第104話 痕跡

 因みに、予備のフライボードを上空に待機させた無人機に積んでいる事は皆に黙っている。

 そうしないと壊す前提で使いそうだからな!


 後、根本的な問題として、俺がフライボードに弱いって事が分かった。

 何だろう?ジェットスーツの時は、滑空しようが急旋回しようが全く吐気を感じなかったが・・・、この立った状態での中途半端な浮遊間が駄目なのか?

 ヘルスメーターは共有化している為、俺が酔っているのは皆にはバレているが、誰も何も言わない。


”相棒、ストレスホルモンの分解をしろ。あと目を瞑ってグリッドで管理するんだ”


 と思ったが、見かねたのか、殺し屋がアドバイスをくれる。

 グリッドは目が疲れるんだよ。


”緊急時はそうする。なんとか慣れないかなと思って、視覚整合性の確認中だ”


 いざという時に酔って吐きまくるのは困る。

 ちょっと倉庫内で浮いた程度だったが、ちゃんと練習しとけば良かった。

 恥ずかしい。

 まだアクシデントは起きないと思うので、ギリギリまで慣れておきたい。

 緊急時にはホルモンバランスを弄ろう。


”かなり暗いな”


 霧の薄いルートを選んで進んでいるのだが、霧に意思でもあるのか、濃い方に進んでしまっている。

 視界はもう三メートルを切っている。ジャミングが酷すぎてスピードを落とさざるを得ない。

 こんなに酷かったか?

 シャッター通りの一本隣りにある脇道を低速で進んでいるのだが、カメラで偵察した時には気にならなかったが、所々修繕してある家屋が存在する。

 床は水浸しのはずだが、中はどうなっているのか。

 偵察映像の検証も殺し屋に手伝ってもらえばよかった。

 どうも目が行き届かない所が多すぎる。

 人が住んでいそうな所はマーカーを打って、なるべく近づかないでおこう。

 てか、こんな場所に人が住めるのか?

 ファージが多すぎて、一日たたずに変な病気になって発狂しそうだ。

 異常値を示す澱みが多すぎる。

 日によってこんなに変動するものなのか?

 資料にも、実際の事前調査の数値でもこんな事は無かった。

 警戒しすぎかもしれないが、誘いこまれている印象を受ける。

 

”停止。警戒。意見を聞きたい”


 隠れやすく逃げやすい十字路手前で一旦止まる。

 哨戒中の二チームも、燃料節約の為一旦止まってもらった。

 軽く強度確認だけして小さなビルの屋上に降りた。

 遮蔽物は全員隠せるだけある。


”あと、アームとボードは有線に切り替えておいてくれ、俺からの支援はあまり当てにならなそうだ”


”ちょっと待て、事前調査してなかったのか?”


 若干キレ気味で傭兵の一人が非難する。

 こいつとは初契約だったな。


”以前調査した数値や資料と、現在の数値が違い過ぎる。通常の気象異常だと、ファージコントローラー設置空域でも規定値の三十倍が精々だが、今現在、周辺に比べて低い数値だが、ここで既に二万倍ある、濃い場所は五万倍を超えている”


 可視化しなくとも、肉眼で見える濃さだ。

 上下左右、刻々と飛行可能な経路が変化している。


”ファージの量が異常な地域の探索は何度か経験しているが、この数値での経験は無い。意見や注意点の確認をしておきたい”


 全員を見回す。

 おっさんの一人が手を上げた。


”はい。筋肉君”


”チェイサーとして手配犯追っかけで入ったことがある。こことは違うがな、神奈川の方だ。手配犯がファージ対策してなくて、入って二分で人の形じゃなくなっちまった。そん時は廃品回収呼んで遺伝子検査する羽目になったんで儲からなかったな”


”スーツ壊れたら二分で死ぬかも。と。ナルホド。はい、そこのヒゲマッチョ君”


”俺はマッチョじゃねぇ!筋肉は暑いから嫌いなんだ!これはスーツの人工筋だ!”


 一通り言い訳してからヒゲのマッチョ傭兵が有益な情報を提供してくれた。


”ここまで奥には来たかどうか知らんが、俺の知り合いが護衛で踏み込んだ事がある。そん時は音響魔術に襲われて即行ルート変更しても被害がかなり出たって聞いたな”


 何だ音響魔術って。

 つつみちゃんの不協和音みたいなやつか?


”ナチュラリストか?”


”正体は不明だが、エルフの可能性は大きいだろう。崇拝者は見かけなかったから自然現象かもしれん。エネルギー量が違い過ぎて手に負えなかったそうだ”


”二年前の空振の時?”


