ロボット操縦士に愛される
薄暗く、遠くでは星々が煌めている広大なこの空間は宇宙を模して戦闘訓練用につくられたVRの疑似宇宙である。
その空間を一機の人型ロボットが縦横無尽に飛び回る。
“夜狼”
と呼ばれたその機体。ボディの色は夜空のような黒を基調として、暗闇に浮かび上がるオオカミの瞳のような真っ赤な色のラインが機体の表面に走っており、超速で飛び回る夜狼が暗闇に残していく赤い軌跡の残像は流れ星のように美しい。その巨大な機体を操るのはしかし、小柄な一人の少女である。
操縦はひどく荒々しく、野生的であった。
機体の周りでは、あえて特徴を消すように白単色で塗られた訓練用人型ロボットたちが夜狼を四方八方逃げ場なく囲み、握った銃からレーザーを放出し、両翼から大量の追尾ミサイルをぶっ放しているのだが、夜狼はその合間を縫うように稲妻の如く超速で飛んでいき、一体また一体と敵機を撃破していった。
猛撃である。握った赤い輝きを放つビームソードを振るいに振るって白い機体のメカメカしい身体を次々に真っ二つにする。時折伸びてくる敵機の放ったビームを本能的に感じ取って跳ねるように避ければ、夜狼は激昂するが如く標的を変え攻撃をした敵ロボットへ猛然と向かっていく。その姿を誰かが狂犬と称したが、なるほど狂犬に相応しい。破壊対象を求めては致命傷以外はかすり傷だとばかりに敵の砲撃の中に自ら突っ込んで行き、直感で裏付けされる不規則な動きで追い詰めて、ひたすらに撃墜を繰り返す。
その様はまさしく狂気を纏った獣。
彼女が撃墜した分、訓練ロボットは更に数を増した。
しかし全ては少女の獲物に過ぎない。
彼女は喜々として、敵機に向かって行く。
人型ロボットを操縦するのに求められるものは何か。
それは操縦士の闘争心であった。
胎児の納められる子宮を連想させる卵形の操縦席にはハンドル等などの手動で操作する物の類が一切存在せず、操縦士は、耐衝撃・生体情報伝達のための柔らかな青いスライム状の素材に身体を吞み込ませ、頭と脊髄に手術で開けた穴に幾本のケーブルを挿入させ、ロボットに感覚を移転。
後は願うだけでよい。
動け、と。
それだけで操縦士専用の人型ロボットは生き生きと動き出す。戦場においては一瞬一瞬の判断が命取りになる故に、心とリンクさせて手動より何よりも最速で操縦士の意思を反映させて機体を動かせるこの仕組みは非常に合理的と言えた。しかし、問題もあった。機体の動きが操縦士の心に直接の影響を受けすぎる事である。早い話、操縦士が戦意喪失をしてしまえばロボットは死んだように動かなくなり、そうでなくとも操縦士が怯えや恐怖に呑み込まれればロボットは見た目に反して幼子のように逃げ惑うことになってしまう。大事なのは操縦士の心を戦闘に適した状態に保つ事なのである。
それはすなわち、戦争で、戦闘で、勝たねばならないと思わせる事であり、地球及び箱船(多くの人間が暮らす船)を守りたいと思わせる事であり、生に執着させることであり……それらの手っ取り早いやり方として上層部が考えたのは、操縦士に想い人を作らせることだった。
デザイナーベビー。操縦士の趣味・嗜好・性格・好み・性癖等々本人を形成するあらゆる情報を分析し、そこから本人が好きにならざるを得ない人間をデザインし、操縦士が性成熟し訓練ではなく実際の戦場にもロボットに乗って出るようになる14歳になった時に引き合わせ、恋をさせた。
青年もその作られた人間の一人だった。
船内の一般常識として、操縦士の心を戦闘に相応しい状態に保つメンターの仕事をしていると思われているが実際はそういった事情の下にいる。担当の操縦士は、美しい金色の髪をショートに切り揃え、炎のように真っ赤な瞳をした、目つきの悪い、口も悪い、ボーイッシュな雰囲気を纏った、青年よりも30cmほど背の低い、宇宙生まれの小柄な少女である。
尤も、聡い彼女は青年のその裏事情さえも察しており、その上で
「別に俺がお前を好きなことは変わらねえ。それでいいだろ」
