25年越しのフォークダンス

まろん

第1話 再会、歯車が動き出す。

今でもたまに思い出す。


徐々に近づいて来る順番と、私のもの欲しそうな右手。


ちょうどいい距離なのになかなか縮まらない。


やっと触れられそうなその時に、音楽が止まる。


それが・・・11歳の夏。


雅人まさとと踊るのが待ち遠しかった。



ゆう~!!もう8時過ぎてる!!下に降りないとみんな待ってる!!」

夏希なつきは元旦那と離婚してから数年が経ち、1人息子の優との生活にも慣れてきた。

近所の病院に併設されている保育施設に非常勤で勤務している。

生活は決して豊かとは言えないが、離婚してから取った保育士資格をそれなりに活かしていてわりと充実した毎日を過ごしている。


「そんな大きい声出さなくても聞こえてるよ!だいたいあんまり早く行ったってみんな僕より遅く来るんだから・・・。」

小学六年生の優は、だんだん反抗期を迎えているのか朝はだいたい機嫌が悪く、夏希も手を焼いていた。

最近では通学班の集合時間になってもイヤホン付きのスマートフォンに夢中で、夏希の声など入って来ないという状態だ。


毎朝こんな感じ。

ちょっとしんどい。


仕事の方が楽だったりする。


ため息をつきながらも夏希は仕事を終えて、優が待つ家に帰ろうとエプロンをリュックサックにしまった。


仕事の時はいつもこれかこれ!というように仕事着としてジャージを用意している。

毎朝それを取って履き、上には適当なニットかカットソーを被る。

職場に着いたらその上に子供が好きそうなキャラクターがプリントされたエプロンを被る。

ほんとはキャラクターなんて好きじゃないし詳しくない。

昔から。


朝6時半にまだ重い眼をこじ開けて、もう30代も後半に差し掛かる身体を起こしてキッチンへ向かい、電気ポットでお湯を沸かす。

好き嫌いの多い優が食べれそうなシリアルや菓子パン、カップヌードルを賃貸で狭い10畳もないリビングのテーブルに出しておく。

粉末の緑茶を入れて、冷えた自分の身体に流しむ。

冷蔵庫を開け、昨日の夕飯の残りと冷凍のご飯を取り出して自分のお弁当の準備をししながら自分も菓子パンをつまむ。

味は分からない。

7時を過ぎたら機嫌が悪い事が予測される優を起こす。

これが毎朝のルーティーンだ。


こうやって年を重ねていくのかしら。


またため息をつきながら家賃9万のマンションの階段をのぼり、3階の1番奥の扉を開けた。

「ただいま~・・・優?」

玄関に入ると見慣れない履き古したスニーカーが置いてある。

優のではない。

「優?誰か来てるの?」

リビングに入ると、同級生らしき男の子が一緒にゲームをしていた。

「あ!お邪魔してます!」

「同じクラスの柊也しゅうやー」

「あぁ・・いらっしゃい。」

クラスメイトの名前を耳にした事は何度かあるが、正直どんな子が居て、保護者の人との交流もほとんどないからはっきり言って覚えていない。

「柊也君さ、もう19時になるしお母さん心配するんじゃない?優もそろそろ片づけて!」

世間の母親が子供の同級生を帰らせるためによく言う台詞を深い意味もなく吐く。

「あー・・うちは全然ですよ。はね。」

柊也は同級生の母親と目も合わさずにそう答えた。

未だに目の前のテレビに夢中で、据え置きのゲーム機コントローラーのボタンを無心で連打している。

「母親は?」

夏希が聞き返そうとしたその時に家のインターホンが鳴った。

「あー・・お迎えかも。」

「ほんと?そろそろ帰る?」

優は冷蔵庫から残り半分となった牛乳を取り出してマグカップに注ぎながら言った。

インターホンのカメラを除くと小さな子供を抱っこした男性っぽい人影がある。

「はい?」

『お世話になってます。岡田です。息子を迎えに来ました。』

「あー柊也君の!今開けまーす!」

夏希とインターホン越しのやり取りを聞いて、柊也はコントローラーを自分のショルダーバッグにしまい始めた。

「優、ありがとな。」

「うん。」

夏希は2人のやり取りを見送ると、玄関のドアを開けた。

「すいませーん・・」

開けた先には自分と同世代の男性がまだ幼稚園位の女の子を抱いて立っていた。

「あれ?」

男性は夏希の顔を見て呟いた。

「柊也君は今支度してまして・・」

「いえ!そうでなくて。」

柊也の父親は夏希の顔をじろじろ見つめた。

「もしかしてって、小山夏希?」

「え!?」

自分の名前を呼ぶ声になんとなく聞き覚えがある気がした。


そのくっきりとした切れ長の目は、小学生の時の記憶と重なった。















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