泣き寝入りしなかった女

闇夜の住人

泣き寝入りしなかった女

 高校三年の夏。二年間付き合っていた彼氏と別れた。原因は私。彼は口数は少なかったけど優しかった。そんな彼を傷つけたくなかった。私には優しい彼と一緒にいる資格はない。だから、別れた。

 私を穢した奴らへの復讐の為に私は全てを捨てた。大好きな彼との別れ。自分の将来。平穏な日々。

 これ以上穢れる事はない。傷ついても何も感じない。必ず償わせてやる。






 高校二年の三学期から同じバイトの大学生の先輩が帰りに送ってくれたり、進路や恋愛について相談に乗ってくれるようになった。先輩は誰にでも優しかったし信頼されていた。



 春休みに入る頃には一緒に遊びに行ったりもした。彼は部活。私はバイトで遊ぶ日がなかなか合わなかったが、先輩はシフトを合わせて時間を作ってくれた。言い訳に聞こえるかもしれないが私は浮気をしているつもりは全くなかった。進路や将来の話をする。その延長。あるいは年上の友人感覚だったのだ。



 高校三年の一学期。ようやく学校で彼と会える。進路や勉強で忙しかったけど彼は時間のある時は傍にいてくれた。とても穏やかで大好きな時間だ。

 そろそろバイトも辞める事を考えていた。送ってくれる先輩に何時くらいに辞めようか相談すると可能な限りはいて欲しいと言われた。嫌になって辞めたい訳では無いので夏までは続けると伝えた。


 

 夏になった。彼は最後の大会だと頑張って練習に励む毎日。ひたむきに打ち込む姿はカッコイイと思う。バイトの無い日は彼の練習を時間も忘れて見学していた。


 ある日、勉強に専念するからそろそろ辞めるつもりだと先輩に話した。先輩は最後に送別会をしてあげると言って他のバイト仲間の人達とカラオケに連れて行ってくれた。

 カラオケで歌っているとだんだん眠くなってきた。私が眠くなってきたので帰ると伝えると君の為の送別会なんだからもう少し頑張って欲しいと言われた。途中から記憶が無い。


 気付いたらベッドで寝ていた。体中痛い。何も着ていなかった。肌には何かが大量に付着している。先輩とバイト仲間達が見た事がない表情をして笑っていた。


 この動画を秘密にしたかったら言うことを聞け


 日常が崩壊した。優しい先輩。一緒に働いて冗談を言い合う同級生のバイト仲間。彼等は私の中から消えた。今は憎しみしか無い。


 家に帰った後も私はしばらく放心していた。思い出すのは歪んだ表情の奴らと吐き気を催す臭いの記憶。忘れる事ができない。あれは現実だったのだと嫌でも認識させられる。メールが届いた。


 次の日曜日空けておけ


 文章と共に吐き気を催す動画が送られてくる。逃がさないという事らしい。私は泣いた。声を上げて思いっきり泣いた。こんな事が知られたらどうなるだろう。両親はどう思う?友達は?そして…彼は…?

 彼ならどうするだろう。自分が傷ついても寄り添ってくれる気がする。穢れた私でも包み込んでくれる気がする。

 でも…私がそれを許せない。

 彼が私の為に傷つくのは許せない。

 奴らなんかに傷つけられるなんて許せない。

 私は復讐を決めた。


 まずは強姦罪と脅迫罪について調べる。奴らの行いは両方に該当するはずだ。

 更に調べる。本人の証言は直接証拠となってある程度の効力があるらしい。動画や録音も有効とある。つまり…奴らは自爆していた。自ら私に証拠を渡したのだ。私はその日のうちに両親に動画を見せて被害届を出した。すぐに病院にいって妊娠しないように処置してもらった。


 翌日、彼と恋人としての最後の日になった。私は彼に事情を話さずに別れを告げた。奴らの中には同級生もいた。噂は広がるだろう。広がらなかったら私が広げてやるつもりだ。私から全てを奪った奴らに情けをかけるつもりはない。

 彼は納得できない。理由を話してくれと言ってきた。私は私が最低な女だからと彼に伝えてその場を去った。その日の晩、彼からの文章に返信せずにブロックした。泣かないつもりだったけど…どうしても涙を止められなかった。

 

 それから学校に行けなくなった。両親から落ち着くまで家にいなさいと言われたからだ。奴からは脅迫めいた文章が大量に届いた。それも新しい罪や証拠になるかもと思って両親に渡した。


 奴らが捕まったらしい。調べてみたら大学生の奴は他にも同じような事をしていたらしくいろいろ証拠が出てきたそうだ。

 同級生の奴らは退学になっていた。執行猶予らしいが共犯で何件か疑いがあるらしいので逮捕されるかもしれない。

 私も退学になりかけたらしいが両親が被害者が罰せられるのは筋が通らない。無理やり退学させるつもりなら法廷で争うと徹底抗戦してくれたらしい。在学中の転校と学校から退学では扱いが全く異なるそうだ。

 私は両親に言われて転校する事となった。あの高校ではどうなっているだろう。彼も何か知ってしまったら私の事を軽蔑するのだろうか。





 それからしばらくして私は今は大学生になっていた。地元から離れたので私の事を知る者はいないだろう。人付き合いが怖くなったので友人もいないし、サークルにも入っていない。ただ、変わり映えの無い毎日を過ごしている。

 アパートに帰るとアパートの前に誰かが立っていた。

 

 彼だった


 私が状況を理解できずに立ち尽くしていると彼が近づいてきて一言


 話がしたい


 あの頃の優しい顔で言われたら我慢できなかった。押し殺していた感情や記憶がゴチャゴチャになる。その場で彼の胸で泣いてしまった。


 落ち着いた私は彼を部屋に招いた。殺風景な部屋。最低限の物しか置いていない。


 まだ持っててくれたんだ


 棚に飾ってあった彼から貰ったシンプルなシルバーのペンダント。どうしても最低限の荷物から外せなかった。


 事情は叔父さん達から聞いた


 父さん達に聞いて事情を知っていると言う。事情を知ったからこそ会わせて欲しいと頼み込んだと。貴方を傷つけたくなかった。忘れて欲しかった。幸せになって欲しかった。


 君が傷ついてる時に支えてあげられなかったのが悔しい。忘れる事なんかできない。また傍にいさせて欲しい。


 喧嘩するように感情をぶつけ合った。穢れた私には夢見た幸せな未来はもう手に入らない。貴方といるとまた夢を見てしまう。優しくしないで欲しい。


 君は変わらない。穢れてなんていない。幸せになっていい。俺が幸せにしてみせる。


 口数の少なかった彼の本音。ずっと欠けていた何かが、求めていた欠片が目の前にある。私は彼を受け入れてしまった。離れられなくなるから逃げたのに…もう諦めるしかなかった。





 彼は離れた大学に通っていた。それでも頻繁に会いにきてくれて私を癒してくれた。彼と一緒の大学に行く夢は叶わなかったが、一生彼と共にあるという夢が叶える事ができた。

 復讐を果たしたあの頃は全てを諦めていた。今は彼のおかげで穏やかな幸せに包まれている。



 大学生だった奴はまだ服役中らしい。捕まった当初でも10年を切ることは無いと言われていた。

 同級生だった奴らは出所したらしいが、高校中退と前科があるせいで就職も難しいと聞いた。

 バイトをしていた頃から既に犯罪行為をしていたと思うとゾッとする。私が襲われたあの日までそんな事は思いもしなかった。

 擬態…とでも言うのだろうか。裏では犯罪行為をしつつ日常を送っていた奴らの精神構造はどうなっているのだろう。理解したくはないけれど。

 

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