とばっさり吐き捨てるのだから、実に男らしい。
そんな彼女は今は訓練中。
青年は、トレーニング室に設置された巨大モニターの前に立ち、画面に映っている漆黒のロボット“夜狼”の訓練ロボットとの戦闘風景を眺めていた。
「今日は、いつにも増して荒いなぁ……」
青年が思わず呟く。それほどまでに彼女の動きはでたらめであった。機体を上下左右に回転させながら敵機のミサイルを避け、後ろを振り向くことなく背後の敵機を斬りつけ、急上昇をした後に引きつけた敵機を振り向きざまのミサイルでまとめて一掃。他に例を見ない程に完璧にロボットを自分のものとしている。どころか気配までもを察知しているから、もはや彼女はロボット操縦において動物的感覚である第6感まで目覚めさせているのかもしれない。それに相手にしている訓練ロボットは敵国の将校を捕縛してその心をインストールした言うなれば将校モデルなのだ。決して弱いはずはなく、並みの操縦士なら一機相手にするだけでも相当に骨を折る筈なのだが。。
「……無双してる」
彼女がいくら訓練ロボットに囲まれようとも劣勢になる予感が微塵もしない。まさに圧倒的な力量差。
襲撃。破壊。撃墜。
メンターである彼には彼女の思考の癖なども当然のようにインプットされているので、この暴れっぷりというかハリキリっぷりが何を要因としているのかは分かっていた。
“時間が空いたから、今日は実際に訓練の様子を見ているね“
訓練室に入る前の、夜狼と同じカラーリングの操縦士スーツに袖を通した彼女にそう言えば、彼女はニッと、国家転覆でも計画してそうな邪悪な笑みを浮かべて言ったのだ。
“その目でしっかり見てろよぉ”
で、この有様である。彼女はカッコいい自分の姿を見せたかったのだろう。青年はそう思うと、彼女の子供っぽい愛らしい動機と実際にやっているエグい事との差異があまりに大き過ぎて思わず笑ってしまう。彼女は数少ない操縦士の中でもずば抜けた戦闘の才をもつ操縦士なのだ。
……そして。
“笑ってしまう“と言えば、もう一つ。
尤もこれは苦笑になってしまうが、モニター前に立つ青年は現在、沢山の女の子に囲まれていた。傍から見ればモテモテの色男である。が、彼女たちは、青年に用があるわけでは無い。
用があるのは青年の操縦士である。
本日は、“火星爆破デー”という物騒な名前の付いた日で、過去に長年争い続けていた火星人を超高火力エネルギー兵器で火星諸共爆破粉砕し地球人がまた敵を一つ消滅させた記念日であった。この記念日では女が想い人に自分の思いを乗せて火星を模したまぁるい形のビスケットなどのお菓子を渡すのが通例であった。
彼女は身長が小さくて小動物のように愛らしいのに、夜狼に乗って地球を守るカッコいい孤高の女操縦士。
憧れるのも当然と言える。
しかし彼女は青年を除いた他人との交流を全く好まない。操縦士のさらにトップ層であるという彼女の肩書に寄って来る人間が、光に集まって来る地球の蛾に見えてうんざりするらしい。だから船内ではいつも研ぎ澄まされた刃物のような鋭い雰囲気を纏っていて、誰も彼女に近付けない。そんなんだから船内民に“一匹狼”などと畏怖の念で呼ばれたりするのである。して、彼女へお菓子を渡すにはメンターである青年を通して渡す他なくなる。実際、青年の手にした巨大な白い袋の中には、数えられない程に大量のまぁるいお菓子がそれぞれ丁寧にラッピングされた状態で積りに積もっていた。
「全然途切れないな……」
青年が心の中でそう思いながら女の子たちからプレゼントを預かるポストの役割を全うしていると、そのうちに訓練室に続く廊下からモニター室に向かって近づいてくる足音があった。
やがて、訓練を終えた件の女操縦士が姿を見せる。
黒いパーカーにショートパンツを着た少女。シャワーを浴びたのか、髪は若干濡れている。
