滅亡ルート確定の悪役令嬢は生きる道を模索する!!~滅亡確定状態で転生したけど諦めない!!~

明山昇

1. 転生悪役令嬢は滅亡する

「クレア・シャフィーレ。お前との婚約は破棄する」

 貴族学校ドセ・ワコレールの集会場、その壇上にて、ワタクシの目の前に居る王子、容姿端麗の金髪美男子シグニ・スマニースが、ワタクシに対して宣言しました。

 どうして?

 なんで?

 疑問は幾つも浮かびます。ですがワタクシには分かっています。

 答えは簡単。ワタクシがゲームの世界の悪役令嬢が如き行動を繰り返していたからです。


 ワタクシはクレア・シャフィーレ。由緒正しいシャフィーレ家の令嬢です。自分で言うのもなんですが容姿に関しては自信がある方で、特に長い金髪の美しさには常に気を留めております。また体の方に関しましても、街中に居れば男共が良い意味で振り返るような美貌を有していると自負しております。

 さて、ゲームという単語を使用致しましたが、ワタクシがその単語を知っているのは、ワタクシが転生者であるためです。

 ワタクシが死んだ世界は所謂現代的な世界。転生前も女性でして、恋愛ゲームを携帯ゲーム機でプレイしていたところ、居眠り運転していたトラックに轢かれて死にました。転生者の極一般的な死に方と言えます。

 で。

 そうして転生しましたワタクシは驚きました。前世の記憶が残っていた上、ここは現代とはかけ離れた自然と魔物に溢れる剣と魔法の世界だったのですから。まさか生きて――いや死んでからですけれど――このような体験をすることになろうとは!!興奮と共にワタクシは、この異世界ライフを満喫するつもりでございました。

 幸いな事にワタクシの生まれたシャフィーレ家は名門中の名門。金にも食にも、将来の道筋にも困らない、大変幸福な人生が約束されていました。生まれながらにしてこの国の王子、シグニ・スマニースとの婚約が決定していたのですから。

 しかし、嗚呼しかし。

 ワタクシが転生した時、ワタクシは――ややこしい事に――よわいにして18を迎えておりました。まさかこの時点で既に詰んでいるとは思いも寄りませんでした。



 事情をご説明致します。ワタクシが転生した時点から巻き起こる、そう、悲劇を。

 ここからはワタクシの記憶。ややこしい話ですが、ワタクシがワタクシとして転生する前の、いわば『元のクレア・シャフィーレ』が辿った運命のお話です。

 勘違いしないで頂きたいのですが、ワタクシがやった事ではございませんので、その辺りはあしからず。


 ワタクシが転生する3年程前。元のワタクシとシグニ王子は15を迎える貴族が通う学校、ドセ・ワコレール校へ入学致しました。その時、シグニ王子はあの女と出会ってしまったのです。

 デボラ・シルベリア。お淑やかで綺麗で、それでいてちょっとお転婆なところがある、まさしくゲームの主人公のよう。赤茶けた髪と吸い込まれるような翠眼が魅力的です。

 ――無論元のワタクシが主人公ではないというわけではない、と思うのですが、それでも彼女の主人公力は凄かった。確かに元のワタクシ、完全にはシグニ王子の心を掴んでいたわけでは無いようでした。その隙を突かれ、あの女は人目でシグニ王子の心を奪ってしまったのです。

 それを切欠にして、元のワタクシは没落の一途を辿りました。

 事あるごとにシグニ王子はデボラと接触するようになり、元のワタクシには見向きもしてくれない。それを理由にデボラに……その、多少の、いたずらなどを仕掛けると、尽くシグニ王子に見透かされる。その度に元のワタクシは感じていたようです、彼の好感度がみるみるうちに下がっていくのを。

 挙げ句、これは昨日の事ですが、元のワタクシの知らぬ間に父母がこっそりと国家転覆を計画していたことが発覚。……嗚呼、改めて考えても何してくれてるんですのあの馬鹿二人。腹が立って仕方がございません。ワタクシは普通に今の財産を維持しつつ優雅な人生を送れれば良かったというのに、あの馬鹿二人ときたら、更なる権利拡大を図るべく、シグニ王子の両親を有りもしない疑惑で失脚させ、自らが王となる事を画策していたというのです。

 はっきり申し上げますが、ワタクシも元のワタクシも、あの二人に同情など欠片もしておりません。だってワタクシも元のワタクシも、そんなこと望んでいなかったのですから。逮捕され投獄され……明日には処刑されるでしょう。しかし、復讐も何も考えたりはしておりません。それだけははっきりと申し上げておきたい。

 しかし、元のワタクシがどう言ったところで、世間の見る目は異なります。元のワタクシに対する目は明らかに冷ややかなものとなりまして。シグニ王子のそれなんてもうゴミを見る目以外の何者でもございません。

 財産の殆どが没収されました。

 それでも元のワタクシは全く知らなかったので見逃されましたが、しかし未来が無いのはもう確定みたいなもの。

 せめて婚約だけは、と思っていましたが。

 ついにシグニ王子に見捨てられたのが、先程の言葉となります。



 という所で、ワタクシは『元のクレア・シャフィーレ』の代わりに転生致しました。

 つまり今までの経緯は全て今のワタクシがやったことではなく、ワタクシの脳裏に残る記憶を呼び起こした事項になります。

 そう、ワタクシ自身はそんな事やっていないのです。

 だからもう戸惑う事しか出来ません。出来ないのに、眼前のシグニ王子ときたら、ワタクシのこの心中などおもんばかるつもりは全く無いようでして、どんどん話を進めていってしまいます。


「デボラに対する数々の嫌がらせ。それは俺、シグニ・スマニースへの冒涜と同じ」

 もう完全にデボラを妃にする気満々です。

「そして先の貴様の両親の計略。俺には分かっている。全てお前が仕組んだ事だと」

 恋は人を盲目にするとは申しますが、いやここまで見事に節穴だとは思いませんでした。元々彼はノリに流されやすいタイプでなおかつ浮気性のようでしたので、あるいはこの機会を使ってワタクシと縁を切りたいという事なのかもしれませんが。

「よってクレア・シャフィーレ。貴様はこの神聖なる学び舎に相応しくない!!」

 貴方が仰いますの?それは校長とかのセリフでは?

