第67話 四人目まで

 後ろから音速で迫ってきたつつみちゃんのファージコントロールによる圧は、俺を通り抜けて一瞬で、文字通り、世界を整頓した。

 なんとなくそんな事をするんだろうな、とは思っていたが、実際の効果、その規模は思わず笑いがこみ上げる。

 俺が小雨の中、音から遠ざかりながら自分で整理したファージの中を高速で飛んでいるのもあり、ベースの音自体は綺麗に聞こえないのだが、その音による効果は圧倒的で、操作範囲に存在するファージが即座に整列していった。


”よこやまクン届いてる?”


 ファージ通信で即連絡が入る。

 これは凄い。


”クリアに聞こえてる。サーチとかかけて大丈夫?”


”大丈夫だけど、広範囲の操作は控えてね、ノイズ発生しちゃうから、周囲のショゴスは抑えたからコントロールは切って大丈夫だよ”


 自分の体内以外は干渉しないよう注意しよう。

 サーチをかけると、感じた通り、ファージが整頓されているのが見えた。

 空気の流れなど関係なくビシッと整列しており、整列していないファージはオフ状態で管理されている。

 そうか、あるモノ全部使わずにオンオフすれば綺麗に揃えられるのか。


 もう、ショゴスの心配は全く無いのが分かる。

 ゲームみたいに、光るバリアみたいなトンでもエフェクトは発生していないが、効果範囲一キロ半といったところか、その内部は完全にショゴスの霧が弾かれている。

 感心ばかりしてないで、次だ。


 ヘリへのルートを取ろうとしたら、シャカタカから通信が入った。


”俺が先に行く。シュクタカは四番目だ”


 日和ったのか?


”ナビルート、それで安定させてくれ。時間で跳ぶからサポートよろしく”


 なるほど。もうシュクタカは全部こっちの操作でいいかな。


”了解”


 周回軌道に乗ると、ジャストでシャカタカが落ちてきた。

 もう辺りは真っ暗なのに躊躇が無い。スカイダイビング経験者だろうか。

 一直線に俺の高度まで落ちてくると、そのまま水平飛行に入る。


「周回で慣らす必要あるのか?」


 一人で余裕で行けそうだ。


「久々だからな、一周くらい遊ばせろ」


 やっぱ経験者か。


「突風で体勢崩した時だけ頼む」


「うっし」


 サポートではなく、並走で飛ぶ。

 二人で競ってた訳ではないのだが、何故かインコース取り合いながら一周して杭までの直線コースに突っ込む。


”ちょっと。ぶつかっても知らないからね!”


 つつみちゃんからモノ申すが入った。


”チキンレースはしない”


”しないのか?”


 隣でシャカタカが煽るが、流石にここでポカやる気は無い。


”今度な”


 ヘッドギアの中でクスクスしてるのが分かる。

 このマッチョ、真面目で寡黙に見えて、何気にいたずらっ子だな。


「シュクタカ用の突入角はコンマ二度下げてくれ」


「了解。スラスターのログは参考にするんでよろしく」


「なるべく少なくなるよう努力はする」


 ここまで安定すると、もう何もすることが無い。

 ほぼほぼつつみちゃんがガードしているから、まだ操作しにくいデカい塊だけ衝突しないように注意しておけばいい。

 シャカタカは臆する事なく、ナビ速度通りに突入し、ドラムセットが置いてある所為で半分ほどになってしまっているスペースに危なげなく着陸した。

 

