第5話 戦闘も初めてが肝心

 海賊船の甲板に着地するや否や、大勢の男たちに囲まれる。持っている武器は見たところ短刀やナイフのような刃物ばかりで、数人が持っているピストルもアンティークかってレベルだ。


 だとしてもこっちは丸腰。間違っても勝てる気がしないんだが。


「思っていたより少ないわね。これなら楽勝だわ!」

「すげー自信だな!? カナはともかく、俺はどうすれば良いんだよ」

「言ったでしょ。〈ノーティラス〉は海を征くためのジョブクラス。荒事だってお手のものなはずよ!」


 どこまでも無邪気な笑みでそう言ってのけると、カナは拳を構えて男どもに突っ込んでいった。


「いやだから、どうすれば良いんだよっ。まったく!」


 海賊たちの応戦は既に始まっている。こうなりゃヤケだ。とにかく、船を動かす時のように魔力を意識して右手に込める。


 振り下ろされる剣に合わせて拳を突き出すと、金属製のはずの刃が根本からへし折れる。吹っ飛んだ相手の驚愕に負けず劣らず俺もビビった。嘘だろ。


「にゃはは! それがマモルの力ね。スキルでパワーアップしてるんだから、海賊なんてワンパンよ!」

「にしても剣が折れるってやり過ぎじゃ?」

「細かいことは気にしたら負けよ!」


 ううん、豪快な美少女クラーケンさまだ。


 ひとまずは、相手の武器にビビらなくても壊すか避けるかできそうだな。


 程なくして、群がってきた海賊どもを返り討ちにし終わる。もう安全かと一安心しかけた俺だったが、甘かった。俺にすらわかるレベルの殺気が船の奥から放たれ、背筋に悪寒が走る。


「なんだ、これ…!?」

『魔力のエネルギー反応、増大。マスター、これは大物なの』


 脳内にトワからの警告。カナもわずかだが緊張感を漂わせている。そんなにヤバい相手なのか。


「えらい暴れてくれたもんだなぁ、テメェら。どう落とし前つけてくれんだよ、エェ?」

「わぁお」


 奥の船室から姿を現したのは、漫画と思うぐらいの巨漢だった。左腕の肘から先がフックの付いた義手だし、右手にはデカい剣か銃かわからない武器を持っている。絵に描いたような海賊じゃねえか。


『あの武器から魔力を感じる、の』

「アレはアーティファクト、簡単に言えば魔力を帯びた武器ね。海賊のクセにいい物持ってるじゃない」

「よく知ってるじゃねェか嬢ちゃん。俺様の船に乗り込んでくるたあ、上物なうえに大したタマだ! おまけに頭もいいとくれば高く売れそうだぜえ!」


 下心しかないゲスな目で海賊の親玉がカナを見回す。このクソ野郎、奴隷商人タイプの海賊かよ。


「残念だけど、アタシの初めてはマモルに捧げるって決めているの。アンタなんかサメの餌にしてやるわ!」

「変に挑発するなって、カナ」

「あァ? んなヒョロいガキにゃ勿体ねえ! そいつを殺して、俺の女にしてたっぷりと可愛がってやるぜ!!」

「……てめぇ」


 ここまでテンプレな悪党ならぶん殴ったって良心が痛む心配もなさそうだ。よし、決めた。こいつはボコそう。


「カナ、下がってろ。俺に任せてくれ」

「くははは! 一丁前に言うじゃねえかガキ。大人の戦いを教えてやるよお!!」


 吠えるが早いか男が突っ込んでくる。警戒しないといけないのはあの武器だ。まずは魔力を纏った拳で牽制を-―――。


『駄目。避けて、マスター』

「!」


 踏み出しかけた右足を止めて、真横に跳ぶ。立っていた場所を光の砲弾が通過していった。空気の焼ける匂いにむせながら、急いで立ち上がる。


「ちっ、よく避けたなあ」


 よく見ればアーティファクトの切先が形を変えて、その先端から光の粒子が舞っている。


「なんだそりゃ……!」

「魔力砲撃ね。燃費悪そー」

「くははは! どうだ、恐れ入ったかガキ。でェ、丸腰でどうやって俺に勝つって言うんだあ?」


 確かに圧倒的不利。だけど逃げるのはあり得ない。それに、あの砲撃が魔力による物だというのなら勝機はある気がする。


「トワ、あいつが攻撃してくるタイミングはわかるか?」

『お安い御用、なの』

「OK。いくぞ!」


 魔力で強化した脚力を使って一直線に駆ける。愚直な突進だが、相手も大柄で小回りは効かない。懐に潜り込んで低い姿勢から拳を突き上げる。かわそうと、おっさんは当然動く。そこに重ねて回し蹴りを放って足払い。


「甘ェよ!」

『来る、の』


 トワの合図。姿勢は崩したものの、海賊の銃口にふたたび魔力の光が灯る。


 ここだ!


