も上信越には行き渡らん。来週頭から寒さもきつくなる。養殖も田畑も深刻じゃな”


 燃料は都市圏でも貴重品だ。

 輸送は採算度外視してるな。


 あの場での選択に後悔は無い。

 金持も知っててそのカードを切ったのだろう。

 俺には言わなかったが。

 ・・・。ここでその話を聞くとは思わなかったのだろうか?

 だからあれだけ止めたのか?

 こいつは俺がどういう思考か分かってて、あえてここを見せてからそれを言うのか?

 ここには人間の肉は全く無い。

 俺が来る時に合わせて撤去した可能性も考えられるが、そもそも舞原家は儀式で捧げものに使うくらいだと金持たちも言っていた。


 こいつが言ってる事が本当かどうかは分からない。

 ただ、空全体ががあんな状態だし、空輸は相当難しいだろう。海路は日本海は知らないが、太平洋岸は貝塚とかにほぼ封鎖されて湾岸部で小さい船しか輸送に使ってないだろう。

 貝塚はこいつらと取引してるのかな?

 情報が少なすぎて何とも言えない。


”鷲宮が困ればわっしらは稼ぎ時じゃが、限度がある。そろそろ送電網を直させてやっても良いんではないかの?”


 壊した送電線の主要箇所には、炭田のメンバーが塹壕掘って貼り付いて地道な嫌がらせをしている。

 作業員が殺されると大損害なので、制圧から始めるしかなく。

 膠着状態が続く送電塔や変電設備も多い。

 工場にいた捕食者五十人近くが全員死亡の報を受けて、捕食者が現場に出たがらないから制圧も進まないと言う話をロリから聞いた。


”上杉にはもう牙は無い。手打ちにしてくれんかのう?”


”それは、仕事か?”


”茶飲み話の合間の。独り言じゃ”


”何故、今言った?”


 ここは商店街紛い施設の通り沿いにある大き目の喫茶店。

 表には赤い布のかかった長椅子の上に、風流な骨組みの赤い傘が三本立っていて、三卓分スペースが取ってある。

 喫茶店自体は真っ黒な木がベース素材で大正っぽいと言えば・・・っぽい。

 店の名前とか西洋の名前を全部漢字で当て字にしてそうだ。


”考える時間は必要じゃろ。向こうに帰ってから動いてもらっても間に合わなくはないで”


 襲撃すら出来レースではと疑ってしまう。

 いや、織り込み済みなのか?

 俺はどう動くか、限定せざるを得ない。

 金持は聞いてくれるかな?


 思考の沼に沈みそうになる俺をトマスの叫び声が遮る。

 向かいのゲーセンでチビッ子やおっさんたちと対戦ゲーをやっている。


 ん?


「なんじゃ?」


「俺の知ってるゲームに似てる」


 対戦映像が店の正面にある看板代わりの大型ディスプレイに表示されているのだが、俺が昔ハマっていた西洋ファンタジー系の対戦ゲーにそっくりだ。

 都市圏には需要が無い為か、レトロゲーショップにも見当たらなかったんだよなあ。


「遊んでこう。わっしが囃したるで」


 時間をくれるみたいだ。

 ちと行ってこよう。




 ワキワキと高ぶらせながら近づき、トマス君の後ろからコックピットを眺める。

 まんまだよなあ。

 知らない兵装が結構あるが、操作感とかUIはそっくりだ。

 と、筐体見たら俺の知ってるメーカーだった。

 同じ会社かよ!後継機種のアーケード版か!

 いつ頃の物だろう?

 脊椎パッドが電位感知式になってる。モジュレーターさえ装着してれば誰でも使える仕様だ。これなら公共の場でも大丈夫って事なのか?

 確かに、プレイヤー側にもアラートセキュリティが付いている。これなら、外部刺激がそのまま五感に入力されるから確かに問題は無い。

 俺が後ろに立ったのに気付いて、ひと段落した処でトマス君が振り返った。


「山田様も遊んでみますか?」


 遊びたいけどさ。


「俺がやったら、強すぎて勝負にならないぞ」


 一瞬場が静まって、他の筐体に座って同じゲームやってた奴らもガン見してきた。


「サルベージャー殿はこういうタイプのゲームやった事がお有りで?」


 隣のおっさんがメットの中から睨んでいる。

 確かに、近接戦闘系の対戦ゲームは都市圏にはほとんど無い。


「現実と同じだろ?殺し合いは得意だ」


 というアブナイ奴の設定でいこう。

 通りの反対側で聞き耳立ててるのじゃロリがバカ受けしている。


 煽られてると思ったおっさんはトマス君の席を勧めてきた。


 コックピットに座ってメットを被ると、懐かしさで胸が苦しくなる。

 そうそう。これだ。

 ガワが少しスタイリッシュになってるが、やはり手触りは同じだ。


 チュートリアルで俺がロンソを振り回すと、いつの間にか出来ていたギャラリーがどよめく。

 隣でログインしてるおっさんが俺の初期設定を終えた。


「山田様、お上手ですね。ルールはどうしますか?」


 遊べるなら何でも良いぞ。


「サバイバルでも団体戦でもなんでも。主流は何なんだ?」


「同時接続今二百人くらいいるので、何でも出来ますよ」


 レトロゲーにしては多いな。

 マニアが結構いるのか?

 筐体が現存してるのがまず感動だ。

 新しく作ったのか?会社が現存してる訳ないよな?


「んじゃ、サバイバルで」


「設定しました。次のバトルでエントリーします」




 開始したのは十二人サバイバル。

 古城のフィールドで初期武器一つだけ選べる。

 始まるまでに、人気武器の挙動とフィールド特性を流し見しておく。

 流石に、初見で勝てるほど奢ってはいない。

 対戦メンバーの武器は実際に対面しないと分からないからな。見慣れない武器が相手だと負けるかもしれん。


 俺はボーラにした。


 あっという間に時間が来て、開始位置ランダムで始まる。


 当たり位置来い!

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