「あ、あの」

 ワタクシは勇気を振り絞って口を開きました。

「ワタクシ……その、今生まれ変わりまして、状況があまり、その、呑み込めていないのですが、……これってつまり?」

 ワタクシの言葉を無視するように、シグニ王子は言い放ちました。

「貴様を追放刑とする!!」

 一方的な王子の宣言。しかし、異を唱えるものはおりません。

 元のワタクシ、どれだけヘイト買っていたんですの?


 シグニ王子の宣言に伴い、ワタクシは壇上から引きずり下ろされました。壇上に上がれと言ったのはシグニ王子だと言いますのに、先生達は無理矢理にワタクシの事を持ち上げてワッショイワッショイとばかりに運んで行きます。

「ああ止めて下さいまし!!きっとどうせこの後!!島流しか何かにされるんでしょう!?せめて裁判を!!裁判を受ける権利を行使致しますわ!!」

 ワタクシは叫びましたが誰も気に留めてくれません。そしてワタクシの記憶が訴えます。この国に裁判を受ける権利なんて無いのだと。知ってました。知ってましたけれど言わないとやってられないでしょう?



 追放刑をシグニ王子が宣告してから数分の内に、ワタクシはドセ・ワコレール校すぐ横の船着き場へと運ばれました。そこにはボロッボロのいかだが一隻。それにワタクシは降ろされました。

 いやはや極めてスムーズな展開。多分最初からシグニ王子はこうすると決めていたのでしょう。考え過ぎかもしれませんが、もしかすると父母の計略とやらも彼の差し金だったのかもしれません。

 ただ、ワタクシはもう何が起きたやら、ポカンと口を開けてただただ受け入れる他出来ません。

「では追放しよう」

 シグニ王子がそういうと、ワタクシの乗ったいかだは、先生方の魔法により海を掻き分けて走り出しました。シグニ王子は清々したといった表情を浮かべております。その横のデボラは少しだけ心配そうな顔をしていますが、どこか安堵したような表情で、シグニ王子と腕をぐっと組んでおります。


 海をボロ舟が行きます。オールで漕ぐようなボロッボロのいかだに、多少の食料だけが積まれた状態で、魔法によってズンドコズンドコ進んでまいります。

 数分しか経過しておりませんが、既にドセ・ワコレール校は遠くに見え、シグニ王子達の姿は見えなくなりました。早々に引っ込んだだけかもしれません。

「…………覚えてなさい!!」

 ワタクシはぷかぷかと浮かぶの上で叫びました。もうドセ・ワコレール校は随分と遠くに見えます。誰にもその声は届きません。しかし、届かないと分かっていても、叫ばざるにはいられません。悔しくて悔しくて、わけがわからなくて。

「いつか、いつか貴方達に復讐して、今度こそ生き残って……」

 生き残ってみせる、そう言いかけて。



 ワタクシを追放したドセ・ワコレール校の上に何かが浮かんでいるのが見えて、ワタクシ、口をあんぐりと開けてポカンとしてしまいました。

 それは、岩の塊でございました。すごく巨大なヤツ。前世でよく何処かの動画でイチ○ーとかが落としていた感じです。

 そう、初見の印象は間違っていたのです。

 浮いているんじゃない。落ちてきていたのです、隕石が。

 そして、落ちていく先はドセ・ワコレールだけではございませんでした。

 ワタクシの居た家。

 ワタクシの住んでいた街。

 ワタクシの住んでいた国。

 ワタクシの住んでいた大陸。

 多分その全てに向けて、巨大な――隕石の群れとしか形容出来ないものが向かっていっておりました。

「……へ?」

 ドォォォォォォォォォォォン!!

 遠く離れたこの海の上ですら聞こえる程の大きな落下音が轟きました。と同時に、薄っすらとではありますが、ドセ・ワコレールの校舎が潰れるのが見えました。

 勿論先の通り、ドセ・ワコレールだけではございません。

 ワタクシの居た家にドォォォォォォォォォォォン!!

 ワタクシの住んでいた街にドォォォォォォォォォォォン!!

 ワタクシの住んでいた国にドォォォォォォォォォォォン!!

 ワタクシの住んでいた大陸にドォォォォォォォォォォォン!!

 その全てが壊れていくのが、見えなくても分かりました。

 途轍も無い破壊です、当然風圧は凄まじく、遠く離れた大陸へと落ちたのに、ワタクシが乗っている筏がミシミシと揺れております。

 追放者の筏なんて適当に作るもの。ましてこんな、大陸全土が破壊されるような爆風が届いたら壊れるのも必然です。

「あ、ちょっ、待って下さいまし待って下さいまし」

 壊れないで、そのままでいて、そんなワタクシの切なる願いは盛大に無視をくらい、ワタクシ、クレア・シャフィーレは、大陸の跡から押し寄せる波に呑まれて海の中へと消えていきました。



 そう。

 この話は、この”世界”滅亡ルートから始まるのです。

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