不良に愛される
澄んだ青空。学校の屋上で男女の生徒が肩を寄せ合って隣同士で座っている。一人は目つきが悪くてワイシャツの第二ボタンまで開けて涼しげな金髪の女子生徒で、もう一人は猫背でくせ毛で日陰が好きそうな男子生徒だった。
「はい、弁当」
「……あざす」
彼女から青年へと手慣れた様子で青い弁当箱が手渡される。青年は蓋を開け、静かに唾を呑み込む。中にはほうれん草のおひたしや切り干し大根と言った、如何にも不良な見た目をしている彼女の見た目とはある種ギャップを感じさせるような家庭的で色とりどりな具材が敷き詰められていた。
「今日はアンタが好きって言ってた卵焼き入れといたから」
隣で彼女が言う。彼女の言う通り、具材の中でも黄色く目立っている美味しそうな卵焼きがあった。
「すげー美味そう」
言いながら青年は、弁当箱と一緒に渡された箸入れから箸を取り出そうとする。
「待った。手洗った?」
「屋上来る前に」
「なら、よし」
青年と同い年のはずだが、彼女には年上基質な部分があった。
まるで親子のようなやり取りをした後で、青年は揃えた箸を両手の親指と人差し指の間に乗せて、手を合わせる。
「いただきます」
「ん。召し上がれ」
卵焼きを箸で掴み、深く味わうようにもぐもぐと咀嚼する。口内に卵のまろやかな甘みが広がり絶品だった。弁当をあぐらの姿勢の膝の上に乗せて自分も食べる用意をしながら、横目でじっとこちらを見つめてくる熱い視線を感じた。
「どう?」
「かなり好きな味」
「ふーん」
彼女は一見興味の無さそうな返事をしたが、その実、安堵しているのが青年には分かった。
「料理を作り慣れてるお前でも今更緊張することあるのか?」
「卵焼きはそんなに作ったことないし。それに、家族に作るのとアンタに作るとじゃ別って言うか、家族相手なら味付けテキトーだけどアンタにはちゃんと美味いって思って欲しい、的な」
「……美味いです」
その言葉を聞いた彼女はクールな表情を崩し、柔らかな笑みを浮かべ、
「なら良かった」
と嬉しそうに言った。
弁当を食べ終わった二人は並んで座って気持ちの良い風に吹かれながら、ぼーっと時間を共有していた。
「そう言えば」
思い出したように彼女が言う。
「アンタの下駄箱にこう言うの入ってたりしてない?」
言いながら彼女が差し出したのは、プリントをちぎったような横長の小さな紙だった。当然ラブレターではない。女子に多く見られるような丸っこい字で”黒野と別れろ”という簡潔な文章が書かれていた。
「誰がこれを?」
「さあ。いつも知らぬ間に入っているからね」
「他にもあるってことか?」
「ある。”黒野に近付くな”とか”黒野を解放しろ”とか、全部アンタの事ばっかり。アンタに思いを寄せてる子の仕業かねぇ」
「いじめられるような奴にそんな子がいるわけねぇだろ」
「分かんないよ。アタシみたいな物好きが他にもいて、アタシみたいな不良に盗られて嫉妬してるのかも」
「物好きって」
「物好きでしょ。アンタみたいな如何にも暗そうな奴」
「あれ?俺嫌われてね?」
「いや、超好き」
「あぁ、どうも」
臆面もなく急に功を口にする彼女への照れを隠すように、”それよりも”と青年は話しを戻す。
「貰ったのは手紙だけか?他に嫌がらせとかは?」
「ない。というか、私に仕掛けてくる奴がいたら返り討ちにしてやるっての。むしろアタシはアンタの方が心配なんだけど。なんもない?」
「おかげさまで今のところは。きっと誰かさんにビビってんだろうな」
「ふっ。悪い噂もたまには役に立つもんだね」
彼女は得意げに笑った。
「で、どうすんだそれ。差出人が分からなくちゃ対処の仕様が無い」
「まあ。とりあえず任せておいて。アタシに考えがあるから」
彼女は入っていた手紙の空いたスペースに、”直接会いに来い陰キャ野郎”と書いて、あえてもう一度下駄箱に突っ込んで置いた。
