第49話 大宮への車内で
日本で、ヘリに追われる経験は、なかなか出来るものではない。
希少価値の観点から、俺が今、恐怖に震えるのではなく感極まっているのは、異常者の行動ではないと思う。
実際、今も昔もレンタルするだけで良いお値段だし、俺が眠る前の世の中だったら犯罪を犯して逃げても、大量のパトカーと大勢の警察官にあっという間に包囲され、すぐに捕まる。
貴重な経験を絶賛体験中な俺は、スミレさんに観察されているのは分かっちゃいたけれど。ヘリのローターの音が頭上から振動を伝えてくるのにワクワクを抑えられない。
ロケランでも撃ってくるのではと思ったが、映画の視過ぎだな。真っ暗闇の中爆走するキャデラックをサーチライトで炙り出し、軽機関銃で執拗にタイヤを狙ってきている。
二人乗りの小型ヘリなので、大型の兵器は積めなかったのだろう。
準備ができてないのか、予算が足りなかったのか、この感じだと足だけ止めて、地上から後ほど回収、といった所だろう。
「代表。反撃しますか?」
助手席の口笛マッチョが大型のハンドガンを構えて外に目をやっている。
「危ないから開けないで。今のままなら放っておきなさい」
あれなら、俺のファージ操作で多分何とかなる気がする。
「窓開ければ、俺、多分落とせるけど」
「血の気の多い子たちね。偶に少しハンドル揺らして、効いてるように」
「了解」
ドライバーの方はイエスマンだ。
社会人の鑑だな。
「大宮が後二分で到着」
「早かったわね。大宮は白か」
「罠の可能性も」
「そうね。誘導されても役所には行かないで、止められても別邸まで突っ切るわよ」
「大宮への説明は?」
「聞かれてからでいいわ。街中に入れば下手なことはしないでしょう」
街灯の消されたバイパスの十七号を無灯火で突っ走る。南に熊谷の防壁が煌々と照らされて見える。後ろ髪を引かれ、建築途中の熊谷中心街に目を凝らす。居心地が良くなってきた城塞都市はバベルの塔もかくやというくらい縦横無尽に巨大化し、二十四時間建設ラッシュだ。
もう、あそこには戻れないのだろうか。
「さて、落ち着いたし。少し話しましょうか」
スミレさん大物過ぎ。
「聞きたいことは沢山ある」
銃撃がタイヤとホイルにバカスカ当たる中、ブリーフィングが始まった。
「召喚は成功。生成物と共にメンバーは皆、もう大宮の別邸に退避済みよ。リョウ君は頸椎が酷く損傷してて動かせなかったの。気付いたのが皆を積み込んだ後で補修材は少量しか注入できなかったから、そのままあそこにいてもらったんだけど。結果オーライね」
よく動いてたな。俺。首の骨に何か挟まってる違和感はその所為か。
「傭兵と社員ほぼ全員も向こうに付けて、こっちに残っていたのうちの社員は二人だけだったの。何だかんだで助かったわ」
銃撃が止んだと思ったら、五月蝿く付きまとっていた小型ヘリが回避行動を取り始め、その途中で進行方向からの飛翔体に撃墜された。
脆い構造だったのか、一撃で完全に粉砕され、爆炎はあっというまに遠ざかり、闇に消えてゆく。
衝撃が車を少し揺らす。
「後二十秒で大宮のヘリ部隊が展開完了、市庁舎まで誘導するそうです」
窓の外を見ると、雲が晴れて、月明かりに照らされた大量のヘリが、縦列飛行からこの車を中心に周回しながら二重ダイヤモンド型の編隊飛行に移っていく。よく訓練されている。
