第66話 スカイダイビング開始

 現代のウィングスーツは形状の変化はほとんどないが、材質は熱に強い炭素繊維と断熱素材がメインで、ジェット使用前提の構造になっている。

 スーツには人工筋肉が織り込まれていて、加重による循環器系の障害を防ぐ為に四肢を圧搾収縮する機構が組み込まれている。

 空力をしっかり計算され、首にかかる負荷を最小限にする脊椎パッドとヘッドギアは一体型だ。

 俺が使うスーツは被膜は左右脇には付いておらず、股に一枚。それに、大昔のヒーローみたく、背中にマントが付いている。両手が自由に使える仕様だ。

 このマントは前面から風が当たると無通電でも形状変化して揚力を発生する構造になっており、速度検知して形状を自動で変化させる優れモノだ。

 固定翼だと、ジェットは翼に付けたり、低速だとジェットを腕に装着したりするのだが、俺が装着するのは、背中側に二基、アシストスーツのアームユニットに四基の六発基タイプ。長時間運用も兼ねて、オーバーヒートしないよう、交互に休ませつつエンジン運用する。燃料は通常燃焼で八分持つ。最低でも一回は交換しなければならない。

 皆が装着するのは、アシストスーツセットで、ジェットエンジンは腹側に二基、アシストスーツの制御ユニットに二基取り付けた四発基タイプ。

 ヘリに飛んで戻るのは技術的に激ムズ難易度なので、補給用燃料は機材と一緒に三個目のアンカーに下ろしてもらうつもりだ。

 たぶん、肉の霧を吸い込むだけでもジェットエンジンにかなり負荷がかかる。

 ショゴスの塊でも吸い込んだら一発で壊れるだろう。

 飛びながら進行方向のファージを操作してデカい塊は全て排除しなければならない。

 ショゴスたちにずっと言う事をきかせるのは難しいが、空気中に浮遊する小粒を無理矢理少し退かすくらいなら余裕だ。一々難しいことを考えて操作しなくとも、最悪、綺麗な空気を撃ち込んでしまえば良い。それに、霧ショゴスの排除が必要なのは始めのワンフライトのみだろう。

 ウーファーアンカーが一つでも起動できれば、そこを起点に安全に飛行できるはずだ。


「見えた。あれね」


 窓からずっと空を見てたつつみちゃんがおでこをガラスに付け、振動で痛かったのか直ぐ離した。

 日が沈み、薄暗い雨雲が立ち込める空に、巨大な怪獣の如く赤黒い入道雲が立ち上っている。

 その足元に向けて、真っ白に輝く連星が降ってくる。

 表面の圧力によって気化した金属外殻は内部を高熱から守りながら大気を押しのけ溶けて消えてゆくのだろう。

 利根川を越え、妻沼を覆いつくしながら南下する肉の雲の先頭に光の柱が突き刺さった。

 雲を形成していた肉片は燃える暇もなく蒸発し、吹き飛ばされ、光は音もなく大地に吸い込まれる。

 一瞬後、爆風と爆音がヘリを揉みくちゃにした。


「キャーッ!」


 悲鳴を上げたのは一人だけ。なんか、巨乳ドラマーはハスキーボイスなのに、黄色い声は可愛くて意外だ。

 雲の高さまで吹きあがった土砂が舞い落ちると、赤熱を内包して一本目のウーファーアンカーが完成した。周囲の小雨を気化させて、もくもくと煙雲を形成している。

 あんな熱そうな所に五分で乗れるようになるのか?


「全て投下されるまで地上で待ってた方が良かったんじゃないか?」


 モニターしてるスタッフに聞いてみた。


「テロ予告が三件ほど入ってます。ナチュラリストも危険ですし、大宮もヘリ部隊しか出てませんので」


 空の方が守りやすいって事か。

 周辺五キロ圏内には、大宮のヘリ軍団に出張ってもらっている。

 いつどこにショゴスが落ちるか不明な現状、地上でテロの襲撃を受ける心配は無さそうだが。

 ショゴスの細胞を含む小雨も降り始めていて、これ、洗い落さないと後で頭からショゴス生えるんじゃないか?いくら嫌がらせの為でもショゴスに塗れてまでテロをしたくはないだろう。


