第69話 回収
外に出ると、もう暗い中でも視認できる距離まで迫っている。
スーツの足底は、以前より接地面積が広く作られていてあまり沈み込まないようになっているが、これ、この事態想定してた訳じゃないよな?
走り寄ると、百トンは想像以上に迫力が凄い。
谷底一杯に広がった肉壁は、一番高い所で四メーターはある。
骨が、ハニカム構造をしている。それでも耐えきれないのか、自重を利用してメキメキと骨を折りまくり、肉をすり潰しながら転がって前進してきていた。時速二キロは数字だけ聞くと大したことないが、このスピードで迫ってくる巨大質量は脅威だ。
潰れていってるのは筋肉が大部分で、内臓系は奥の方に見える。
とりあえず、潰していくか。
元々上空に居たから、まだ地上に適応してないのか。
見た目より骨格が華奢でかなり脆い。
アシストスーツとベルコンの重さもあるのだろうが、紙細工を壊す感覚でボロボロ壊せる。
ベルコンをしならせ、弾き飛ばし、叩きつけ、血と体液が飛び散る。あっという間に全身が血脂塗れになった。
俺を異物と見なしたのか、周囲を囲むショゴスが動きの速い種類に代わり始める。
胃液らしきものを吹きかける個体もいて、これはよろしくない。浴びたらスーツが傷んでしまう。
優先的に無力化していく。
砕けた骨ごと押しつぶそうとしてくるし、あれに圧し掛かられたらアトムスーツの上から穴だらけになって即死だな。
二メートル近いリーチが凄く短く感じる。ベルコンの先に何か付けたいな。
このままだと羊羹を楊枝で突っついてる気分だ。
”アタッチメントでリーチ長くできないか?”
それにしても、かなり重労働だ、ちょこまか動きながら振り回し続けると、一分もしないうちに疲れてきた。スーツがもっても、俺がもたない。ほぼ無酸素運動の繰り返しだ。本来、ジョギング程度の筋力で使えるのだが、久々で上手く使いこなせていないな。ゲームと違ってこのままだとあっという間に疲れて動けなくなる。ファージで血流は弄っているのだが持ちそうにない。
呼びかけても反応が無いのでちらっと後ろを確認したら、入口シャッター前でライトに照らされて、膝を着き手を組んで祈りながら俺を見ているぽんこつエルフがいた。
そんなところいたら危ないだろ。上からショゴスの塊が落ちてきたらどーすんだよ。
”ルルル?”
「ま、待っててくれ!持ってくる!」
あたふたとシャッター内に駆け込んでいく。
もう入口まで二百メートルを切っている。
ヘリは間に合うのか?
きっかり三十秒後、フォークリフトに鉄骨を載せてシャッターの前にルルルが顔を出した。
「取りに来れるか?!フォークだとそっちまで行けない!」
アタッチメントも載っている。身体を固定してバットで殴る感じか。
戻る時間はタイムロスだが、かっ飛ばせば行って帰って十秒はかからないだろう。
”走り寄る!離れてろ!”
離れるのを確認する時間も惜しい。
視力バフ起動。ルルルがフォークリフトから転げ落ちるのと同時くらいでシャッターまで戻り、アタッチメント装着、鉄骨を握り、ブレーキ替わりに伸ばしたベルコンを縮めながら、フォークリフトに体当たりして走り寄った加重を殺す。そのまま蹴り飛ばしてまたショゴスまで走り戻る。百五十メートル七秒で往復なら頑張った方だろ。あぁ、急激な加重でスーツの処理が追い付かずにクラクラする。動きまくって血圧が上がってなかったらブラックアウトしてたかもな。危なかった。
移動時に盛大に跳ね飛ばしたシダと泥が、時間差で上から降ってくる。
アンカー代わりに左のベルコンは地面にぶっ刺し、気合と共に勢いをつけて右手に持った鉄骨で水平にスイングすると、鈍い風切り音を伴った只の鉄骨が、滅茶苦茶に暴れながら迫ってくる肉塊を爆散していく。
衝撃が肉塊全体に伝播しているのか、進行は目に見えて遅くなった。
一振りごとに、動きが弱まっている。
だが、ベルコンからもアシストスーツからも、ギシギシと無気味な音が伝わってきて、無茶な動きにいつ壊れてもおかしくない。ヘリが来るまでもってくれよ。
「いぇーっ!!」
ファージのフレーム表示で確認したら、俺が一振りする度に、ルルルが跳び上って叫んでいる。両足膝から下がスキー板なので、案の定コケたりしている。
合羽を着ているとはいえ、泥だらけになりながら無心に俺を見てシャドーボクシングしたり飛び跳ねたりしているルルルを見ると、世界最高の頭脳の持ち主とは到底思えず、笑いがこみ上げてきた。
こんな奴が。いや、こんな奴だからこそ歴史を作っていくのだろう。
”はは。あっはっ、はっはっ!”