「うぉ!?熱っち!」


 ウーファーに触って飛び上っている。

 そりゃ熱いだろう。表面は真っ黒だが、中はまだ赤熱部分がある。

 シャカタカもテンション上がっているのだろうか。

 あの仏頂面で、心の中でワッショイしてるのを想像すると、にやけてしまう。

 ドラムが始まってぶわりと圧が増す音の力に身震いし、これが五人揃ったらどうなるのか、少し愉しみにしている自分がいる。


 さて、次は金属袋だ。

 一緒に着地して燃料補給。スラスターの焼き付きもどんなものか確認しておこう。


 金属袋は、アシストスーツによる完全制御で跳んできた。

 筋肉は弛緩しきって、完全に身をまかせている。

 自分の筋肉より、アシストスーツの自動制御を信用しているのは、運動不足で筋力が無いからだろうか。変に力入れて怪我されたら困るしな。

 微かに鼻歌が聞こえるので、ご機嫌なのだろう。

 話しかけないでおく。


 俺はここでとても大切な事に気付いた。

 これは、どうしても聞かねばならない。


「メットの中ってどうなってんの?」


 ファージによるフレーム表示ではヘッドギアの外殻しかみえないし、肉眼では真っ暗で中は見えない。

 鼻歌が止まった。


「見ただけで、死ぬがよい」


「見ません」


 くそ、やっぱ言わなきゃよかった。

 険悪なムードのまま無事着地。

 俺も時間差で一緒に下りる。

 安全帯を付けた金属袋は、シンセサイザーの起動確認をしながら、俺の給油作業を見ている。

 やりづらい。


「このライヴが終わったら」


「うん?」


「ほんのちょっとだけなら、見せてもいい、気も、検討しなくも、無くもない」


 どっちなんだよ?

 そもそも。


「それフラグじゃ痛っ!」


 動きが止まってたら脛を蹴られた。


「給油終わったならとっとと行け、後が詰まってる」


 知ってらい!

 何だ照れてんのか?こいつ。


 二発目の蹴りを振り被られたので、当たる前に飛び立つ。

 小さく舌打ちが聞こえた。


 畜生、スラスターの確認忘れた。金属の所為だ。

 次が問題だ。大きいから暴れたら抵抗が凄そうだ。

 アシストスーツ、俺がコントロールし易いようにシュクタカのだけもうちょい重くして力が強いのにしておけば良かったな。


 ミキサーに突っ込むのも流石に三回目だと恐怖心は薄れた。

 慣れって怖いな。


 シュクタカは見た目からも分かるほどガッチガチに震えている。

 隣でエロ女が肩に手を置き背中を擦っていた。


「シュクタカ。深呼吸だ」


「うん。うん」


 聞いてない。

 こんなに高い所駄目だったのか?

 落ちるのが駄目なのか?

 ホルモン生成した方がいいかな。

 つつみちゃんの時はいきなりだったけど、変にここでファージ弄って反動あると面倒だしなぁ。


 シュクタカの手を握る。身長はおれより二十センチ以上デカいのに、小さな手だ。この手であんなにバカスカ迫力のあるドラムが叩けるのか。

 シュクタカはやっと俺にピントが合った。


「大丈夫。綿菓子の中で転がる様なもんだ。なんならスタートからエフェクト付けるか?」


「できるのか?」


「もちろん」


 高度を併せて、綿雲のエフェクトを細かく敷いていく。

 落下中も変動しないように、ヘリから出たら腰の高さにするか。


「おぉおおお?!」


「大丈夫か?」


「・・・これなら」


 後ろから押さえようとしたら、前で手を繋いでてくれと言われた。


「別にケツ触ったりしないぞ」


 良いケツだけど。


「バカ。見えるところにいて欲しいんだよ!」


「わかった。十秒だけ向き合ってアーチの姿勢で落ちるぞ。その後飛び始めるからな。全身の力抜けよ?」


「ふぅー。ふぅ。・・・。っしオッケ。バッチコイ」


「ライヴより全然緊張しないだろ」


「ライヴのどこで緊張するんだよ」


「俺、あのとき、同じ場所にいるだけで緊張して気持ち悪くなってた」


「なんだそれ?お前客じゃん変な奴」


 笑ってるし。大丈夫そうだな。


「よし、行くぞ」


「うわぁっ?!」


 両手を掴んで飛び出す。

 エロ女が手を振っているのが見えた。

 あいつは大丈夫そうだな。

 何も言わなかったのが不気味だ。

 どういう奴なんだろう。


 辺り一面綿雲の中を滑っている視覚効果の為か、思ったほど大事にはならなかった。

 危ないので俺の方には表示させてない。


「このままで、後二十秒で着く。ふわっとクラゲになって、力を抜いて」


「おおおおぉ。すげー。怖くねぇ」


 シュクタカからは、綿雲の上をフワフワ滑っているように見えている筈だ。

 そのままふわっと着地してもらい、ウーファーパイルの頭頂部以外は半径十メートルくらい泥沼のエフェクトにした。よく見ると被膜がバサバサ凄い勢いではためいていたのだが黙っていた。バレなかった様だ。

 安全帯確認おっけ。よし。


「エフェクトそれで良いか?」


「助かる。サンキューな!」


 親指を立ててから、最後の送迎に向かう。

 あいつはどんな奴か分からないので、油断はしない。

 でも、不信感を与える気も無いので、その辺りは気を付けていこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る