因みに外観は、この間の救出の時とは違う機体だ。よく戦争モノで見る角ばったアパッチタイプや丸っこいブラックホークタイプではなく、ティルトローター式の双発機だ。外観を見たところヘリ単体での直接攻撃能力は低いが、どうせ色々弄ってあるのだろう。この間の九龍城の救助の時や、俺の大宮からの送迎の時も、あの時はロケランも飛んでたのに一機も落とされてないのは、多分索敵や迎撃がしっかりしていて地上部隊との連携も取れている証拠だ。電子戦用機器もこの中のどれかが山ほど積み込んでいるのだろう。
大宮のこのヘリ部隊の機動力と数は、一つの市が持つ空軍力として圧巻だな。
ナビゲーションライトも付けずに重低音と共にこの真っ黒い塊の編隊が高速で迫ってきたらと思うと。戦争を体験したことが無い一般市民としては、とんでもない脅威に感じる。
「変更無し。市内に入ったら、別邸に。話の続きだけど・・・」
ドライバーに口頭で指示を出すと、スミレさんはシャンパンを一口飲んだ。
「熊谷市は今、敵だらけで誰も頼れないわ。上に有ったわたしの住居も、あの時綺麗に爆破されたから、町全体が監視されてるはずよ」
「大宮なら大丈夫なのか?」
「別邸の中なら問題無いわ」
相当な自信だ。
「主導してるのは、幸手の連中ね。まだ脅しで済んでるけど、召喚に成功したの気付かれたら本腰入れてくるでしょうね。それまでに体制整え直さないと」
「幸手って?」
「サン=ジェルマンの行方不明に関わってると思われる都市よ。羽振りが良いのを巧妙に隠しているけど。どう出るかしらね」
とりあえず、寝る場所だけ確保出来れば、後はどうにでもなる。
ヤバい。薬が効いてきたのか?眠くなってきた。
「そういや、召喚て、何を出したんだ?あの雷の中のモノか?」
「割とスタンダードな現象なんだけど。召喚に関しては知ってる?」
言葉の意味は分かるつもりだ。
「アカシック・レコードにアクセスして、現存する物質とファージの運動を使ってプリントアウトする技術だろ?」
「概ね合ってるわ」
確か、ライヴでコノハナサクヤを召喚したとソフィアが言っていたが、仕組みはぴくぴく虫と同じだと思う。つつみちゃんたちが意図的に出したのか、偶然なのかは知らないが、自然現象ですら、怪奇過ぎる事象がゴロゴロしてる世の中だ。何がいつどこで起こってようと、不思議には思わない。
「今回のライヴの最後に呼び出したのは、サン=ジェルマンの現存するデータと思われるものよ」
意味が分かりにくい。
「サワグチヒマリがどっかでまだ生きてて、助けを求めてきて、とりあえずコピーを確保した?」
どうなるんだそれ。
いやちょっと待て。
それどうなるんだ?
「コピーした後、自我とかどうするんだ?遺伝子は?」
スミレさんは面白そうに俺を見つめる。
「どうなると思う?」
くそっ。調べたい。そうだよな。現環境だと技術的に可能なんだよな。
俺はまだ昔の感覚で、そういう選択肢が思い浮かばなかった。
今回のライヴの召喚話も、何かビーコン的な物とかそういう話だと思ってた。
聞きたいことと知りたいことが山のように出てくる。
「スリーパーのアクセス権はどうなるんだ?」
「それは無理ね。誰でも考えるけど。遺伝子鍵の複製に成功した事例は無いわ」
昔の人は優秀だったんだな。
「記憶は保持されるからね。本人の救出は格段にやり易くなるの」
自我は。
「自我とかどうする?」
「本人たちの自由意思に任せるわ。法律で決まってるのよ」
なんと。
「記憶統合して、素体をひとつにするか、複数人で別の人生を歩むか。まぁ、政府が気にするのは税金だけだから、保有する身体の数だけ税金納めれば後は割と自由ね」
色々突っ込みどころはあるが、合理的だ。
記憶が弄れるのなら、自我の統合もできるという事なのだろうか。
再生医療も、これだけ発達していれば、コピーに抵抗感は少ないのか?
