第7話 そこは遥か遠き異国の町

「うぉおおおおお!」


 実に二週間ぶりに踏み締めた大地の感触。思わず感激の雄叫びを漏らしてしまったとして、誰が責めることができようか。


 いやホント船の上は嫌いじゃないしむしろ好きだけど、やっぱ地に足がつくってのは最高だよな。


「いやぁ、陸地の空気というのは絶品でござるよな。船の上も良いものでござるが」

「だよなー。さて、と。目的を早く済ませねえと……」


 船から降りた俺と咲の二人は、物質の補給の為にたどり着いた港町に降りていた。


 港町特有の雑多な空気、行き交う人々の中に混じっているどう見ても人間ではない種族、呼び込みの盛んな市場には色んな物が揃う露店が並ぶ。多くの人・物品・情報が交差する雑多だが流動的な空間。たとえ世界が違っていても、俺が好きな港町の雰囲気が同じっていうのはとても安心する。


「だけど悪いな、咲。買い物に付き合わせちまって」

「なにを申すか海央殿。一宿一飯の恩義があるゆえ、問題ないでござるよ。用心棒くらい務めさせてもらわねば!」

「ありがとな。正直助かった。四人分の食料を一人で買うのも大変だからな」


 それにしても、黒の学ランのせいかやけに暑い気がするぞ。先ほどから汗が止まらない。人の流れが多いってだけじゃなくて、シンプルに気温が高いのか。


「我慢できないし、脱いで腰に巻いておくか……」

「そういえば海央殿の着物はなかなか見たことのない物でござるよな。顔立ちは拙者と同じようでござるが、一体どこの―――」


 咲の声が途切れる。


 彼女が視線を向けている先を見ると、道行く人々がこちらを怯えた顔で伺ったり、眉をしかめた顔で睨みつけてきていた。なんだかおかしい。さっきまではあんな風に見られることはなかったのに。


 というか、武装した一団すら待ち構えているじゃないか。格好からすると、軍人…兵士か? なにやら穏やかじゃない雰囲気なんだが、嫌な感じだ。


「そこの二人、止まれ」


 ほら、やっぱり来た。なんか全員長槍を構えて臨戦態勢だ。絶対ロクな用事じゃあない。


「えっとなにか用です?」

「貴様ら、どこの国の人間だ。いや聞くまでもないな! その闇のような色の髪に、浅黒く染まった肌! 忌人いみびとだな!」


 イミビト? 聞き慣れない単語だけど、間違いない、絶対いい意味じゃないな。てか人の見た目を指して言いたい放題かよ。


「拙者らがなにかしたでござるか? お主らの職務が無罪の旅人を囲んで捕まえることだというのなら、随分な所業でござるな」

「黙れ忌人風情が。大人しく捕まって裁きを受けるがいい!」

「あっ」


 一番近い兵士が咲の腕を掴むと無理やり引っ張って連れて行こうとする。


「させるかよ!」


 勝手に身体が動いていた。握りしめた拳を思い切り振り抜くと、鎧を着ているはずの兵士がいとも簡単に吹き飛ぶ。遅れて動き出した兵士たちに囲まれるよりも早く、咲を連れてその場から逃げ出した。


「かたじけないでござる海央殿!」

「謝るなよ。まったく、なにがどうなって…。なんで上陸してすぐ目を付けられなきゃいけないんだ?」

「察するに今の茶番は我らを捕らえる口実でござろうな。港に入った時点で見張られていたのでござろうよ」


 こうなってくると、船に残してきたカナとトワが心配だが、今はまずこの場を切り抜けないといけないか。


「そこまでだ忌人!」

「!」


 路地から抜けるところで、行く手を遮るように、大剣を構えた大がらな騎士が曲がり角から現れる。先ほどの兵士よりも重厚そうな鎧を纏っている。強そうだな。


「ここは任せてもらうでござるよ、海皇殿」


 咲が何もない腰に左手を添える。右手で何かを引き抜くような動きをすると、彼女の手には鋭く光る剣が握られていた。いや、剣というよりそれは。


「刀……」

「サムライと言ったでござろう。これでも剣の腕には覚えがあるでござるよ」


 軽い口ぶりでそう言うと咲が一歩前に出る。騎士の方も油断なく大剣を上段へと掲げた。一撃で決めるつもりらしい。


「良き構え。修練の賜物にござるな。だが……」

「っ!?」


 見えなかった、一撃が速すぎる。


 気が付くと、咲の踏み込みと居合いは既に完了し、騎士の大男が倒れ伏した。圧倒的スピードだ。魔力を使った俺より速いんじゃないか? なんで海賊に捕まったのか不思議くらいだ。


「強いんだな、咲……」

「拙者も鍛えているでござるからな。先ほどの海央殿もなかなかの身のこなしでござったぞ」

「まあな」


 俺のは魔力でブーストしてるからズルみたいなもんだけどな。さて一刻も早く船に戻らねえと。


『マスター。どこ、なの』

「トワ?」


 港に通じる最後の路地から出ようとしたところで脳内にトワの通信が入った。


『港に戻ってはいけない、の。船が囲まれている、の』


 囲まれてる?


 指で輪を作って “テレスコープ” で港の方を確認すると、トワの通信通り複数の武装した兵士が船を停めている波止場を見張っていた。


「おいおい、どうしてあんな端に停めたのにバレてんだよ」

「やはり最初から拙者らが狙いでござるか。だが、なぜ……?」

「見も知らぬ連中に恨まれる覚えはないんだけどな。どうすっかな」


 力技で突破するには数が多い。逃げ出すにしても、船はそうすぐに発進できるものじゃないからすぐ拿捕されるだろう。


「失礼。お二人はあの船の関係者でございますね。ご同行願いますのですよ」

「誰だ、っ?」


 突然声を掛けられて振り返ろうとして、俺は頭部への強い衝撃とともに意識を手放した。

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