第2話 絶望的なネタバレ

 全身剥げそうなほど痛む身体にむち打ち、薄暗い部屋を四つ足でよろめきながら駆ける。周囲にカメラは無い。床は裸足で大丈夫か?コード類はとっ散らかっているが足の裏を怪我しそうな物は見当たらない。

 部屋の出入口、元は横にスライドするタイプの金属製のドアだったようだが、原型はとどめていない。廊下側からひしゃげて折れ曲がっている。手で触ったら真っ黒になるほど埃が積もっており、壊れてから相当時がたっているな。外は廊下になっており、所々、生きている非常灯がある。



 だいぶ目が慣れてきたかな?



 左右、確認。敵影無し。カメラ無し。と、ふと後ろを見て嫌なことに気付く。

そこには俺の足と手の跡しか無い。廊下側の床をそっと撫でると、跡が残り絶望した。埃がここいら一帯に積もっている。



 これは、直ぐ死ぬ。



 都合よく時間で跡が消えたりしない。キツネ歩きで足跡を重ねれば多少ごまかす事はできるが、しらみ潰しされればすぐに見つかる。となれば、足跡が多すぎて判別出来ないエリアにできるだけ早くたどり着かないとだな。だが、足跡が多いなら敵も多いだろう。たどり着くまでに未探索の部屋で装備を整えておきたいところだな。

 しばらく探索してみたが・・・。



 銃が無い!ナイフも無い!



宝箱らしきモノも無いし、同じような部屋が延々と左右に続く。部屋の中にあるのは、コードや計測器にまみれたあの俺が入っていたタイプの水槽のみ、しかもすべて壊れている。焦りばかりが募る。苦し紛れに自分の足跡をいたずらに増やしてみたが、わざとなのがバレバレだ。慣れないことするもんじゃないな。



部屋を出てからずっと右に進んでいたが、五十部屋目で数えるのが億劫になってきた。どこまで続くんだこれ。ループしてる訳じゃないよな?一応全部屋微妙に違っているし、足跡も大丈夫そうだが。

 何もいないし、手頃な装備もないので、コードを取り外して且つ重そうな計器に巻き付けた簡易ブラックジャックをたくさん作りながら進んだ。一つは軽く腰に巻き、両手に一つづつ持つ。あとは作れ次第、部屋のすみやドアの影に置きながら進んだ。

 いい加減動きたくなくなってきたな。全身の痛みがもうヤバい。なんか目も霞んできた。だるくて足の力も入りにくい。失血なのか、熱が出てるのか、その両方か。これ、エンカウントするまでもなくこのまま乙りそうだな。



 拷問エンドよりましか。



 頬が歪む。笑ったら顔が痛い。力が抜けて壁を背に座り込んでしまった。



 !?



 しばらく気を失っていたようだ。

 虫の羽音が耳元でして目が覚めた。壁越しに振動までしているな。

・・・いや。これは耳元じゃなかった。

 蝿?蜂?!耳鳴りでもない。気のせいじゃないぞ、なんだこの音。モンスターか?とうとうキタかー。倒せるのか?サイズによっては気付かれる前に逃げないとだな。時折高くなったりまた低くなったり妙にリズミカルな羽音だな。どうやらこのまっすぐな廊下の先が音の発生源だ。

 そっと。そおっと。近づく。左右の部屋は、とりあえず後回しだ。それから百歩も歩いただろうか。遠くに非常口の灯りが見えてきて安心からか、なんか笑えた。いてて。

 緑と白の棒人間、その灯りの向こうは明らかに屋外だ。既に壊れて取れてしまっているのかドアは無い。ふむ、外は夜か。あの明るさは月明かりだ。多分モブは壁際に張り付いているな。音的に一匹だな。蜂って、温度見えるんだっけ?だったら顔だしたとたん気付かれてアウトだ。そもそも、SF設定で初期エネミー蜂とかないだろ。どこか近くに手鏡、いや、ガラスの欠片でも落ちてないかな。そんなうまい話ないよな。引き返してどこかでガラス割って持ってくるか?



