第2話 いわゆる異世界転移ってやつらしい
頭が、痛い。
いや体も痛い。なんなら喉も死ぬほど乾いて痛い。
ぺたりぺたりとぬめり気のあるナニカに頬を叩かれている感触。誰もいない島でナニカと孤独をわかちあった、古い古い思い出の中で得た感触……。
「………はっ!?」
勢いよく飛び起きるのと意識がハッキリするのはほぼ同時だった。
「俺は、なにを」
ふむ。記憶を整理しよう。確か修学旅行からの帰り道に豪華客船が嵐に見舞われて、変なカニとクラーケンに襲われて。その後変な光に呑み込まれた、ような気がする。
実際俺は今甲板に倒れていたし、ここは乗っていた船の上のはず。けれど嵐は過ぎ去ったのか、とても気持ちのいい晴れ渡った空と大海原が辺りには広がっている。
「そうだ…みんなは無事なのか?」
船にはクラスメイト達も乗っていた。彼らの安否も確認しようと、まだ軽く痺れている足を動かして船内の様子を見に行った。
エントランス、客室、食堂。全て見て回ったが、誰の姿もない。痕跡だけ残してみんなどこかに行ってしまったってのか。こんな海のど真ん中で? あり得ないだろ。
「そうだ。
ビンゴゲームをすると言っていたはず。アイツの無事を確かめようと、レクリエーションルームに急いだ。
だが痕跡を残して、そこにも誰一人として姿はない。壮大なドッキリでも仕掛けられている気分になってくる。
「輝もいなくなったって……。どうなってんだよッ!」
「よかった、目が覚めたのね!」
「え?」
誰ともなく苛立ちを叫び口にしてみるが、当然返事はないはずだった。
だがレクリエーションルームの奥、捨て置かれたルーレットをカラカラと手で回す人影がある。少女のようだけれど、着ているのは真紅のドレス。髪は白銀で、瞳は海のように深い青を
いや。バカか俺は。この状況で平然と微笑んでいるコイツがまともな人間のわけないだろ!
「あら、そんなことを言うなんてヒドイわよ。せっかく介抱してあげたのにー!」
「は? まだなにも…もしかして思考を…、って誰なんだよお前」
「誰だおまえとはご挨拶ね。でもアタシは寛大だから許してあげるし、名乗ってあげましょう。アタシはカナ、カナ=フィリアレギス! この海を支配する姫よ!」
海を支配するってことは、デカい国のお姫様とか? 船が遭難して流されて外国の海域にでも迷い込んでしまったとか…、そんなまさかな。
「むー。信じていないわね? ホントにアタシ、この海の姫なのだけど!」
「だから、どういう意味だよ」
「はぁ…。思ったより鈍いのねマモルは。論より証拠。見せてあげるから、甲板に来て」
なんで俺の名前を。名乗った覚えはないのに…。やはり思考を読まれているんじゃないか。
他にどうすることもできないので、しぶしぶ後をついていくと、カナは甲板で仁王立ちしていた。なにやってんだ。
というか、みんなが消える前に襲ってきた馬鹿でかいカニもまだいるじゃないか。なぜか微動だにしないが、いつ襲われるか不安しかない。
「さあ、とくと仰ぎ見なさいアタシを!」
「へ?」
自信満々に言い放ったカナの体が、いきなり眩しい白銀に輝いた。
普通の少女の体型がみるみるうちに膨れ上がり、すぐさま見上げるほどの巨体へと変わる。出現した瞬間、カニたちが蜘蛛の子を散らすように船から飛び降りていく。
やじりのように鋭く尖った三角形の頭部、光沢のある白銀の体躯そして蠢く十本の触手。間違いなくそれは、気を失う前に俺が遭遇した怪物だった。ということは、つまり。
「おまっ、あの…クラーケン!?!?」
『ようやく思い出したのね! 将来の伴侶のことを見分けられないなんて!』
今度は脳内に直接聞こえた声をはっきりと知覚できた。そうか、あの嵐の中で声を掛けてきたのもこのクラーケンだったのか。
「嘘だろ……。じゃあここは、異世界とかそういうヤツなのかよ」
『あら、そうよ? マモルと他の人間たちは、この世界の女神に選ばれたのね。あの光は神の転移門だったのだけれど、アタシがマモルを助け出したんだから!』
褒めて褒めてと言わんばかりのドヤ顔で言われても困るって。ということは、俺以外の生徒や他の人間は、その女神とやらに連れ去られたのか。
『だけど安心してマモル。アンタはこの海の王になるべき男よ。つまり、アタシの将来の伴侶なのだわ!』
いや待ってくれ。誰が、誰の伴侶だって?
『だから。マモルがアタシの、よ!』
「思考を読むな。てか、なんでだよ。初対面だろ俺達は」
『にゃはは、これは運命なのよ! 一目見た時からビビッと来たの!』
なんじゃそりゃ。クラーケンに一目惚れされるなんて我ながら面白すぎるだろ。
いや、この問題はいったん後回しだ。今はどこかに連れて行かれたという
『他の人間たちを探すの? なら、アタシもついて行くわ!』
「えー…。いいって別に」
いくらカナがクラーケンという怪物だろうと、会ったばかりのヤツに迷惑はかけられないしな。
「やっぱり優しいねマモルは……」
「なにか言ったか?」
「ううん。なにも! それで? どうやって探しに行くの?」
「あ」
しまったな、それは考えてなかった。右も左も分からない異世界なうえに、ここは海のど真ん中。どうしたもんか……。
「なんだ、それならこの船を使えばいいじゃない」
人間の姿に戻ったカナがこともなげに言う。
「いや、いくら船好きの俺でも実際に船の操縦なんてできるわけないだろ」
「あれ? 気がついていないの?」
ホントに鈍いなあと呟きながら、カナが急に近づき俺の手を握ってくる。いくらクラーケンだろうと見た目は美少女、思わずドキッとしてしまう。
息がかかるほどの近さで、カナが囁く。
「集中して、マモル。船の構造を意識して右手を前に…。“オペレート” と唱えてみて」
「お、おう。えっと…… “オペレート”」
口にした瞬間、構えた右手の甲に紋章らしきものが浮かび上がる。錨のマークだろうか、熱を持ったエネルギーの光が手元から船の甲板に流れ落ちていく。
流れ出した綺麗な光のラインが船を覆いきると、突然エンジンがかかる振動とともに客船が動き出す。停止していた船体が、僅かだが確実に息を吹き返していた。
「なんだこれ…!」
「今のはマモルの魔力。それと、この世界に来た時に海の女神から与えられたジョブクラスに備わったスキルよ」
「ジョブにスキルって、ゲームじゃねえんだから…。まあ、女神の加護ってところなのか?」
ファンタジー過ぎるが、特殊な能力ってのは少し憧れるところだ。
「そう! 〈ノーティラス〉、それがマモルのジョブクラスの名前よ」
「〈ノーティラス〉……」
ギリシャ語で船乗りだったか。そのまんまだけどある意味、俺にピッタリかもしれない。
まあ、そんなわけで。見も知らぬ異世界の海で、俺とカナの二人による奇妙な船旅が始まった。
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