 三十秒毎に落ちてくる光の柱は、肉の雲に少なからずダメージを与えた様にも見え、明らかに避ける進路で不自然に形を変えている。

 危険物と判断して距離を取り始めたのか。


 ショゴス積乱雲の東側、行田付近の上空三千八百メートルで旋回を続けるヘリから、杭までは自由落下で加速しつつ滑空すると、一分程で到達する。


「最後のが落下したら、先に出て試運転する」


 スラスターと燃料系、給油手順の最終確認をして、手順動画も待機しておく。方向指示からの姿勢自動制御は使うかどうかまだ決めていない。


「嫌っ!ちょっと待って!一緒に飛んでっ!」


 一番手のつつみちゃんが俺の腕をがっちり掴む。

 あと、何故か巨乳ドラマーが涙目で反対の腕を掴んでこくこく頷いている。


「やっつけでタンデムはリスキー過ぎる。高度を変えながら二周する。三周目で並走するから時間で飛んでくれ」


「あたしん時も一緒に飛んでよ~・・・」


「ヘリに戻るのは難しいんだ。ミキサーの吸引に突っ込んでく様なものだ。俺はまだミンチ肉にはなりたくない」


「お願い・・・」


 泣きそうな顔で縋りつく二人。

 くそっ。失敗は許されないってのに。難易度上げてくれる。


「とりあえず、飛んでくる。後ろ開けてくれ」


 戻れなかったら、シャカタカに二人を放りだしてもらおう。

 後部ハッチに移動したら皆ゾロゾロついてきてびびった。

 見世物じゃないんだけどなぁ。

 可視光で皆を見る。

 薄暗い赤色灯の中、皆違う表情で面白い。

 緊張してたのだが少し笑ってしまった。

 全員が安全帯を付けてるのを確認し、メットを被り、ファージ探査を起動、マッピングを開始する。ヘリの周辺の気流を可視化したら、頭が痛くなる難易度だ。ナビゲートに情報を反映させ、疑似制御する事にした。

 このヘリは、秒単位で可変し複雑な気流の発生するサイクロローターではなく、普通の双発機にしてもらったのだが、それでも乱気流がもうぐっちゃぐちゃに凄い。初めから完全自動制御は怖すぎる。

 水平飛行に入ったタイミングで手すりを握る力を緩めた。

 ジェットを全基、低速でアイドリング開始。よし。


「行ってくる」


 安全帯を外し、そのまま滑ってローディングランプから後ろ向きに跳ぶ。

 少しきりもみ状態になったが、慌てず身体を開いて固定すると、自然と滑空が始まった。あっという間にだいぶ落ちてしまった。ヘリの旋回航路の一キロ下、高度約三キロ付近の楕円周回をナビに設定し、ジェット四発を使い上昇していく。

 方向指示に少し戸惑ったが、概ねルートに乗れた。湿気を帯びた空気がねっとりと絡みつき、空気が凄く重く痛いくらいだ。視界は悪く、メットに張り付いた水分が大量に流れ、撥水加工してあるのに肉眼では良く見えない。体感、波に乗っている気分だ。

 兎に角速い。上昇でも時速百キロ、下降時はあっという間に時速三百キロだ。三百キロに近づくと首も四肢もガクガクと風に持っていかれる。アシストスーツ無かったら千切れ飛んでたかな。ショゴス避けのファージは航路よりかなり広めに起動してあるが、豆粒大でも当たったら大事故だ。念には念を入れ起動範囲を拡大する。ヘリの旋回軌道は一キロ強の楕円なのだが、かなり小回りを意識してもあっという間に一周してしまう。これは、杭に乗るのはなるべく下から行った方が減速が簡単そうだ。予定ルート変更しておこう。

 ルート変更通知を電磁波通信で全員に送り、よし。帰投だ。


 二周目の楕円軌道、短い直線に差し掛かる所にヘリの後ろから接近し、針の穴に突っ込んでいく難易度で設定ルートを信じて速度調整していく。

 こんなんで本当に止まれるのか?

 相対速度が少ないから大丈夫なのだろうが、調整ミリ間違っただけでローターに突っ込んでミンチ肉だ。

 冷や汗と風圧に挟まれ、アシストスーツの内側でアトムスーツが軋みを上げる。

 念の為皆には隣の隔室に退いてもらっている。ジェットはしっかり吹かして。問題ない。大丈夫。大丈夫。

 視覚バフも起動。腕の筋肉では修正スピードが間に合わないので、視神経からアシストスーツに直接フィードバック。秒間二十回以上細かく軌道修正する。

 小雨の所為もあり、もう既に暗く霞んで、地上も肉眼では街灯などの光しか見えない。地面とヘリはワイヤーフレームで表示されているが、どっちも距離感が掴めず、乱気流の為少し歪んだナビの航路と速度のみに従い、ドップラー効果で唸るヘリのローター音目掛けて空を滑る。