階段を駆け上っていく運動靴。数学の授業が少々長引いて昼休みに突入してしまっていた青年は早足で彼女がいつも待つ屋上を目指していた。階段を登り切り屋上へと続く扉の前に立った時、とあることに気付いた。
扉が少し開いていて、隙間が出来ていた。
彼女はいつも戸締りをしているので珍しく他に誰か来ているのだろうか。外の光と音が校舎側に漏れ出てる。青年は対して気にも留めず扉を押し開こうとしたのだが、その手は途中で止まった。
「黒野と別れて」
扉の向こうから声が聞こえた。
聞き慣れた幼馴染の声だった。
「黒野と別れて」
屋上に足を踏み入れた女子生徒は、フェンス越しに立って校庭を眺めている色々と悪い噂の絶えない件の彼女を見つけると、つかつかと歩いて近づいて行き、彼女の顔を見据え、開口一番にそう言った。
肩までふんわりと垂らした髪の毛先をピンク色に染め、シャツから覗く肌は白く、スカートは校則よりもいくらか短い。「可愛い」という言葉が好きそうな女子生徒だった。
突然の来客に彼女は意外そうな表情をする。
「誰が来るかと思えば、アンタか」
「私のこと知ってんの?」
女子生徒は険しい表情を崩さぬまま問い返す。
「何度か廊下で見た。いつも男女の取り巻きに囲まれてる人気者の女の子」
「そりゃどうも」
「それがガキみたいに手紙でコソコソ嫌がらせとか、だっさいね」
口角を上げて挑発した彼女を女子生徒は何も言わずに睨みつけた。
「それで? アンタとアイツはどういう関係? ただの知り合い?」
「そっちこそ。黒野の何?」
「は? 恋人。分かり切ってるでしょ、そんなの。アンタは?」
「幼馴染よ」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、アイツと仲良いんだ」
「まぁね」
女子生徒は顎を反らして自慢げな顔をした。しかしその誉め言葉は、女子生徒を嵌める為の罠である。彼女の次の言葉が女子生徒を動揺させる。
「幼馴染だったらアイツに直接言えばいいじゃん。”あんな女とは別れた方が良い”って。なんでそうしなかったの?」
「それは……」
女子生徒は目を逸らしながら苦しい言い訳を試みる。
「黒野は天邪鬼な奴だから。私が言っても絶対別れないと思って」
「嘘だね。アイツは確かに直ぐ本心を隠したがるけれど、言われたこと全部に逆ってやろうみたいなガキっぽいことはしない」
「知った風なこと言わないで。黒野の事は幼馴染である私が一番知ってる」
「いいや。”今の”アイツはアタシがずっと一緒にいるから、アタシの方がアンタよりもずっとアイツの事を知ってるよ」
女子生徒は悔しそうに歯を噛みしめる。彼女は追い打ちをかける。
「本当の理由、当ててやろうか」
「なによ」
「アイツにアタシの事が好きだからってはっきり言葉にされるのが、そう言って拒絶されるのが嫌だったから」
瞬間、女子生徒は目を見開いた。
「ち、ちがうしっ!!」
「ふーん」
彼女は彼女の言葉を必死な表情で否定する女子生徒の心を見透かしたように笑った。
「アイツの事好きだったんだ」
「別にそんなんじゃっ!」
「じゃあアタシのもんってことで良いよな?」
「良くない!!」
女子生徒は反射的に答える。ペースを握られて焦ったようだった。取り返すために、言葉をまくしたてる。
「貴方が黒野の事を好きだなんて信じられない。貴方は授業にほとんど出ないで、喧嘩ばかりして、未成年なのにお酒も飲んで夜遊びばかりしてる不良だって聞いてる。だから黒野の事だってきっと都合のいい奴としか見て無い。幼馴染としてそんなの許せない!」
「全て噂だろ」
「皆そう言ってるもん」
「はぁー」
女子生徒の言葉を聞いて彼女は分かりやすくため息を吐いた。
呆れていた。
面倒くさがっていた。
