メカニックに愛される

「~~~っ♪」


青年は鼻唄を唄いながらテーブルに夕飯を並べていく。メインはシチュー。野菜嫌いな彼女のために肉をたっぷり入れつつも、バレないように細かくした野菜も沢山入っているのがポイントである。

他の献立も並び終えた。


「よし、呼びに行こ」


青年はそう言って地下室へと向かう。その広い空間にあるのは大小さまざまなメカであり、実質彼女専用の巨大空間である。メカニックの彼女は、大抵ここで機械か図面を睨みつけるように見つめている。彼女の腕は超一流だ。軍の上層部から直接依頼を受けることもある。

しかし、青年がちらりと覗いても彼女の姿はそこに無かった。

となれば、あそこだ。

青年は慣れた様子で庭へと向かう。窓を開ける。見る。

星の輝く蒼い夜空の元、ベンチに座る彼女は背もたれにもたれ掛かりながら、ふうっと煙草を吹かせていた。

彼女は仕事のストレスが溜まったりキリが良いところで終わると、必ずここで一服しているのである。

彼はベランダに出ると、彼女の隣にそっと座った。


「ご飯できたよ」

「おう、ありがと」


彼女は煙草から口を離すと視線を青年に向け、ぶっきらぼうに返した。不機嫌なわけでは決してない。愛想を見せるのが苦手なだけなのだ。

既に、ご飯が出来たことを彼女に知らせるという任務は終了したが、その後も彼は黙って、彼女の横顔をじっと見つめていた。

視線に耐えきれなくなって彼女が口を開く。


「あんだよ」

「ん? 煙草って美味しいのかなーって」

「吸いたいのか?」

「一本だけ」

「絶対ダメだ」

「えっ」


青年はもらえる流れだと期待したばかりに、まさか断られて驚いた。


「ダメなの?」

「ダメだ」

「いーじゃん」

「ダメったらダメだ」

「なんでー」

「私がお前より先に死ぬためだ」

「……え」


予想外の理由に彼は次に続く言葉を見失う。彼女は口を開けたまま静かになってしまった青年の様子を見て、思ったよりずっと深刻に受け止められてしまったと感じたらしい。彼を落ち着かせるように、頭をわしゃわしゃと撫でた。


「別に大したことじゃねえよ」

「え、いや、あるよ」

「ないさ。ただ、お前に先に死なれたら私が耐えられないっていうそれだけの事だ」

「悲しいって事?」

「悲しいって事だ」

「へぇ~」


青年はさっきまで驚いた表情とは打って変わって嬉しそうな表情を見せた。その、大人のくせして少年のようにコロコロ変わる表情が彼女は好きだったりする。


「だから私は煙草を吸っても良いけど、お前はダメだ」

「でもさ。君が死ななければ僕と君が一緒に過ごせる時間がもっと長くなるよ。それは、もったいなくないの??」

「……ああ。まあ、惜しいな」


珍しく見つけた彼女の隙を、青年は喜々として逃さない。


「結局、煙草吸いたいだけの言い訳じゃん」

「ん……そうじゃないんだが」

「いーや。絶対そうだ。認めないなら僕、煙草吸うから」


そう言って彼は鮮やかな手つきで彼女の胸ポケットに収まる煙草を一本手に取ると、人差し指と中指で挟んで見せつけるように揺らした。


「おい、やめろ。分かったから、認めるから。お前は吸うな」

「えへへ。慌ててる姿見れるなんて珍しい」

「なんでもいいけど、お前は吸うな。健康でいろっ」


最後の台詞を言いながら彼女は、青年から煙草を取り返した。青年は煙草箱の中に煙草をしまう彼女を満足そうに眺めると、


「よっと」


と立ち上がり、庭から家の中へと戻っていく。

家に上がるタイミングで、


「煙草も美味しいかもだけど僕のご飯もきっと美味しいよ!」


と謎の対抗意識を燃やした発言を言い残していった。

彼が去った後に、少し冷たい夜風が彼女の肌を撫でる。


「……煙草減らすか」


彼女は静かにそうつぶやいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る