彼女は最初は青年に、控えめな胸を張って自慢げにはにかんだ表情をしていた。“どうだ、すげぇだろ”と言うかのように。だが、青年が女たちに囲まれていることに気付くとその表情はみるみる険しいものとなり、如何にも不機嫌そうに舌打ちをして青年の気を引くと、顎をクイっと出入り口側に振った。これは“部屋に来い”の意である。言葉は無くとも青年も当然のようにそれを理解しているので、未だプレゼントを青年ポストに投函するために順番待ちしていた周りの女の子に軽く頭を下げると、そのまま出入口へと向かっていく彼女の後を追った。
「あ、あぁ……」
お菓子を渡しそびれていた女の子たちの何人かは、青年か、いっそのこと本人か、とにかく用意してきたお菓子を渡さなければという思いに駆られて二人の後に付いてこようとする。だが、歩きながら、ダルそうに顔だけ後ろに向けた彼女がその足を止めさせる。
「つ・い・て・く・ん・な」
一音ずつはっきりと発音されたその言葉は、酷くドスの効いた声だった。それに後ろを歩いていた青年には、彼女が肉食獣のように鋭く細い目で女の子たちを睨みつけたのが分かった。振り向けば、彼女の視線に射貫かれた女の子たちは可哀想に、まるで石化したようにその場で立ち止まってしまっていた。
青年は心の中で“ごめんねー”と謝罪しながら、早足の彼女に置いて行かれないように続いた。
言葉を発さず、ただ彼女の小さな背中を追って廊下を歩き、やがて彼女に続いて部屋に入る。すると彼女は扉を閉めるなりいきなり青年の身体を引っ張りながら足を払って豪快に床に倒れさせ、その上に馬乗りになった。そのまま上着の襟首を両手で掴み上げる。
「おいっ。あれはどういう了見だぁ?。女どもに囲まれやがって……俺に見せつけたかったのか?」
「いや、違うよ。あの子たちは皆、君宛の火星爆破デーのお菓子を僕に渡していたんだ。ほら、そこの白い袋にいっぱいお菓子がある」
「はぁ? んなもん自分で渡せばいいだろ。何でお前に」
「君が怖いんだよ、きっと」
「あいつらがビビりなだけだろ」
「だからって怖がらせて良い理由にはならないよ」
「ちっ……はぁー」
彼女は自分でも思い当たる節があるらしく深いため息を吐いた。
「……だとしても。お前もちょっとはお前の為の菓子、女からもらったんだろ?」
「え、あ、まぁ」
「やっぱりな。気に喰わねぇ、全部出せ!」
そう言って彼女は片手で襟首を掴み上げて揺すりながら、青年の上着のポケットにもう片方の手を豪快に突っ込んで探った。事情を知らない者が見ればカツアゲに見えるだろう。ポケットからはお金、ではなく、如何にもプレゼントらしいリボンのラッピングが施された小箱やビスケットの入った透明な小袋などが出てくる。彼女がくわっと目を見開く。
「隠してやがったな‼」
「まさか。君のと混じらないようにポケットに入れておいただけさ」
「嘘つけっ!」
嘘である。自分宛にも女の子からプレゼントをもらったと知られれば彼女がキレるであろうことを想定して、バレないように予めポケットに入れておいたのである。それも見つかってしまえば逆効果。火に油。彼女は宿敵を見つけたとばかりにお菓子の入った袋を一つ摘まみ上げると、結ばれていた口を解いて、中に入っていた円形のチョコの塗られたビスケットを一つ取り出し、手の平に乗せた。
「こんなもん、こうしてやるっ‼」
彼女はそれをわざと見せつけるようにして、ぐしゃりと握りつぶした。なかなか過激な光景である。彼女がゆっくりと手を開ければ、ビスケットは粉々になっていた。
「ふんっ。女狐の野望、打ち砕いたり」
彼女は口角を上げ、勝ち誇った顔で勝利宣言を呟いた。
火星爆破デーのお菓子は火星が爆破したことにちなんで、粉々になると想いが成就しないと言われているのである。だから彼女は罪なきビスケットを砕いて、わざと見せつけた。青年が自分以外の誰かに目移りしないように。
青年が彼女以外を好きになるなど、設計上ありえないのに。
「あぁ。折角綺麗に丸かったのに」
「俺の男を狙った罰だ」