「うぉおおおおおおおおお!」

「な、にぃ!?」


 その瞬間、こちらも今操れる魔力のありったけを右の拳に束ねて放つ。細かいコントロールなんてしないまま、相手の攻撃に対してただぶち込んだ。


 大爆発が起こり、俺も海賊も派手に吹き飛ばされる。あまりの威力に甲板には大穴が空いてしまった。海賊のおっさんは船のマストにめり込むほどぶっ飛び、気絶したようだ。


「はぁ、はぁ……。なんとかなったな」

『まったく。無茶する、の』

「さすがねマモル!」


 とんでもない疲労感だが、勝てたのは嬉しい。それに魔力の使い方も少しわかってきたのは収穫だ。


「せっかくだから、そのアーティファクトはもらっちゃったら?」

「うーん、人の物を奪うのは気が引けるが…。まあ、海賊から奪うのならセーフ、か…?」


 悪いなと心の中で謝って落ちていた銃剣を拾い上げる。見た目より軽いし、これなら楽に振り回せそうだ。いざという時の攻撃手段になりそうだし、ありがたくもらっておこう。


『マスター。不味い、の』

「どうしたトワ?」

『その船そろそろ沈む、の』

「え!?」


 気付けば、足元から何かが砕ける、もしくは引き裂けるような異音が鳴っている。トワの言うとおりらしい。慌ててカナの手を引いて、壊れ始めた海賊船から俺たちの客船へ飛び移った。


 振り返って見れば、あっという間に海賊船が沈んでいく。気絶させただけの海賊たちは……いや全員助けるなんてできないよな…。


「運が良ければ生き残るわ。海の男って、ホントしぶといもの」

「そ、そっか」

『! マスター。船の中に、海賊達のものとは違う生体反応がある、の』


 なんだって。脳内に届いたトワからの情報によって、海賊船下部の貨物庫あたりに確かに人の気配があることを知る。


 海賊に攫われた人間か? もしかすると同級生の誰かかもしれない…!


「悪い、ちょっと行ってくる!」

「マモル!?」


 沈みゆく船に素早く飛び乗る。甲板の穴から真下に飛び降りて貨物庫へ突入すると、積荷の陰に隠れて横たわる人影を見つけた。


 薄手だが質の良さそうな着物を着た少女だ。残念ながら同級生や地球の人間ではないけど、放ってはおけないよな。


 少女の体を担ぎ上げる。見た目より重い気がするが、動けないほどじゃない。だけどしまったな。どうやって外に出るか考えていなかった。


「くそ、もう水が足元に……」

『マモル、大丈夫!?』


 外からカナの声がする。この脳に直接語りかけてくる感じ、クラーケンモードか。


「外に出たいんだけど、そっちからどうにかならないか?」

『無理よ。こっちは海の中だもの……! そうだ、アーティファクトを使ってみたら?』


 そういえば、まだ手に持ったままだった。銃のような剣のような不思議な形をした武器を構えて、右手に魔力を生み出してアーティファクトに籠める。


 刀身に光の粒子が収束してエネルギーがチャージされていく。どれくらいの威力になるのか見当もつかないが、やるしかない!


「はぁッ!」


 煌々と輝く魔力の刃を全力で振り下ろす。向きは斜め上。結果、轟音とともに壁に穴を開けただけでなく、さらに刹那の間だが海中に通り道すら作りだした。


「予想外だけど……、今がチャンス!!」


 垣間見えた青空に向かって俺は無我夢中でジャンプして、手を伸ばす。


『さすがねマモル!』

「っ、ぷはぁっ。た、助かった。ありがとうカナ」

『にゃはは、どういたしまして!』


 伸ばした手をカナの触手に掴んでもらってなんとか脱出に成功、助け出した少女もろとも甲板に倒れ込む。なんとか生き延びたことにホッとしつつ、青空を見上げながら荒くなった息を整える俺だった。

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