息が苦しいのに、笑いが止まらない。
「んん?!ひひっ!はっはっはっ!!」
釣られてルルルも笑っている。
シャッターまで二十メートルという所で、ヘリの重低音がショゴスの向こうから響いてくる。もう、ショゴスの移動音の中でも互いの肉声が普通に聞こえる近さだ。
三機だ。二機は無人機だな。
「間に、合った、な」
時間にして五分もなかったがもうヘトヘトだ。人間の体は三分以上全力運動するようには出来ていないんだ。
跳弾が怖いので、ルルルのカバーに入りながら自律制御でシャッターの中まで後退する。
状況確認だけして、ヘリからの重機関銃による掃射が始まった。
血煙と爆炎をもうもうと巻き起こし、肉塊はその体積をあっという間に平たく薄くしていく。
どこかに隠れていた脳にも当たったのか、もう動きに統制がとれていない。
これでもう燃やしてしまえば脅威ではなくなるだろう。
有人の一機がシャッター前で泥とシダを巻き上げながらホバリングし、横が開いて強化装甲の防毒マスクが二人、ひょっこり顔を出した。
ローターの轟音とエンジンの爆風の中、手信号で何か言ってるが全く分からないのでチャンネルを合わせると無線で声が来る。
「ぉお、繋がったか。施設を閉鎖して乗れ。高温焼却するからしばらく有毒ガスが出る。そのまま乗れ」
傭兵のおっさんだ。
ん?そのまま?
ルルルはいつの間にかデカいリュックを背負っていて、風に煽られながら既に乗り込もうとしている。足が滑ってもう一人の傭兵にサポートしてもらっていた。
「今、俺重いぞ」
「三百キロくれぇだろ?飛び乗らなきゃ問題ない」
そっと乗ったつもりだが、やはり傾いて少しヒヤッとした。
俺が乗ると直ぐに上昇を始め、外気から遮断されると空調が起動し始めた。
空調?何でだ?
直接肌には付いていないものの、血と脂でぬめる全身が気持ち悪い、ヒートシンクが機能不全を起こして全体から湯気を出すアシストスーツを降り、傭兵がくれた油汚れ用のワイパーでアトムスーツを拭き始めたのだが、全くキレイになってる気がしない。
このアトムスーツもう駄目かな・・・?
とりあえずメットだけでも、と拭いたら、隙間から手を組んで祈っているルルルと目が合った。
「あたしは、今日の為に生きてきたんだ」
「大げさだな」
確かに、施設は守られた。
人類は発展への損失を免れたには違いない。
ここでそれを言う気も無いが。
「君との運命の為に!」
そっち?!
続けてルルルが何か言おうとしたら、奥の隔壁がガラッと開いた。
仁王立ちしているスリムで高級そうな防疫スーツの中はスミレさんだった。
不協和音が一瞬して、ルルルとの接続が切れた。
ルルルはまだ何か言っているのだが、スミレさんの息遣い以外聞こえなくなった。
怒ってんな。
「もうひと仕事してもらうわ」
有無を言わせない口調だ。
いつものあの慈愛に満ちた目はなりを潜め、その眼光の強さに思わず身震いした。スミレさん、こんな眼もするんだな。
「何をすれば良い?」
俺との接続が切れたのに気付いて、ルルルが黙った。
面白くなさそうにスミレさんの顔を見ている。
「ウーファーパイルに大波が寄せて倒れそうなの。丁度いいもの持ってるでしょ?重機と装甲車が現地に到着するまでもたせて欲しいの」
第二ラウンドかよ。
クタクタなんだけど、拒否権は無さそうだ。
メンバーがショゴスの海に落ちたら俺には立つ瀬がない。
きっとこれは、さっきスミレさんのいう事を聞かなかった俺への罰なのだろう。
燃料は半分以上ある。
くそっ。鉄骨持ってくりゃ良かったな。
「了解、ボス」
スミレさんは、一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。
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