 殺し屋が口を挟んだ。


”おう。それそれ。侵入したのが引き金だったんじゃないかって、犯人捜しで一時期荒れたな”


”詳しくは言えないが、あの時の原因は既に消滅した。ただ、同じ現象が起こったら揺れが収まるまでは震源に近づく方が一時的被害は少ない”


 今回がそれの前兆って訳でも無いんだろう。

 頭の片隅にいれておこう。


 っと。哨戒チームから連絡が入った。


”ボウズ!”


”ああ。一つ掛かったな。予定通り、引きつけながら退避させてくれ”


 熊谷の目をひきつける為、見付かった哨戒チームには死なない程度に頑張ってもらう。

 その間に俺らは現地で探索を済ませたい。


”そろそろ目的地を教えてくれても良いんじゃないか?”


 新入り傭兵が、タバコでも吸いたそうに口をモゴモゴさせながら鼻を鳴らした。


”昔からあるこの辺りのやべぇ場所はいくつか把握している。どこへ引き回されるか分からないってのは気分が悪ぃ”


 こいつらなら大丈夫かな?

 どうせ通信は出来ないし、この中のだれかが豹変しても、殺し屋が裏切らなければ何とかなる・・・、かな?

 殺し屋は、多分デートするまで手は出してこないだろう。

 こいつら動き良いからなあ。連携されたら諦めるしかない。


”目的地は、上州銀行の伊勢崎第一支店。貸金庫とサーバーの探索だ”


 殺し屋以外の全員から呻き声が上がる。


”マジだったのか。あそこ、核汚染されてるし、大部分が沈んでるぞ”


”水質は確認してある。核汚染はデマだろ、現在の放射線数値は熊谷のスラムより全然低い。潜るのは俺とアドバイザーのみの予定だ”


”俺も行く。護衛も必要だろう”


 発言を控えていた黒革さんが手を上げた。


”水中装備はしてないだろ?想定してないから予備も無いぞ?”


”このウェットスーツが見えないのか?こんな事もあろうかと。ヘッドギアも百メートルまで耐圧でワイヤーフックと指向性エアジェットも持ってるぞ”


 もしかして、行くところバレてた?


”正直に言いなさい。この中で、俺の行くところ分かってた人?”


 タバコ欲しがりのおっさんだけ手を上げなかった。


”俺だけかよ!?”


”だからお前はお人好しって言われんだよ。どうせ今回の仕事も二つ返事でオーケーしたんだろ”


 隣のヒゲにバカにされている。


”タマばら撒くだけが仕事じゃない、必ず事前リサーチしろ。ってママ言ったよね?”


 その隣の筋肉ダルマがキモい。


”はぁ。まぁいいや。とりあえず、行こうぜ。なんか先生、力抜けちゃった”


 位置情報隠してた俺の苦労って・・・。


”索敵は任せとけよ。やべぇと思ったらけつかるからよ”


”うぃー”




 目的地上空を通過しつつ近くの家屋で目星をつけていた建物の二階に入る。

 ここは、上から見えず、湿気も少ない、全体も見渡しやすいのでベストポイントだ。

 銀行跡は全体が厚く植物に覆われていて、破壊しないと屋上や二階からは侵入できない。

 なので、水中から侵入する。

 水面付近には水草が生い茂っているが、二メートルも潜れば水は澄んでいる。

 入口付近の水深は最大十二メートル、この辺りの水は酸性でファージ汚染で変異した毒性の強い雑食アメーバが大量に含まれているが、脅威となる大型生物が生存できないので、とりあえず不安は無い。

 水底に泥が積もっているので、舞い上げないように注意したい。

 見通せない水の恐怖はコリゴリだ。

 水上はアポカリプティックだが、水中の植生は豊かだった。

 先に潜らせろと言うので、黒革に先にエントリーしてもらう事にした。


 今回、形式的にはスキューバダイビングになるのだが、潜水時間は二分程度だ。潜入した銀行内部でも空気が汚くてヘッドギアは外せないし、どうせこのファージ濃霧地帯から出るまで危なくて素肌すら出せないからな。

