寝起きでロールプレイ

スイカの種

第一部

第1話 クソゲーマーの初期設定

 起きたような気がする。



 全身が生暖かく薄い膜に包まれている。

 これは、夢だ。まだ夢の中だ。寝なおそう、スズメの声が聞こえたら起きよう。

 寝返りをしようとしたら。



 !?



 動けない、腕に何か絡まっている。この全身を包むのも膜ではなく水か?ここは暗い水の中だ。

 狭い風呂桶に浸かっている?水面に出ないと死ぬ。息が出来なくて死ぬ。



 暗い!動けない!狭い!



 いったい自分がどうなっているのか。

 目を見開く。ここは夢ではない。どこからか差し込む光が、黄色く濁った水の中に捕らわれていると理解した。起きようとしたら水面にあるガラスに阻まれ額を強打し、手で頭をおさえようとしたら腕に激痛が走った。

 腕に巻き付いている何かに噛まれたのか、あるいは刺さったのか。

 いやもう、これ死ぬしかないだろ・・・。とそこまで考えて、息が全く苦しくないのに気付いた。

 おかしくね?もうずいぶん時間経ったよね?明らかに水の中で何も着けずに息してるよね?

 俺って魚だっけ?手と足の感覚もあるし、おぼろげながら実際に見える。

 つまりあれか。半魚人てやつか。首にエラとか付いてて、海岸沿いのひなびた漁村とかで生臭い生活を営んでしまう人種だったのか。



 そんな事はない。



 状況はオカシイが、俺はただの人間だし。水中呼吸とかもできない。

 何故こんなことになったのか、寝る前までどうしてたか、思い出してみる。



 眼下に赤い光が灯った。

 目の前に、綺麗なアルファベットでエラー表示のログが出る。



 なにこれ?エラー?!

 これゲーム?!しかも思い出せないよ!

 自分がここに入る直前までどんな事をしていたか、何故ここにいるのかは思い出せないが、この状況がなんなのかは理解できた。

 ここは、ゲームの中だ。五感反映型のVRゲームくさい。

 記憶消してハードモードニューゲームとか、したのかもしれない。

 そこまで気付くと、気は楽になった。ゲームは、好きだ!

 楽しんだもん勝ちだ。



「ひゅご」



 ”さて”と口に出そうとして、ここが水の中だと思い出し、声が出ずに水が喉を行き来する違和感に頬が歪んだ。笑ったとも言う。



 ゲームなら進めるはずだ。どうせここから脱出が出来るようになっている。なっていないとおかしい。

 別に水の中で喋れてもいいのに、妙なリアリティが再現されてるな。

 俺は別に、ゲームにリアル事情を持ち込んで縛りプレイとかはしない派なので、こういう設定は事前にオフにしてあるはずだが、何故だろう。同じ設定でダチと協力プレイでも始めたのかな?

 だとしても、記憶がトンでて協力も何も無いのだが・・・。



 周囲の状況を見てみよう。

 黄色く濁った水浸しの棺桶、身体中に絡まる無数のロープ。目の前のガラスをこすると藻がこそげ落ちたのか、ガラスの向こう側が透けて見えた。うっすらと、所々はげ落ちた白い天井と、元は半透明であろうボロボロのビニールカーテンが見えた。病院かな?この設定は。現代か、近未来か?

 なら、スタート地点として、医療ポッドとかからならありえるかもしれない。

 この包まれてる溶液に酸素が含まれてるから呼吸できるとかいう設定なのだろう。

 かなり水が汚れているし、汚いし気持ち悪いし、早く出たいし。



 落ち着け落ち着け。



 となると、この絡まっているロープたちも、生命維持装置関連かな?

 調べられるか?コマンドが出せるかな?腕に絡まるそれらに意識を集中して・・・。



 これなーんだ?



 すぐに眼下に表示された、今度は緑の光で文字が写し出されている。

 ああ、はいはい。チューブとコードね。この世界、電気あるね。SF確定。

 内部にも開閉スイッチがあるはずだ。どうせ、中の患者が容易に操作できて、且つ誤操作しずらい場所だろうから・・・。

 腕を自然な位置に戻し、両手付近、壁際を触る。藻が生えて分かりにくいが、右手側に指の先一つ引っかかるくらいのへこみがあった。しばらく引っかいていると、下側に開いた。しめしめ。

 なんかこう、自分の予想通りにオブジェクト配置されてたり、アクションが設定されてると嬉しくなるよな。現実では初見で上手く事を運ぶのは至難の業だが、ゲームの中ではチョロいもんだ。

 指先の感覚だけをたよりに探ると、中には大きめの四角いボタンがあったので、迷わず押し込む。

 ゆっくりと凹み、上部のガラスが横にスライドして開いていく。

 棺桶にならなくてよかった・・・。



 ほっとしたのはその時だけ。

 その後は地獄の苦しみだった。

 まず、水を吐き出した後に空気を吸い込むと激しくむせて肺から水が完全に無くなるまで咳がしばらく止まらなかった。全身に刺さったチューブを抜き、コード類を剥がすと激痛で血だらけで、身体全体がかじかんでいう事聞かない、疲れて動けなくなるまでのたうち回っていた。

 なんでこんな痛みを再現する必要があるんだ?!クソゲーだろ!ドM向けなのかっ!?