しかし彼女はこの先も目の前の女子生徒に絡まれて相手にする方がよっぽど面倒だと判断したらしい。
「いいよ。アイツが何でアイツに惚れてるのか、アンタが納得するまでじっくり説明してやるよ」
彼女は女子生徒の目を真っすぐ見据えてそう言った。
「アタシとアイツが初めて会ったのもこの屋上だった。アタシの親父は酔っぱらうとアタシを殴ったり蹴ったりしてストレスを解消するクズで、その日も、前日の夜に無理矢理叩き起こされて髪を掴み上げられながら無理矢理酒を飲まされて、散々腹を殴られて後だった。だから高校生の癖に二日酔いで体調悪くて最低な気分で、衝動的にそこのフェンスから飛び降りて自殺してやろうと思ったんだ」
「ちょ、ちょっと待って! それって虐待じゃん!? というか、自殺って貴方が!?」
女子生徒は予想していなかった彼女の抱える重い家庭事情に困惑する。一方で彼女は、至って冷静である。
「そうだよな。まさか、アタシが喧嘩する理由が親父に暴力を振るわれる苛立ちをぶつけてるからだとか、学校に来ない理由が家でくたばってるからだとか、そんなアタシが死にたくなる時があるとか、イメージで人を語りたがる勝手なアンタらには思いもしない事だよな」
「そんなの、分かるはずないじゃない」
「そうだね。だから別に噂話を楽しむアンタらが悪いとかは全く思わない。ただ、アイツはそんなイメージも関係なしに、フェンスから飛び降りようとしていたアタシを見ると一目散にすっ飛んできて止めてくれた。━━自分の方がよっぽど死にたかったくせにな」
女子生徒は怪訝そうに眉を顰めた。
「死にたかったって、どういう意味?」
「そりゃ、こっぴどくいじめられてたからだろ。クラスのゴミ野郎3人に服脱がされたりトイレに顔沈められたり」
「……」
「ああ、そうか。クラスが違うから知らなかったのか。それとも、知ってたけど知らないフリをずっとしてたのか」
「そんなことっっ!」
「まぁいずれにせよ心配しなくていいよ。アタシがそいつらシメておいたし、アタシが傍で守ってるから、アイツがいじめられるような事は今後絶対に起こさせない」
「私だって……」
女子生徒が自信なさげに呟いているが彼女は無視をして続ける。
「あとアイツは、アタシに逃げ場所をくれた。高校の近くのアパートに一人暮らししてるアイツの部屋に、”来たくなったらいつでもどんな時でも来て良い”って、言ってくれた。だからアイツとアイツのいる場所が、今まで耐えるしかなかったアタシの心の唯一の拠り所になった」
「待って。黒野の部屋に自由に出入りしてるって事!?」
「そうさ。ほら、合鍵も貰ってる」
彼女がポケットから蛙のキーホルダーのついた鍵を得意げに見せつけると、女子生徒は目を見開いた。
「私も持ってないのに……」
悔しそうに言う女子生徒に彼女はさらに言葉を続ける。
「最後に。自暴自棄になってアイツの寝込みを襲ったクズなアタシを受け入れてくれた」
「お、襲った……!?」
彼女の言葉を聞いて女子生徒は顔を真っ赤に染め上げた。
「んだよ、高校生にもなって純情なフリすんなよ。アイツとヤったってことだよ」
彼女は事も無げにそう言った後、右指で作った輪っかに左指の人差し指を抜き差しするジェスチャーをしながら”ほら知ってんだろ?”と悪戯な笑みを浮かべた。
「つーことで、ここまでされて惚れない理由がないし、アタシにはアイツに貰った返しきれない恩もある。だからテキトーな気持ちなんてありえない。アタシはアイツが心底好きで、真剣に付き合ってんだよ」
それが、女子生徒に対する彼女の答えだった。
彼女の中で青年の存在はあまりにも大きくなっていて、生半可な気持ちで、遊び半分で付き合うなど、彼女自身が許さない事だった。
青年は彼女の心の支えだった。
そうして。
彼女が折角求められた答えを提示したのだが、肝心の女子生徒はと言えば、