 気付かれない位置まで引き返して鏡らしきもの作って持ってきて確かめて・・・なんて。面倒臭いな。非常~に。メンドクサイ。



 作ったけどさ。



 戻ったよ。戻って作ったさ。死にたくないし、これ以上痛くされるのやだもん。

 アクリルケースなら各部屋にあったから。できるだけ音を出さないようカーテンで塞いで、冷や汗だか脂汗だかを出しながら割って、片面ちょちょいと汚して。簡易手鏡完成。



 またあの非常灯まで戻ってきたが、あの音はまだしている。



 静かに、静か~に。深呼吸。



 そっと簡易手鏡を外に出す。なんだ?何がいるんだ?



 出したとたん。音が止まった。



 あ。あー、即効気付かれたわ。これ終わったな。せめて一矢報いてから。いや、正体見てから死ぬぞ!無理げだったらこのコードで全力で首キュッってやるわ。

 よく見えないし。顔出すぞ。いや、身構えて躍り出る!



「わっ!?」



 掠れた声で女の子の悲鳴。

 そこには、蝿も蜂もおらず、体育座りでギターを抱えた癖っ毛の女の子がいた。俺の登場に目を見開いて固まっている。あれ、耳ちょっと長くね?いや、違う。そうじゃない。NPCか?ステータスは?

表示させようとしたが見ることができない。



しかし、どう見ても只のモブには見えない。戦っちゃいけないやつだろ、これは。



 敵意は無い事を示すため、両手をそっと上げる。



 女の子はこちらから視線を動かさず、指だけそろりと動かした。ギターが唸る。始めはゆっくりと、そしてだんだん速くなる。曲ではない、不協和音だ。めちゃくちゃ速くなっていく。意志疎通できんのかこれ?

 両手を上げてるのが億劫で、下げたら女の子は手を止めた。



「少年、フレッシュゾンビ?」



 第一声それか。選択肢間違えたら即死とかないよね。確かに、いまの俺は新鮮な死体に見えるかもしれないけどさ。ああ。もしかしたら、設定が生まれたてのゾンビで開始だったのかな?ならこのスタートも納得だ。怨嗟の声でノロノロ這い出て主人公にかっこよく頭割られて終わるやつですわ。雑魚設定かよ。バカらしくなってきたな。



「ふぅ・・・。」



 もうだるくて立ってられなくて、溜め息を一つついてその女の子の隣にどかっと腰を下ろす。

 鈍痛の走る後頭部に壁の冷たさが心地よい。満月の回りに紫の雲がたなびいている。目が濁っているのか、少し中のウサギに黒い部分があるな。ああ、久々にしっかり見た気がする。



「月がきれいだな」



 なんだよこのゲーム。訳わかんねーよ。トイレの汚いゲームは良ゲー。空の綺麗なゲームは神ゲー。なんてよく言われてるけど、どーすんだこれ、既に出落ちだろ。クソゲー待った無しだろ。



「なにそれ」



 女の子はクスリと息を吐き出して一緒に空を見上げた。



「そういや、最近手元しか見てなかったかな」



 手のひらで弦を何度かはたくと、低音でリズミカルに弾き始めた。目を閉じ、厚ぼったい唇を尖らせて雲の上をはしる月に指を併せる。

 静かなそのリズムは、まさに雨の日に聴くジャズだ。優しくしみわたる。かっけっぇ・・・。さらりとこういうのが弾けるの尊敬しちゃうわ。どういうスキル設定してんだろ。

 女の子が目を閉じているのをいい事に、じっくりじっとり観察してみる。

 つんととがった小さな鼻に、長いまつ毛、小顔でかなり美人の部類だ。これは、洋ゲーの線は消えたな。こんなしょっぱいベータテスト状態で始まるゲームで、日本人受けする彫りの浅い美人は、洋ゲーでは絶対にありえない。奴らはいかに女性キャラをキモく、男性キャラをムサくするかに命をかけている。ポリコレだなんだと、開発者へのインタビュー記事でよく見かけるが、言い訳もいいとこだ。あいつらは好きでやっているんだ。廃ゲーマーの俺の経験則からくる歴然たる事実だ。

 鼻息も荒く懐古したところで、自身の異常に気付く。

 全身が痒い。痛みが身体の奥に押し込められていく。熱い!熱い!?ヤバ、なにこれ死ぬ!?