でも、スミレさんが何人もいたりしたら・・・、世界が支配できそうだ。
つん。と額を突かれた。
「くだらない事考えてないかしら?」
高尚な妄想ですとも。
「召喚は成功したのか?」
あの状況を見るに、動かせるメンバーとサワグチのコピーをガチガチの護衛で即行別邸に送り出したのだろう。
「どうかしら、ここでは言えないわね」
んじゃそこは、着いたら聞くか。
俺を残したのも、相手方の戦力を分散させる目的もあったのかもしれない。
直前に警備会社込みでDOSアタックしたのも、スミレさんの判断材料になったのだろう。結果オーライだ。
肉体的な戦力は雑魚一人分だが、電子戦力はチート級だという事かな。周りが超人ばっかなので、古代の超文明人が形無しだったが、ようやく少し胸を張れるレベルになってきた。
「代表、カミオカンデ観測会の秘書室からです」
俺を見る。
「同席する?」
選択権あるのか?
任せる、と言いたいところだが、聞くという事は同席して欲しいのだろう。
頷く。
差し出された手に俺の手を添えると接触型ファージ接続が開始、通話回線が構築される。
「カメラも起動して。ああ。リョウ君の顔には可視モザイクかけてね」
「了解」
”多分、観測会の役員。昔馴染みよ”
網膜にそうログ表示され。網膜ではなく、正面のスクリーンに通話用画面が表示された。
「先方に同席の許可は?」
「今取れました」
「出して」
出てきた動画は、かなりデータ量の多い女性だった。
文字通り、データ量が多い、というか、オカシイ。
なんとなく女性なのは分かるが、描画速度が間に合っておらず、画像がブレたままだ。
映像データもフレームレート六十でスケルトン抽出してもゴチャゴチャだ。 なんだこれ?
荒いままなので解析しようがない。
「相変わらず忙しそうね」
「すまない。同時進行の案件がかさんでる」
てか、音声と口が合ってないじゃん。
なんだこいつ。映像別で後付けか?
声は透き通って綺麗だが、合成音声だ。暗く、気が滅入る声質だ。
「ぼうや。もうちょっとデータ量減らさないと、透けて見えてるよ」
くっそ、サーモグラフィーで感情判断してるくさい。スミレさん可視でモザイクしてるのに赤外線データは送ってんのか?見せてんだろ。言わせる気か、恥ずかしい。
俺の顔見てスミレさんがウケている。
「おやおや。・・・二ノ宮。性格更に悪くなったね。ストレス溜まってるんじゃない?」
「お陰様でね」
こちらからの可視光映像データは、モザイクツーショットに見えてるはずだ。スミレさんは俺に見えないところで、別データもやり取りしている。
てか、この二人、おちょくり合って遊んでいる。
ワーム送り合ったり、アクセス履歴探り合って改ざんし合ったり、身分詐称してパスコード入力しまくり合ったり、あ、ちょ。俺の方によこさないで下さい、この閉じてる環境でそういうのいらないんで。
”面白いからこれだけ取っときなさい”
へいへい。
「本題に入ろうか」
画面の向こうで何かイラッとしてるから、いたずら合戦は多分スミレさんの勝ちだな。
俺は紳士なんで、知らんぷりしてやる事にする。
「アジトに行かないでこっちに来てくれ」
「行くわけないでしょう」
「フュルスティンが来たくなくとも、隣のぼうやは来るだろう」
スミレさんが小さく舌打ちした。
俺の方は見なかった。
「それはプレゼントだ。ぼうやには必要なものだろう。忙しいのでこれで失礼するよ」
通信は切れ、ヘリの音だけが木霊する。
完全にオフラインにした後、スミレさんが口を開いた。
「目を付けられたわね」
「誰なんだ?」
「繋いでも、調べたら駄目よ?ナチュラリストよりタチが悪いから」
それ、関わっちゃダメなやつじゃん。
「アレは、カミオカンデ観測会の役員で、貝塚グループの一人、貝塚政子。北関東にいる金持ちの一人ね。ビルダーバーグ壊滅に関わった日本人よ」
「俺が金の生る木だから?」
「いいえ」
スミレさんが少し悲しそうな目になる。
「リョウ君、ライヴ前に感情に任せてフルスペックでクラッキングしたでしょう。上手く行き過ぎたみたいね」
あれか。くっそ。
カッとなると碌なことねーな。
「感情に任せて暴れる力持ちは、映画だったらヒーローだけど」
わかった。言いたいことは分かったよ。
「現実では、只のトラブルメーカーよ」
あいつは、この世界を安定させる側の一人ってことか。
データは何だ?