「襲った……ヤった……」
とぶつぶつ呟くばかりだった。
女子生徒は直前の話が気になってまるで頭に入ってきていないようだった。
「おい、話聞いてたか?」
「あ、うん」
「別にアタシらの年齢じゃ珍しい事でもないだろ」
「だって。黒野はそんな事一言も言ってなかったし!!」
脳内で情報の処理に苦労している女子生徒に彼女は暫く呆れた視線を送っていたが、やがて口を開いた。
「つーかあれだな。いじめの事と言い、恋人事情と言い、アンタ幼馴染の癖に……」
そこで彼女は一拍置き、ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ、はっきりと言葉にした。
「アイツの事、なんもしらねーのな」
その言葉は女子生徒のプライドを酷く傷つけたようだった。女子生徒は目を丸くし次には何かを言いたげに口をモニュモニュさせたが続く言葉は出てこず、代わりに悔しげに拳をぎゅっと握り、やがて振り返って逃げるように屋上の扉へと駆けて行った。
”ふぅ”と息を吐いた彼女は、
「出てきなよ」
と屋上に立つ小屋にも似た建物に向かって言った。その建物の陰から青年が現れる。
「バレてたのか」
「いつもなら絶対に来てる時間のはずだからね」
「悪い。がっつり盗み聞きした」
「良いよ別に。聞かれて困るようなことは言って無いから」
彼女は男らしくすっぱりとそう言い切ったが、少しの間考える仕草をし、訂正した。
「いや。今のは良くなったか」
「ん?」
「アンタの幼馴染って聞いて、気付いたらムキになってた。こいつはアタシの知らないアンタの事いっぱい知ってるんだなって、そう思うとどうにもイライラして……」
「それは逆も言えるだろ。自分で言うのも何かキショいけど、幼馴染のアイツしか知らない事、恋人のお前しか知らないことが多分ある」
「でも幼馴染としてアンタと長い間一緒の時間を過ごしてきたあの子の方が、アタシよりもずっと多くの事を知ってんでしょ」
「それはまぁ、そうだろうな」
会話が途切れる。
彼女はらしくもなく難しい顔をして空を眺め、考えごとをする。嫉妬とそれに対する自己嫌悪を感じているようだった。
「そんなに気になるなら俺の死ぬほどつまらない幼少時代の話でもするか」
「それ、聞きたい」
彼女は先程までの姿が嘘みたいに食いついてきた。よっぽど興味があるらしい。
「写真は? 小さい頃の写真とかないの?」
「ない。ただ卒アルならあった気もする」
「うわ。ガキの頃のアンタとか全然可愛げなさそう」
「おい失礼だな」
「でもそこが可愛いんだろうねぇ……」
「……褒められてる気がしない」
キーン コーン カーン コーン
やがて予鈴が鳴る。教室に戻らなければいけない。
「後でアンタの部屋に探しに行く」
「見つかる保証はないけどな」
「それじゃあ、また放課後」
「ああ、放課後」
二人は階段を降りた後、別々のクラスに向かった。
おまけ ※鬱要素有り※
歯を磨いて、顔を洗い、布団を敷く。青年は、寝るための準備をしながら頭の中では彼女の事を考えている。親に暴行を振るわれるという彼女の話を聞いて、合鍵を渡してから、彼女は時々青年の部屋に訪れるようになった。それは放課後の時もあれば夜もすっかり更けた深夜の時もあった。
迷惑だとは思わなかった。むしろいつも一人の部屋に、他人の、彼女の気配があるのは心地のよさを感じた。それに自分を救ってくれた彼女の助けに自分もなれているのであれば、嬉しい事だった。
その彼女は、最近めっきり来なくなった。
学校でも顔を合わせていない。
青年は、不安になる。
さぼり癖のついた彼女は元気な時でも面倒くさいと言って、この家でゴロゴロしていたり街をふらふらして学校に行かない事もあるので一概に彼女の身に何かが起きたと断言することは出来ない。しかし起きて無いとも言い切れない。彼女は殴られるのは自分のせいだから、父親を悪者にしたくないという考えで警察を嫌う。暴力に自らを差し出して、助けを拒む。
