第70話 窮地に飛び込んでいく

 遠目に見てもヤバかった。

 倒れる筈のない強度で深く打ち込まれているパイルが、つつみちゃんのだけ倒れ掛かっているのが分かる。

 そのパイルにだけ異様にショゴスが群がり、天辺まで後五メートルという所まで迫っている。

 目にダメージが入るが、視力強化して確認したら、つつみちゃんは安全帯の接続ソケットを足場に演奏を続けている。

 俺らが乗るヘリが近づいているのに気付いたつつみちゃんがログを飛ばしてきた。


”ダメ!来ないで!”


 一直線に近づくヘリが音声が届く範囲まで近づくとつつみちゃんの叫び声がヘリの中に響き渡る。


「危ないから近づかないで!上から竜巻が落ちる!」


 実際、ヘリを追って上空の肉雲からショゴスが渦を巻いて迫ってきている。

 籠原市街からの大量の赤色ライトに照らされて、巨大な肉の触手が轟々唸りを上げて何十本も迫ってくるその様は、下手なホラー映画よりショッキングだ。


「ボス、傾けないと上撃てないぜ?」


 ヘリの機銃は横向きに設置してあるので前方の上が撃てない。別で取り付けた機銃なのでローターと連動してないからだ。


「まだ燃えると困る位置だから、撃たないで。このままつつみのウーファーの直上にホバリングするわ」


 俺が行くんじゃなくて、回収するのか?そりゃヘリが捕まるだろ。

 傭兵も渋い顔をしている。

 くそっ。仕方ない。


「高度速度このまま、つつみちゃんのウーファー抜けるルートで。開けてくれ」


 速度そのままで横を開けてもらったので、一瞬ヘリが傾いだ。


「そこまでしろとは言ってないわ」


 暴風の中、俺が何をやる気か気付いて、スミレさんが苦い顔をしている。


「そういう時は、ボスは何か気の利いたセリフを言ってやるんだよ」


 いつの間にか回線を回復したルルルが茶々を入れる。


「五分、いえ、三分だけ耐えて。・・・死なないで」


 スミレさんはそれから、多重通信を始めながら奥の区画に引っ込んでしまった。


「相変わらずだな。あたしが代わりに言ってあげるよ」


 こいつ絶対愉しんでるだろ。

 後もう数秒でコンタクトする。

 つつみちゃんの絶叫が聞こえる。

 タイミングを見計らう。


「よーし、いっくぞう?!・・・レッツ。パーリィッ!!」


 傭兵二人が噴き出している。

 ルルルの締まらない声援を受けつつ、ナビされたリリースポイント到達を見計らいヘリから飛び出した。




 ピンポイントで煌々と赤く照らし出されたつつみちゃんの載るパイルは肉の海に今にも沈みそうになっている。

 波の一番高い所を目掛け、ベルコンを盾に突っ込んでゆく。

 動体視力の自己バフは起動しているが、気休めだ。

 落下の衝撃は緩和できるだろうが、隙間から折れた骨に串刺しにされる可能性が高い、隙間を最小限に、出来るだけベルコンに身を寄せる。

 互いにメットで中は見えなかったが、足を引っ掛けて懸命にベースを弾くつつみちゃんとすれ違いざまに一瞬目が合った気がした。

 落下によりぶち当たる衝撃はほとんど無く、骨を割り肉を裂く耳障りな音が鼓膜を叩き、ライブ演奏が一瞬だけ遮られると、ズシンと、骨と内臓にクる加重と共に、周囲のショゴス半径十メートル以上をなぎ倒し、背骨をミシミシと軋ませて滑って転びながら着地した。

 俺が勢いよく落ちてきた衝撃で周囲に積み上がっていたショゴスはなぎ倒されて爆心地の中心にいる気分だ。

 このままだと囲まれて潰される、直ぐに後退しながら手あたり次第潰し、限界まで伸ばしたベルコンをグルングルン振り回して、俺を圧搾し飲み込もうと押し寄せるショゴスを、壊し、粉砕していく。粉微塵に飛び散る肉片と体液の雨が降る。

 止まれば、死ぬ。

 上を見上げれば、ウーファーパイルの天辺まで届きそうだったショゴスは高さ五メートルくらいにまで崩れている。波の押す力と軽めのショゴスを使った組体操で無理矢理積み上げていたのだろうか?付近で暴れていればこの状態は維持できるだろう。


 なんとか波から抜け出て、つつみちゃんのファージ接続とデータ共有、周囲を見渡すと、地上のショゴス全体を熊谷駅を中心にガードしながら二つに分けて誘導し、街の外殻に沿って流してはいるのだが、ヴォーカルエロ女の西側方面に流れていくショゴスは少なく、つつみちゃんのいる東側が異様に多い。

 エロ女の分担を少なくしたのか、つつみちゃんが指揮者だから潰そうと集られているいるのか、その両方か?