 いつの間にか気を失っていたらしい。

 床の冷たさと全身の痛みで二度目の目覚めは最悪だ。

 てか、なんだこのゲーム。ログアウト出来ないのか?

 実は夢オチとかいうんじゃないだろうな。

 夢にしても、いくらなんでもこれは目が覚めるだろう。

 不具合でログアウトできないとか、そういう漫画みたいな設定はこの現代には存在しない。

 自分が持っているゲームは、ヘッドセットと脊椎コネクタを外せばいつでも手動ログアウトできるはずだ。とりあえず、外すか、と首元を弄っても。



 無い。



 コマンドが必要なのか?そもそも、頭の周りにヘッドセットの手ごたえが感じられない。

 頭に何も被っていない!本来なら、見えないだけで、外せば現実に戻れるのだが・・・。



 今、時間何時だ?寝過ごして仕事に遅刻とかしゃれにならん。

 仕事・・・、仕事してたんだよな?

 えっと、思い出せそうだ。

 確か、俺の仕事は海外派遣のマネージメント業務だ。

 二度の転職を経て勤続九年くらいだった気がする。

 次男で家を出て一人暮らし、三度の飯よりゲームが好きで、RPGを好んでやってた。

 ARPG、JRPG、SRPG、ストラテジー系も大好きだった。

 FPSもそこそこたしなむが、どうも、対人が苦手だ。中身が人間だと分かるとどうもやりにくい。

 むしろ、強力なモンスターに皆で共闘とかのが好物だ。

 しかし、どういう経緯でこのゲームを始めるに至ったのかが、全く思い出せない。

 ふと、重大な事に気付く!



 スタートから何分経った?!



 全員横並びのPVPだったらこのタイムロスは致命的だ。

 初見で即オチなのは別に悔しくはないが、何もせずに痛いだけでゲームオーバーとか悲しすぎる。

 と、そこまで考えてゾッとした。

 いや、元々寒くて痛くて床も氷みたいに冷たいし痛いしとにかく痛いし凍えそうだが。

 あれ?痛い?



「このゲーム、やばくね?うわっ!?」



 呟いた自分の声にびっくりした。口が上手く動かなくて舌っ足らずだが、かすれていない。若々しくみずみずしい声だ。

 別に、ナルシストとかではなく。なんか声が若い気がする。

 ゲームだしな。なんかそんな初期設定でキャラクリでもしたんだろう。

 声もやばいが、もっとやばいのは・・・、そう。



 このゲーム、痛い。



 ダメだろこれは、痛覚設定オフにしないと。

 痛くて戦闘どころじゃないだろ。設定は・・・と見るが、そんな項目は無い。

 笑うしかない。これ、大人向けの”痛いのドンと来い”なスプラッタゲーなのか?

 そんなのがベータ配信されたら、新しい時代の始まりだと、喜々としてやりそうな気もするが。



 これで、この状態で何も装備取れずに捕まって拷問されまくったりしたら、お嫁に行けなくなる。

 男だけどさ。精神的に逝っちゃいかんとこまで壊れそうだ。

 とりあえず、ステルス最優先。ヤバくなったら即死をしないとだな。

 生き返ったりしないよな?さっき気を失ったのも、実は一度死にました。とか、無しだからな。

 永遠と死に戻りしながら痛めつけられるゲーム。とか、無しだからな!

 そだ、ログ見たら死んだかどうか記録があるかな?



 そして、ページトップまでスクロールしてみたが、そんなログは存在していない。

 時間やステータスも確認してみた。



 どうやら、ここは遠い未来。西暦二千三百二十三年、つまり今から二百五十五年後に当たる設定だ。

 最近、近未来SFは設定厨がうるさいからな、俺らの寿命がつきる前にシンギュラリティが起きる起きないで世界設定にかなり開きが出る。酷い設定だと、融合炉や量子型素子が登場しない世界設定になっていたりする。そんなしょっぱいファンタジー設定でゲーム展開されても、なんちゃって空想科学で炎上するだけだ。

割りきって懐古主義のリメイクを垂れ流したメーカーも存在したが、所詮リメイク。理不尽で不自由なプレイングを強要する昔のスタイルはユーザーを獲得できなかった。

 このゲームは、コンソールコマンドこそ使えるものの、その理不尽で不自由な匂いしまくりなんだが。

 そもそも、自分のステータスが一切分からない。

 痛みのフィードバックも数値がぶっ飛んでいる。

 インベントリも無い。



 リアリティ有りすぎだろ。



「ふぅ・・・。」



 このままウジウジしているとハゲ散らかしそうだ。

 タイムロスもクソゲーも置いといて。



 とりあえずやるか。

 俺はゲーマーだ。

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