彼女は手を口に近付けて、手の平に着いたビスケットの欠片たちを犬のように野性味たっぷりに舐めとって食べ始めた。青年は彼女のそんな行儀悪い姿を愉快そうに眺める。実際は、彼女に渡される筈だったチョコビスケットだったが、恥ずかしいからやっぱいい、などという理由でとりあえず青年に渡されたプレゼントである。回り回って、本来納まるべき胃袋に入ったのだからビスケットも本望と言える。
「味はどう?」
「んん。甘すぎだな。俺には丁度いいけど、お前の好みには全然合ってない」
「そっか」
自分の為に用意されたビスケットを不服そうに、しかし美味しそうに食べている彼女を青年は面白そうに眺めていた。やがて彼女はその袋に入っていたビスケットを全部平らげてしまうと(最初以外は砕かなかった)、手を洗いに台所へと向かった。そうしてやがて戻ってくると、彼女の両手は白い平らな皿を大事そうに掴んでいた。
「お前の食べたから。代わりにこれ、やるよ」
そうして彼女は青年の前にあった机に皿を乗せて座った。皿の上には“摘まむ”ではなく“掴む”が適していそうな程には大きなチョコが二つほど乗っていた。包みは無い。最初から部屋に招いて渡すつもりだったのだろう。
そしてなにより、その形はハート形である。
「この形って……」
「船内だと火星爆破デーだけど、地球だとバレンタインデーとか言うやつなんだろ。だから、そっちに合わせてみた」
「わぁ、ありがとう」
青年が笑顔で礼を言えば、彼女は少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
青年は確かに地球の研究室で生まれ、特別な施設内で育っていた。だがそれは人工人間の証明であり、一般の人々には秘匿されるべき情報である。船内でも青年の恋人である彼女くらいしか知り得ないこと。ゆえに彼女はその差を明確にして、自分のチョコは特別である事を演出したのだった。
「それじゃ、いただきます」
彼女がじっと見つめてくる横で青年はチョコを一つ掴むと、齧った。
もぐもぐ。
咀嚼をする。
「どう……だ?」
珍しく不安そうな彼女を見て少し揶揄いたい気持ちが湧いたが、それでも青年は素直に感想を伝える。
「うん。丁度いい苦さと甘さでとっても美味しいよ。ありがとう」
「……ふーん」
彼女は途端に興味を失くしたように声を漏らしたが、その口角が上がるのを必死に抑えている事は青年にはお見通しである。
「ところで」
「は?」
不意を突かれた彼女の咄嗟の荒い返答が帰って来る。
「バレンタインデーのチョコには色んな種類があるのって知ってる?」
「……知らねぇ」
「友達にあげる友チョコ。世話になってる人とかにあげる義理チョコ。好きな人にあげる本命チョコ、とか」
「へぇ」
「これはどれになるのかな?」
青年は彼女を困らせてみたくなってわざと意地悪な質問の仕方をした。
彼女は青年の望み通り、眉を寄せて嫌そうな表情をする。
「……分かんだろ。そんぐらい」
威勢のない口調に視線から逃げた目。
その愛らしさに、青年はもっと彼女を困らせたくなってしまう。
「難しいな」
「メンターだろ。ふざけんな」
「メンターでも思考の詳細までは読めないからなぁ」
「ちっ」
彼女は埒が明かないと判断したらしい。
自分より座高の高い青年の頭に片手を回すと力強く引き寄せて、強引にキスをした。
そのまま数秒間、お互いの熱を交換し合った後で、彼女は口を離した。
「分かっただろ」
「うん。僕も君が好き」
「……くそ苦ぇ」
べぇ、と照れ隠しに彼女は舌を出した。
「お前。この後予定は」
「さっきの君の訓練の成績を上に報告したら終わりかな」
「それ明日でもいいよな」
「それは、まあ」
「じゃあ、これから付き合えよ。映画見るぞ」
そう言って彼女は電気を落として、部屋を小さな映画館に見立てると、テレビを操作して、アニメや映画を視聴できるサービスのサイトを画面に映した。
無論、彼女に付き合うのはメンターとしても大事な仕事である。
彼女が自分の隣においたクッションをバシバシと荒く叩くので、青年はそれに従ってあぐらをかいて座れば、その膝の上にごく当然とばかりに彼女が座った。夜狼の操縦席ではスライム状の素材にいつも身体を呑み込まれているせいか、何かに包まれていると落ち着くらしい。