 俺のやることは変わらない。

 この周辺に分厚く澱みは出来ているが、それ以外は概ね上手く捌いているのか?

 いや、積み上がったショゴスが自重に負けて崩れてくるのを押し留め受け流すのに苦戦している。

 ショゴスの動きはコントロール出来て捌いていても、押し寄せる進行スピードの方が若干早くて徐々に押されて積み上がってしまっている。

 群れの進行を遅らせる方向でも操作しているが、上空から竜巻となって降ってくる触手が無尽蔵に波の質量を増やしている。

 きっと、目の前にある大量の餌を摂取出来ない原因が、つつみちゃんたちにあるのが分かっているんだ。

 そして、俺にもヘイトが向いてきた。

 潰れたまま積み上がり崩れ落ちるショゴスの死体に紛れて、動きの速い個体が混ざり始めた。

 骨格構造を無視した無茶苦茶な動きで、あっという間に波となって俺に迫る。小さいヒルっぽいモノも重力を無視してモゾモゾ大量に飛んでいる。これが上には届かないと思いたい。

 ポトポト落ちたり、動きを止めるモノがいるから、つつみちゃんがカヴァーリングしてくれているみたいだ。全体の統括ですらコマンドが星の数なのに、頭が下がる。

 数が多すぎだ。徐々に、全身がヒルに集られ始めた、小さいものは小指ほど、大きいものはソフトボール程もある。ベルコンでは動きが大雑把過ぎて潰せない。アシストスーツの腕を使い、握り潰していく。どんな構造なのだろう、時々、アトムスーツの上からチクリと痛みが襲う、歯でも生えているのだろうか。

 ゲームみたいにもっと殺しやすいサイズでいて欲しい。


 メットの外はもう飛び散ってくるショゴスの血と体液で完全に見えなくなってしまった。つつみちゃんからのデータのみを頼りに避け、潰し、薙ぎ払う。

 全てを投げ出して逃げ出したくなる。

 自分の荒い息遣いと、枯れ木の大量に折れる轟音で迫るショゴスの波、音もなく四方八方から張り付いてくるヒル。

 全身を包むウルフェン・ストロングホールドの楽曲が、まだ大丈夫、と心を奮い立たせる。

 ここでつつみちゃんを見捨てたら、俺は駄目になってしまう。

 嫌だ。嫌だ。逃げたい。

 引く訳には、いかない。


 疲れた。


 苦しい。


 体中気持ち悪くて転げまわりたくなるが、散乱した死体で穴だらけになるだろうな。

 全身穴だらけでのたうち回る自分を想像して笑えてきた。

 笑おうとしたが、掠れた息しか出てこない。

 足場が悪すぎて、とうとう滑って転んだ。

 咄嗟にアシストスーツで手をついたら、膝を着いた拍子に脛にショゴスの死骸がザックリ刺さった。全身がカッと熱くなり、脳髄まで激痛が走る。こんな時に!クソ痛ぇ!

 戦闘中はアドレナリンで痛くないとか言ったの誰だよ!

 脳内麻薬バリバリに調整かけてるのに。

 くそっ!痛覚だけのカットとか便利機能は無いぞ。けっこう傷が深い。血流でショゴスの細胞が全身に回るだろうか?

 あの地下のゴミ捨て場に比べたら今更か。

 直ちに影響が有るわけではない。

 怪我した右足だけ、随意筋によるアシストスーツの制御を切って、オートバランサーのみにする。案山子よりマシだ。

 足の傷口に纏わりついた残骸が加重で振られる度に痛みが襲い挙動に負荷がかかる。面倒くせぇ。

 アシストスーツでねじ切ろうとしたら、滑って取れなかったので、ベルコンで叩き潰した。

 痛みは増したが、動きやすくはなった。

 組織修復剤持ってくりゃ良かった。

 怪我に気を取られて、少し囲まれてしまった。

 纏わりつくヒルも量がオカシイ。

 傷から入られたら嫌だなとか、冷静に考え。ヒルだし吸いつくだけだろ。とか楽観的になる。

 殺し屋がやられたぴくぴく虫の拷問より百倍マシだ。


 痛みと絶望で吐気が止まらず、もう脳死状態で暴れているだけだ。

 徐々に、またウーファーにショゴスが積み上がっていっている。

 つつみちゃん。

 弾きながら何か叫んでいる。

 周囲は五月蝿いのに耳鳴りが止まらず、よく聞こえない。

 

 しちゃいけないのに力に任せて振り回し、ベルコンのバランスすら上手く取れず、また転んだ。

 起き上がろうとする背中に奴らが群がり、俺をアシストスーツごと押し潰す。

 もう、駄目かと思ったとき。

 ライブのパートに一つ音色が加わった。


***


次回最終話です。

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