「やっぱゾンビじゃなかったみたいね」



 女の子が弾くのを止めると同時に熱も痒みもさっと引き。怪我が、そして全身の痛みがだいぶ和らいだ。

 状況からして、この女の子が治癒系スキルでも使ったのか?音楽で?なんだそれ?呪文詠唱とかそういう素振り無かったから、めっちゃ油断してたよ。あるいは月光で自然治癒とか?ワーウルフとかファンタジー設定ならありえなくはない。

 不思議な事に、傷跡もかさぶたもほぼ無くなっている。便利なものだ。



「えっと、治してくれた?ありがとう?」



 女の子ははにかんで胸を張る。服装がひと昔前のゲームで流行った、ベルトによる装飾の黒レザー系で、太めに見えていたが、胸が大きいから太く見えていたんだな。痩せ巨乳だ。痩せ巨乳。とんがったキャラクリだなー。中身おっさんなのか?もろ好みなんですけど。



「礼には及ばないよ。少年」



そして、ジロジロとガン見してきた。ん?少年?



「その、コードとか服の代わり?隠せてないけど」



「え?」



 きゃっ。恥ずかしい!

 これじゃ、裸族。ただのヘンタイだ!

 慌てて恥部を隠す。



「えっちだなー、こんな所でそんな格好してたら襲われちゃうよ」



 待ってくれ、違うんだ。素っ裸で装備無しスタートで、何も見つからなかったから、仕方ないんだ。こういうのが好きなわけじゃ無いんだ。信じてくれ。えっと。



「襲われ?君に?」



「違!わたしはそんなっ。双方の合意なしでそういうコトしちゃうのは、主義に反する。というか。そういうのもシチュエーションとして有りかなとは思うけど。実際やったら捕まっちゃうし、妄想するだけなら只だけど、ああ、もう。何いってんだろ」



 ガチで恥ずかしがってるな。ボリボリ後ろ頭を掻き、耳がヒクヒクしている。ちょっと潤んだ横目でこちらを睨む。



「だいたい、常識的に考えて。この状況だと襲われるのわたしの方でしょ。あ。だってほら、さっきだって襲いかかろうとして出てきた!」





 いや、あれは。



「蜂でもいるのかなと、思って」



「・・・」



 気まずい。



 しばし、沈黙の後。女の子は小さく鼻を鳴らして、低音でかき鳴らし始めた。

 速すぎて指が動いていないみたいだ。ああ、これこれ。前屈みになりながら口を尖らせ、つま弾く指はどんどん速くなる。蜂の羽音などではなく、連続するブザー音に聞こえてきた。ブーンだ。ブーン。



「ト短調:二式改」



 うん?



「その曲の名前?」



「曲?あ。んー。まぁ。そうね。でも、これで分かった。スリーパー確定ね」



「潜伏してるスパイ?」



 あるいは、そういう役職があるのか?



 女の子はあははと乾いた笑い、俺を鋭く睨み付け、ギターに手を添えた。



「そういうレスポンス出ちゃうのが、確たる証拠だね」



 なんだ?

 思考回路がおっさん臭いとでも言いたいのか?



「やっとわたしは、歴史的な瞬間に立ち会った訳だ」



 話が見えないが、ここまで落とされて、全部ストーリーライン通りで、これから冒険の旅が始まる!的な展開じゃないよな?この子、実は中身無しでナビゲーターって事?でもあまりにも人間くさすぎる。中身入りでプレイヤー一人一人サービスされてるのかな?



「まず。目覚め、おめでとう。確か、この間十六年目のサン=ジェルマン生誕祭だったから、十六年ぶりのスリーパーね。ああ、起きたからアンライターか」



 おお。やっぱあれか。選ばれし者とかそういう展開か!良いね!



「わたしより前に、起きてから誰かに会った?」



「いや」



「わたしに敵意とか、害意を持ってる?」



「可愛い子だなとはおもったけど」



「かっ。あぁん。ええと。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」



 あ。はい。



「今は、少年が眠りについてから二百年以上たっているの。その間、二回ほど文明は滅びてる。少年の家族や友人はもう、物理的に存在していないはずだよ」



 ふむふむ。



「天涯孤独でスタートって事ね。了解」



 飲み込みは早い方だ。



「違うの」



 女の子はくしゃっと顔を歪めて言葉を続けた。



「ゲームじゃない。ここが現実」

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