顎の下あたりに頭頂部が来るからこの姿勢の時は青年はいつも、彼女を本当に小さくて可愛らしい生き物だと思ってしまう。彼女にそれを伝えると烈火の如くキレるので決して口にはしない。
映画の内容は、派手なアクションのある映画が好きな彼女には珍しい、よくある王道ラブストーリーだった。仲の悪かった主人公とヒロインは次第に仲良くなって行って、途中で主人公とヒロインの仲を裂くような大きな試練が訪れて、それでも二人は諦めずに乗り越える……。
ありふれた物語に引っ張られて、青年はふと友人の事を思い出した。
友人は試練を乗り越えられなかった。
友人はメンターで担当の操縦者と仲睦まじい関係にあったが、戦闘の最中操縦者は運悪く命を落とし、それで友人は悲しみに押しつぶされて自殺をしてしまった。
メンターの後追い。上層部の間ではよく上がる議題らしい。青年の身体を定期健診する博士が言っていた。
彼の気持ちは青年にも分かる。
身体に柔らかさをもたらしているこの、薪の上に燃ゆる火のように激しくも優しい愛をくれる少女を失えば、自分も深く絶望するのだろうと。
少女がいなくなった時の空虚感を想像して、無意識に青年は少女の柔らかな金色の髪を撫でていた。いつもなら子ども扱いしたとキレるのだが、今はどうにも許してくれているらしい。
映画が気付けば終わり、
「苛つくからやめろ。それ」
不意に彼女が振り返って言った。
「お前。俺が死ぬとか思って俺の頭撫でてただろ」
青年が彼女の心の様子をある程度予測出来るように、彼女もまた青年の心など容易に分かる。
「俺がお前を置いて死ぬわけないだろ。舐めんなよ」
信頼されてないと感じたらしい。彼女は薄暗闇の中、青年を睨んで不服そうに言った。
信用していないわけでは無かった。だが、物がいつかは壊れてしまうように人間にも抗いようのない運命というのが決まっていて、ある日突然彼女を失うという事も十分に考えられる話で……。
青年がぐるぐると考えていると、
「しょうがねぇなー」
と、彼女が呟いて右手の小指を差し出してきた。
「んっ」
彼女が何かを求めるように声を漏らす。
青年はその“何か”が何か分からなくて首を傾げる。
「おい、映画見て無かったのか。やってただろ、指切りげんまんとか言うやつ」
青年は言われてはっと気づいた。映画中は思考の沼に沈んでいてあまり意識を集中していなかったからはっきりとは覚えていないが、もしかしたらやっていた気もする。
主人公とヒロインが一旦離れ離れになるシーンで、両者がまた再会することを互いに約束するために。
「俺がお前の横にいつも必ず帰ってくることを約束してやるよ。だから、指出せ」
彼女に言われるままに青年も右手の小指を差し出した。彼女の小さくも力強い小指が、青年の小指に絡みつく。二人の声が重なる。
指切りげんまん
嘘ついたら針千本のーます
指切った
青年の指は名残惜しそうに彼女の指から離れた。
「でも」
青年が呟く。
「もしも君が帰ってこなくて、約束を破ったとして。僕は誰に針を千本飲ませれば良いのかな?」
「そりゃお前だろ」
「え」
「飲んじまうだろ、針。自分で」
彼女が暗闇の中でじっと青年を見ていた。
「あぁ、うん。飲むね、きっと。君がいなかったら、わざわざ生み出された僕の存在価値なんて無くなるわけだし」
「だろ。でも俺は、俺を追いかけてお前が死ぬなんてマジでふざけんなって思う。そんなのは認めない」
「うん」
「だから俺はどんな時でも絶対お前の隣に帰って来る」
「……うん」
彼女はその想いの強さを伝えるように鋭い視線で青年の瞳を射抜いていた。
青年は彼女の赤い瞳に意識を呑み込まれて行く。まるで彼女の一部になって行くみたいに。
「だから、待ってろ」
柔らかくて芯のある声。
青年は小さく頷いた。
彼女の力を信じて、頷いた。
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