第1話 思いがけない出会い 朱里

 私は恋をしてしまった。相手は二つ年上の女性。瑞葉みずはは自分自身その気持ちにどう接したらいいかわからなかった。今日も大学に向かう演劇部に所属する彼女は午後から練習があった。いつもと変わらないキャンパス。稽古場けいこばになっている教室に向かう。二、三人の部員が来ていた。

「瑞葉、おはよう」

「おはようございます。」

こういう世界は昼でも夜でも最初に会ったときの挨拶は「おはようございます」である。

 二年生の先輩、七瀬朱里ななせあかりが声を掛けてくれた。演劇部員の男子、女子を問わず二年生女子の中で一番人気のある先輩だ。長いストレートロングの髪が印象的だが、どこかボーイッシュな感じが漂う『カッコいい系』の女子だ。


 昨日のことを気に掛けてくれているようでやさしく接してくれる。周りに気を遣って二人だけで話してくれる。

「昨日は大丈夫だった?」

少し恥ずかしかったがうなずく瑞葉。

「そう、よかった」

朱里あかりうなずきながら微笑む。


「そっちの方に目覚めちゃったら、どうしようかと思って……」

さりげなく言う朱里あかりの言葉にドキッとした。自分でも顔が赤くなってくるのがわかった。

朱里あかりに顔を見られたくなかった。うつむく瑞葉に、朱里あかりが小さな声で言う。

「もし、そういうことで悩むことがあったら、いつでも相談してね」

「え?」

と顔を上げる瑞葉。

少し首をかしげるようにして微笑む朱里あかり

「たぶん、私、相談に乗ってあげられると思うから」

目を丸くする瑞葉。

人差し指を口の前にして『秘密』というような仕草をする朱里あかり

 美人で部員内でも人気の先輩から思わぬカミングアウトをされ驚きとともに、昨日からの緊張や悩みから少し解放された気がした。


「私の連絡先知ってるよね」

「あ、部員の人の連絡網はもらってます」

「そうよね。いつでも連絡してくれていいからね。そうだせっかくだから、交換、交換」

といって電話番号とLINEを交換してくれた。

「あ、心配しないで、いつでも連絡してくれていいけど、私の方から鬼電したりしないから。私、どっちかというと、『ぼっち』大好きだから」

そういう彼女は、瑞葉から見ても、確かに周りとたわむれず、稽古場のなかでも、いつも一人でいるような印象があった。

 稽古場に人が増えてきた。

「じゃあね」

と言って去って行く朱里あかり


瑞葉の周りには一年生女子が集まって来た。

「昨日大丈夫だった?」

などと、皆それぞれに心配してくれた。

 しかし、そんな皆の言葉より、昨日から、ずっと悶々もんもんとしていた気持ちを朱里あかりが取り去ってくれたような気がした。

 そんな朱里あかりは、いつものように一人窓際で外を眺めている。同級生の二年生たちも次々と来ては集まって談笑しているが、朱里あかりに対しては挨拶ぐらいで通り過ぎて行く。

 朱里あかりを『好き』、『綺麗』という一年男子、二年男子はかなり多いようだった。『彼女のことを好き』とか『彼女と付き合ってほしい』と周りでいう声はよく聞くが、彼女と誰かが話をしているところは、あまり見たことがなかった。


 そんな朱里あかりを遠くから見る瑞葉。今まで話かけづらい、自分など相手にしてくれない先輩と思い込んでいた朱里あかりが、急に親しみを感じる大好きな先輩になった。

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