「開いていいか?」
「もちろん」
プレゼントと言っていたのが気になる。
借りた端末に入れてからオフラインで開いてみた。
「なんだこれ?」
それは、名簿の画像だった。一ページ分だけだ。
かなり古い。紙で出来ているな、黄ばんでいてインクも酸化していそうだ。 番号、名前、住所、あと西暦で日付が二種類。解像度は肌理が見えるほど良いが・・・。プリントアウトした物らしく、これ、昔のコピー用紙だな。だいぶ劣化しているが、結構良いインクでプリントされているのが幸いし長期間読める状態で残っていたのだろう。感熱紙だったら消えてて読めなかったな。左上にホッチキスの跡がある。下にページ数が書いてあるが、重要なのはそこではない。
?!
「あら」
横で見てたスミレさんも気付いた。
名簿に、俺の名前がある。
「あそこの入院記録ね」
確かに、これは欲しい情報だ。
今の俺は、自分が病気かどうかもよく分かっていない。
何で若返ってるかすら分からないんだ。
いや、そもそも。今となっては、この身体が本来の俺じゃない可能性すらある。
何故、あそこにいて、どうしてこの時期に起きたのか。
スミレさんは、興味深げに俺を観察している。
口から出す言葉は選ばなければならない。
「これまでのスリーパーの記録は開示されてるのか?」
「全員ではないけど、判明している人はいたわ」
今、生きてて、且つ分かっている人は少ないと。
でも、それで十分。判断材料になる。
自分の事だけ調べていたから、余計難しかったんだ。
アホ過ぎる。
「あの医療施設はさっきの奴が保持してるのか?」
「あそこは、籠原の管轄ね。あの一帯はファージが常に濃すぎて、管理できないのよ。施設も、電源室も中央管理室も見付かってなくて、警備も一部生きてるから掌握できた企業はないわね」
なんとまぁ。
てか、それってつまり、地下で制御してるってことだ。
俺が起きたのは地下で操作され・・・は無いな。
だったらあの落ちた時の対応が杜撰過ぎる。
ああ、地下で聞けば普通に教えてくれたかもしれん。
何故、あの時気付けなかった!?
やらかしまくりだろ。俺。
地下で細かいコントロールは出来なくて、電気だけ送ってる感じかなぁ。
昔の医療記録は出てきただろうな。
知る為だけにもう一回ダストシュートに落ちる気は無い。
今度こそ途中でミンチにされるだろう。
優先順位的に、貝塚のお宅訪問は無いな。
多分、あいつは。今、スミレさんに俺と一緒に大宮の別邸に逃げ込まれると困るんだ。なので、俺の過去をエサに自分の所に来て欲しいと、慌てて連絡してきたんだ。
スミレさんを見た。
俺の言葉を待っている。
「後、五分ほどで大宮のゲートね」
大丈夫です。三十秒で済む。
「スミレさんはアジトと貝塚んとこ、どっち行きたいんだ?」
「・・・アジトね。でも、リョウ君の意思は尊重するわ」
なら決まりだ。
「行ってバンドメンバーと合流しよう。後、腹減った」
背もたれに身体を沈め、端末を返す。
どの道、この痛くてぶっ倒れそうな状態でノコノコ行く気は無い。
前の二人が肩の力を抜いたのに気付いた。
そんな警戒しなくても。
ああ、今の俺はそんな評価なんだ。仕方ない。
「むくれないの」
「ガキじゃない」
口元を隠してクスクスしている。
「ゲートを入ったら鬼ごっこが始まるかも。酔うから着くまで食事はお預けね」
血塗れのドレスで足を組んだスミレさんは、お気に入りのシガ―に火を付け、いつもの余裕ある表情で社員に指示を出し始めた。
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