 フィンは足に装着するタイプだと最適なモノが確保できなかったし、ジェットだと目立つので、通常潜行にはアングラーフィンという携帯性に優れた折り畳み式のヒレを使う。

 これは、使い捨ての肩から生やして使うタイプで、こぶし大にまでコンパクトに出来る。

 ヒレの形状はヘビの動きをする平べったい板とでも言えばいいのだろうか。

 今回は専用ギアは持ってこなかったのだが、特化させたギアとスーツを装着すれば時速三十キロまで出せる。

 携帯性に優れているからこれにしただけであって、実際に水中で機動力を確保するなら、ドルフィンスーツ一択だ。

 ドルフィンスーツはぶっちゃけイルカの着ぐるみで、水中を時速七十キロ以上で十分間近く動き回る事が出来る。時間内だけなら水中の対人戦では無双出来る。

 今回の作戦にはそんなものは必要ではない。

 時速三十キロでも、水中だとクソ速く感じる。

 十キロ以上出すと首が捥げそうになった。

 アングラーフィンはアシストスーツと連動させると、水陸両方で機敏に動けるので、両方で機敏な動作が求められる今回にはうってつけって訳だ。

 黒革が言ってたエアジェットは、緊急時に高速で水中移動するタイプのモノで、腰に装着して使う。

 あまり使い勝手の良いモノではないが、重量物の運搬とかには助かる。

 ただ、気泡が大量に発生してめっちゃ目立つ。

 オトリに使えるか?頭の片隅にいれておいて、もしもの時は使わせてもらおう。


”事前調査で。水に潜って、中に入って、見られる範囲内で調べてある。見取り図と照らし合わせて大体ここだろうという位置は分かっている。必要なのは、俺の母の貸金庫に関する資料、又は金庫内部の遺産だ”


”まだ残っているのか?”


 黒革が聞いてくる。


”それも含めて”


 しっかり調べたい。ゴミが堆積していて、通信状態も最悪だった為、自律探査機器だけでは限界があった。

 因みに、以前設置した機器はその日のうちに壊れている。


”内部は通信環境が悪い、侵入経路上に導線沿いでスフィアを設置、赤外線通信で外部と中継する。少しお片付けもしてもらうかもな”


 お片付け嫌いかなと思ったが、女子二人からブーイングは無かった。

 ドンパチより全然マシだもんな!

 水辺の生い茂る木陰から静かにダイブ。

 浮き草が水面を覆い隠したその下は、色彩豊かな植生で、黒革がびっくりして目を見張っている。底に広がる水草や藻の隙間に所々見える水底の泥に小さな穴が沢山開いているが、これは刺激してはいけない。


”底の泥に薄く張ってある半透明な網はかざると小さいエビ蜘蛛みたいのが大量に出てくるから注意してくれ”


”チンクイムシか。俺嫌いだわアレ”


 あんな可愛いもんじゃないと思う。


 事前調査の時、カメラがエビに集られて泥の中に引きずり込まれた。

 絶対に気付かれたくない。


 危険物にはマーカーを打っていく。侵入経路は銀行一階の水没した部分へ、隣の建物の中伝いに潜って近づいていく。

 上の瓦礫の隙間から差し込む淡い光のカーテンが無気味さを増す。

 薄暗い水の中にデカい海鞘が群生しててキモい。

 海鞘の表面にはちょこまかと泳ぐ白いシラミ状の甲殻類が無数に張り付いている。

 そういや、起きてから海鞘喰ってないな。

 ここのはアメーバの毒素ばっかで喰えなさそうだ。ああ、函館行ったときに探してみれば良かったな。


”待て、相棒。誰か侵入した形跡がある”


 そりゃ、あるだろう。

 銀行跡なら宝の山だ。


”最近のモノだ。一週間経っていない。誰か寄こしたか?”


 なん・・・だと。


”気付かないフリしてくれ”


  殺し屋がマーカーを打ったその部分は、一面藻に覆われているが、確かに、グローブで触れた跡の形に削れて凹んでいる。

 メットは動かさず、目で見ずに泳がせてるスフィアのカメラで観察する。


”体勢を崩して思わず掴まったっぽいな”


 先に進んでいた黒革も戻ってきた。


”どうした?今の所危険は無いぞ?一部崩落しそうだったが”


”普通にしてろよ。数日前に誰かが入った。盗掘者か襲撃者かはわかんね”


 ヘッドギアの中で黒革の目が細まる。

 殺し屋の方がデータを送ってきた。

 てか、何でこういうデータ持ってるんだ?今オフラインだぞ?!


”グローブの跡から判明した。マークマン社の電熱グローブだな。月極財閥傘下で一般には出回っていないタイプだ”


 つまり、どういう事だってばよ?


”公務員の可能性大だな”


 黒革が鼻を鳴らした。

 熊谷の待ち伏せかもって事か。


”いつ来るか分からなかったのに待ち伏せるか?”


”偵察機器を偶々見付けて、手あたり次第検知トラップ仕掛けていってるのかも”


 確かに、それなら、Xデー当日に探し回る必要は無い。

 検知器の電波が届く範囲内を周回だけしてれば見つけられる。


”考えられる検知器とトラップの割り出し、サーチ開始。既に通った経路に仕掛けられてたら・・・、まぁそれなら発信で俺が気付くだろ”


”この辺りは暗いし動きも無いから常時監視は電力が心細い。仕掛けるなら検知するまでデータ送信はしないタイプの筈”


 感知式か。なら、ここはファージが多すぎてファージ検知はぶっ壊れるから、赤外線出してるタイプだな。


”赤外線と、ワイヤータイプも念頭に。スフィアと偵察機は?”


”周り飛ばしてるのには全部対応させてある”


”なら問題無い。ある前提で全部動かせばいい”


 見られてる前提で挙動が不自然にならないようにしないと。

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