第4話 船も進めば敵に出くわす

「待ちなさい、この変態女!!」

「誰、が。私は淑女、なの。生臭い怪物に言われたくない、の」

「はぁ……」


 俺以外のヤツも大体そうだと思うけど、朝は気持ちよく目覚めを迎えたいもんだよな? 間違っても大騒ぎする女子二人に叩き起こされるなんて御免だ。……まあ、それは叶わぬ願いなんだが。


 修学旅行からの帰りに乗っていた客船ごと異世界に迷い込んでから、二週間が経過。


 俺を助けてくれたクラーケンの姫カナと、自らを船の精霊だと名乗るトワ。この二人と行動を共にしているのだが、とことん馬が合わないらしく、喧嘩していない時を探す方が難しいほどの惨状だ。


「なんでもいいけど、人の部屋で喧嘩するなよな……」

「だってマモル! この女が!」

「口の悪い怪物、なの。私の中から出ていけ、なの」

「あー、はいはい。もう勝手にしてくれ…」


 付き合ってられねえよと、もう一度ベッドに潜り込んだ俺だったが。


「………ソナーに感、あり。来るの、マスター」

「え?」


 トワからの警告。直後船が激しく揺れる。


 ベッドから放り出された俺を見た目に似合わぬ怪力で掴んで止めたトワによって、そのまま甲板へとワープさせられる。


「いったい今度は何が起きたんだよ」

「言ったはず、なの。ソナーに感あり、と。つまり」

「襲われてるのよ、マモル! 反撃しなくちゃ!」


 遅れて上がってきたカナも珍しく険しい顔をしている。襲われてる、だって。くそ冗談じゃないぞこんな海のど真ん中で戦闘なんかになったらみんな無事じゃ済まないだろ!


「この船に武装……なんてないよな、ただの客船だし」

「残念ながら。でも、船足なら負けない、の」

「逃げるだけなら可能か……」

「戦わないのマモル?」


 無茶言うなよ。こちとらただの高校生だぞ。


「そもそも、どこから攻撃されたんだ?」

「えっとね。マモル、指で丸を作ってあっちの方角を覗き込んでみて」

「指で丸……、こうか?」


 カナに言われた通りにしてみると、なんとはるか遠くの景色が眼前に映し出された。どうなってんだこれ。まるで望遠鏡みたいだ。


「それもマモルのスキルよ。遠くを見ることができる “テレスコープ” ね!」


 マジかよ。こんな便利スキルがあるなら始めに言ってくれよ島の一つぐらい見逃してそうな気がしてきたんだが。


 “テレスコープ” で辺りを見渡すと、かなり距離はあるが海上からこちらへ向かってくる一隻の古めかしい大きな黒塗りの木造船を、視界にとらえた。


 薄煙を上げる左右横並びの砲門、突撃する事を前提とした鋭角な船首。広げられた帆には髑髏どくろのマーク…って、俗にいうジョリーロジャーじゃねえか。


「海賊船、なのか?」

「こっちに敵意剥き出しね。間違いないんじゃない?」


 えぇ…。異世界に来て戦うことを覚悟はしていたけれど、こんな急にその機会が訪れるなんて。元の世界ではちょっとした喧嘩なら経験はあるけど、さすがに海賊と戦うなんて無理だろ。こっちはたった三人だぞ。


 それに戦うことなんかになれば、カナやトワまで巻き込んでしまうし、それは避けたい。


 どうにかこちらに戦う意思はないと伝える方法がないものかと考え、船同士の合図といえば光信号があることを思い出した。


 トワにも手伝ってもらって装置を動かして、覚えていたいくつかの信号を送る。『遭難』とか『救助求む』とか。


 だが、返ってきた答えは何発もの砲撃。


「くそ、マジでこっちを沈める気かよ!?」

「どうするのマモル?戦わないと死んじゃうわよ」


 死ぬ、か。そんなこと急に言われても実感が湧かない。湧くはずがないけど。


「こんなところで死んでられるかよ。みんなを見つけて、絶対に元の世界に帰ってやるんだからな!」

「その意気、なの。反撃の時、なの。マスター、命令を」

「死ぬほど気に食わないけど、ヘンタイ女と同じ意見。戦いましょうよ、マモル!」


 二人に後押しされた俺は、覚悟を決めて大きく深呼吸した。仕方ない。


「けど、どうやって戦えばいいんだ」

「簡単よ。〈ノーティラス〉の力で、ぶっ飛ばしなさい!」

「そう、なの。マスターの能力なら、可能。この船に魔力を焚べて、私の機能を使う、の。“ファンクション・オン” と唱える、の」


 なるほど、やってみるか。


「“ファンクション・オン”!」


 右手の甲に錨の紋章が浮かび、魔力が溢れ出る。足元の船体に力が流れ込んで振動させた。それに呼応するかのように隣に立つトワの体がすぅと消えたかと思えば、船がいきなり動き出した。


『ふぅ。やってやる、の』

「トワの声? どこから……」

「あの子は船の精霊なんでしょ。なら、今は船と一体化してるんじゃないかしら」


 カナの言葉を裏付けるように、船が意思を持ったかのようにして前へ進み始めた。


 徐々に跳ね上がる船速に振り落とされないようにと踏ん張り、近づいてくる海賊船を改めて確認する。


 乗っている男たちは全員武装している。やけに気が立っているみたいだな……、かなり間の悪いタイミングで鉢合わせたみたいだ。


『五秒後、接敵』

「船と船がぶつかったら、乗り込むわよマモル」

「え!?」


 聞き返したとほぼ同時に衝突音、客船が海賊船の側面に激突した。大きく傾いた甲板を蹴って、俺の学ランの襟を掴んだカナが華麗に宙を舞った。

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