 時間にして五秒にも満たなかったが、妙に長く感じた。

 ほぼ同高度で時速二百三十キロ。速過ぎかと思ったが思いの外ゆっくりと着陸でき、逆噴射もほとんどいらなかった。機内灯の赤い光が薄く見えたと思ったら、既にヘリの中だった。

 一番奥の隔壁付近に遮熱シートに包まって頭だけ出したつつみちゃんがいた。

 危ないって言ったのに。


 奥からノリユキとシャカタカが出てきた。隙間から二ノ宮のスタッフが顔を出す。


「燃料どうします?」


 時間が惜しい、まだ十パーセントも減っていない。


「大丈夫だ。つつみちゃん行くぞ」


 デカ男二人がつつみちゃんの遮熱シートを素早く剥ぎ取り、俺に向けて押し出す。

 倒れ込んでくる細い腰を掴むと、小さく悲鳴を上げた。


「強引」


 ヘッドギアで見えないが軽く睨んでいる気がする。


「失礼。飛び出たらマニュアル通り手と足を広げて。無理ならこっちで操作する」


「うん」


 可変スラスターが絡み合わないよう位置を調整し、つつみちゃんの腰を後ろから掴み、跳び出る。二人だと風の抵抗が段違だ、一回目のを踏まえた調整は上手くいって、きりもみにはならなかった。


「きゃぁああああああああっ!!」


「離すぞ」


「えぇえええええっ!?」


 このままだと、俺の方が揚力を上手く確保できない、手と肩が千切れそうだ。

 マント状なのでできなくは無いが。調整がピーキー過ぎて難しい。


「ヤダヤダヤダまだ早い離さないでっ!」


 パニックになっているので、片手だけ繋いで、並走させる。

 つつみちゃんのコントロールもこっちで行い、少し安定飛行で慣らす。


「ジタバタしたり変に力入れなければ、このままナビ通り行くだけだ。大丈夫か?」


 そのままヘリの軌道で一周する。

 つつみちゃんは隣にそびえる赤い入道雲をちらっと見て身震いした。


「うん。大丈夫」


「ルートは変更後のモノを使う。十分間に合うからショゴスのクッションは使わない予定だ。一緒には降りられない。機材蹴っ飛ばさないように。降りたら必ず安全帯。オケ?」


 ショゴスでネットを張る場合、ジェットに巻き込むと一発で壊れるので、自然滑空で突っ込まなければならない。

 それは出来ればやりたくない。


「うわぁああううう。うん・・・らじゃ」


 またガタガタし出した。


「大丈夫。失敗しても俺が拾う。着陸も軟着になる」


 拾うことは出来るが、実質それは失敗だ。

 再度地上から浮かび上がるのに燃料をほとんど消費してしまうので、補給用燃料の置いてある三個目のウーファーに飛び上がらなければならない。

 ウーファーパイルは深さ五メートルのクレーターから更に地下十五メートルまで埋没しているので、地表から実質三十五メートル上昇しなければならない。

 ヘリまで戻る燃料は流石にカツカツになる。さっき満タンにしとけばよかったか?でも時間も早ければ早いほど良いしな。

 そっか、揚力使えば燃費向上できるか。

 試算だけ隅っこで走らせておく。


「表面はまだ熱い。グローブごしでも手をつくときは長く触れないように」


「絶対。拾ってね」


「大丈夫だ」


 あんま大丈夫じゃ無いが、言わないでおく。

 手を放し、少しずつ離れる。つつみちゃんの減速が始まる。

 転げ落ちた場合に備え、回収できる軌道に乗って俺も少し斜め後ろ上方に位置して減速を開始する。


「アシストスーツに任せて大丈夫だ!力は抜いてて!」


 つつみちゃんが。ふわり。と綺麗にウーファーパイルの中央に着地したのを確認し、上昇軌道に変更する。


「ふわーっ!やった!下りたよ!いぇーい!」


 普段クールなつつみちゃんが、興奮してテンションあげあげでガッツポーズしてる。危ない危ない!


「安全帯安全帯!」


「はわわ」


 はい、はわわ頂きました。

 安全帯を付けるまでいた方が良いか?いやでも、ジェットスーツ脱がなきゃ大丈夫か。そのまま離脱するだけなら燃料も高度も十分に足りる。俺が離れるとこちらから操作はできないが、セットしてある自動操縦で問題ない。


 安全帯を付けたつつみちゃんは、迷いなくベースに手を伸ばす。

 バシリと弦を弾いたのを確認し、俺はヘリへのナビルートに乗った。

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