危ういと思う。取り返しのつかないことになったらどうすればいい。自分にとって彼女の存在は、もはやただの友達や恩人という括りでは測れない程に大きく身近で大切だというのに。
青年が窓の外を見れば深夜の暗闇は真っ暗で、窓の水滴がみぞれが降っている事を教えてくれた。真冬の夜は冷える。
明日だ。明日連絡をしよう。連絡がつかなかったら先生に家の場所を聞いて、直接向かおう。
青年はそう思って、布団をかぶり眠りについた。
突然の身体の重みと顔に落ちる水滴を感じて、青年の意識は現実へと戻ってきた。目を開くと腹の上に跨る全身ずぶ濡れの彼女がいて、部屋着で、髪からはポタポタと水滴が落ちていた。
「来たのか」
「ごめん」
「え?」
「このままじゃアンタに頼りっぱなしでダメになると思ったから、最近は出来るだけ避けてたんだ。アンタに会うのも、この場所に来るのも。でも無理だった……アンタの傍は居心地が良過ぎて……」
「別に遠慮する必用なんてない。迷惑だと思ったことなんて一度もないしな」
「……わるい」
彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。青年は胸の上に添えられた手に触れる。それは酷く冷たかった。
「シャワーでも浴びて来た方が良い」
「あぁ、ありがとう。後でそうさせてもらう」
彼女が言う。
”後で”と言う。
では今は、もっと優先したい事があるのだろう。
青年は彼女の次の行動をじっと待った。
二人を静寂と暗闇が包む。
やがて彼女が、口を開く。
「……アタシが部屋で寝てたら今のアタシみたいにあの屑が急に身体の上に乗っかってきて”由美子。愛してる、愛してる”って呟くんだ」
「……由美子って」
「死んだ母さんの名前。母さんはアタシのせいで死んだ。だから親父に殴られたって蹴られたって……股のソレをぶち込まれたって全部受け入れなきゃいけないって、そう思ってたんだ。それがアタシの責任だって」
彼女は遠い目をして虚ろに青年を見つめる。
「でも耐えられなかった。アレが腰を振ってる間、ずっと天井を見てたんだ。でも途中でひどい吐き気がして、それに気付いたら身体の震えが止まらなくなって、無意識に突き飛ばしてここに逃げてきちまってた」
彼女は青年の頬にゆっくりと手を添える。
「なぁ、アタシはアンタの事が好きだ。好き。大好き。……アンタもアタシの事、好きだよな?」
「……あぁ」
「じゃぁ、いいよな。アタシ、気が狂いそうなんだ。あの屑野郎が心と体に入り込んできて、死ぬほど気持ち悪い。だから、アンタで染め直して━━アンタで、いっぱいに満たして」
彼女は泣きそうな顔で懇願した。初めて見るその表情は、彼女がどれだけ追い詰められているかを如実に表していた。
青年は彼女にそんな表情をして欲しくなくて、返事をする代わりに彼女の頭を抱き寄せて、キスをした。
初めて見る彼女の身体は痣だらけで、股からは血が出なかった。
それから時が過ぎて高校を卒業すると、二人は共に暮らし始めた。青年の説得で彼女は父親からは距離を取った。
穏やかな二人の日常。
いつだったか、二人でリビングに座ってテレビを見ている時に彼女が呟いた。
「あの時は……いつも死にたいって思っていたけれど、今はアンタと共に生きていたいって思ってるよ」
「え、急にそう言う事言うなよ」
「何となく言いたくなったんだから良いでしょ」
「……まぁ」
「だからさ、ありがとう」
彼女は、はにかんだ。
青年は照れくさそうに「俺も、そう思う」とぶっきらぼうに返して、手を重ねた。
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