訪問

「――ここ、かな?」


 同僚と喫茶店で話した、1か月後。


 「とりあえず面接受けてみるだけでもいいからさぁ!」と同僚に猛プッシュされ、遂に根負けする形でここを受けることにした。


 ――結局、同僚あいつに丸め込まれちゃったな。


 そう思いつつ、彼女に渡された手書きの地図を片手に駅から歩くこと20分。果たして私は、地図に記されている住所の建物までたどり着いたんだけど――


「――ここ、ではない……かなぁ……?」


 苦笑交じりに呟いて、私は眼前の建物を見上げる。


 建物――同僚の話では「事務所」もしくは「オフィス」らしいそれは、だけどどう見ても一戸建ての民家以外の何物でもなく。

 更に補足して言うと、薄いベージュの塗料で塗装された玄関の壁には、堂々と「望月」と書かれた表札が取り付けられていた。


 腕に巻き付けた時計を確認してみると、ちょうど面接時間の十五分前を打っているのが見えた。ここが目的の会社なら、最高のタイムマネジメントだと自分を褒めてあげたいところなんだけど。

 

 とはいっても、決心をつけずにここ玄関で足踏みしていたらすぐに過ぎてしまうくらいの時間だ。同僚あのアホを信じてここの扉を叩くなら、あまり猶予はない絶妙な時間――


 ――どーしよっかな……


 ――……


 ――――――、うーん……


「――まぁ、いっかぁ」


 そも、ダメでもともとどころか社会的にダメなの反社会的勢力でもともとの覚悟で来たんだ。別に民家だったとしてもそんなに焦るようなことでもないし、まぁ。


 ――行くかぁ。


 左手に応募書類を握りしめ、民家会社のチャイムに指をかける。採用面接は経験済みだし、新卒で入った前の会社ほど熱意もないけど、とはいえ生活が変わる可能性を秘めた面接っていうのはやっぱり緊張するもので、心臓の鼓動を打つペースが少し早くなった。

 そんな自分を誤魔化すように、口元にうっすら笑みを作る。「緊張したり不安になったとき、自分を落ち着けるために」――小さいころ、お母さんが教えてくれたルーティンだ。

 

 ――意を決して、チャイムを押す。ピンポ~ンと、やはり生活感に富んだチャイムの音色が響いて、少しすると中からドタバタという慌てたような足音と、なぜだか男女1組の素っ頓狂な声が聞こえてきた。……やっぱり民家だったのかな、と改めて思った。


 ――それから少しして……扉が、開く。


「――や、どうも」


「――……」


 扉の奥に立っていたのは、ラフな格好の二人の男女。男の方はひどく疲れた顔で扉を開けており、女――少女の方は、不安げな顔で男の陰に隠れていた。


 二人は、私が想像していた悪そうな感じの人でも、また普通の善良な人というわけでもなさそうだった。


 一人は、二十代の中ほどに見受けられる長身の男。よれた部屋着を着ており、整った顔立ちで浮かべる軽薄そうな笑みと男性には珍しいほど長い黒髪、そして死んだ魚のような濁った半目が、今までに感じたことがない独特な存在感を放っていた。

 背中の半ばあたりまで伸ばしっぱなしにされている黒髪は――恐らく殆ど手入れされていないのだろう――枝毛だらけで、せっかく大きい両目も、そのすぐ下にある濃いがその魅力を帳消しにしていて――。結果として彼のせっかく整っている顔立ちは、「爽やか」というよりは「不健康」というイメージの方が先行する残念イケメンという印象が強かった。


 彼の独特な雰囲気も相まって、彼の存在は私の目を非常によく引くものだった。――けど、その彼の背後には、それよりも更に私の目を奪うものがあった。


 それは、彼の背後に隠れながら上目遣いで怯えたような視線を向けてくる少女――その容姿だった。


 白金プラチナを溶かして流したような、銀色交じりの白髪。男とは対照的なそれを腰の辺りまで伸ばした――というよりは、ほったらかしにしているような印象を受けたけど――10歳前後に見える女の子。――おそらく白人系の混血ハーフなのだろう――海外の血を感じさせる彼女の顔立ちは、先の残念イケメンとはまた別ベクトルで整っていて、を両立した絶妙なバランスを保っていた。


 どことなく現実味の薄いその彼女、でも私が注目する理由、そことは別にあった。

 

 眠そうな半目で、上目がちにこちらを見る彼女の、綺麗なの目。2つのそれは、彼女持ち主の美貌も相まって見た者に宝石的な魅力を感じさせ――ガラスケースに展示されている綺麗な蒼玉サファイアを無意識に横目で追ってしまうのと同じように、私の視線は至極当然に彼女の両目へと吸い込まれていった。


 彼女もこちらを見ているわけだから当然だけど、私と彼女の視線が交錯する。営業担当の習性から、半ば反射的に笑顔を浮かべた私に、「……っ!」と一層怯えたような表情を見せて彼女は完全に男の人の陰に隠れてしまった。


 そんな少女の様子を苦笑しつつ見て、男。


「おっと……悪いね、妹が。ちょっとコミュ障なもんで、さ」


 そう言って、彼の背後で怯える少女――『妹』と、男がそう呼んだその子――の頭を、それと同じくらい大きな手のひらでぐりぐりと撫でる。


 その動作はそれなりに乱暴な手つきであるように見えたけど、それでも――いやと言うべきか――この少女にとっては安心できる手つきなのだろう。そのことは、彼がたった数回撫でただけで、雪解けを思わせる速度で強張った頬を綻ばせる彼女の様子から容易に見て取れた。


「……♪」


から聞いたろ? この人は信用できる人だから――って、まぁ難しいか……」

 

「……ん……♪」


「……ははっ」


 打って変わって幸せそうな表情の少女と、彼女を撫でながら照れたように笑う男。


 少し経ち――きっと、私の存在を思い出しんだと思う――一瞬こちらを見て、照れ隠しにしか見えない咳払いと共に緩んだ顔を引き締め、男。

 

「――あー……えっと、枯野かれのさん……で良いんだよ、ね?」


「あ、はい。私がそうです――ふふっ」

 

「……から話は聞いてるよ。面接やるから、入って」

 

 微笑ましくて、私がつい笑ってしまったからだろうか。歯切れの悪いものを感じられる返事を残すと彼は、私からぷいっと顔を背けると、妹を連れてずんずんと家の奥へ入っていってしまった。

 



 


 

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