第九十六話 無為混沌の結社
それは世に混沌を及ぼすべく結成された秘密結社。
特定の国家に属さず、人々の陰に隠れ闇に潜み、注目を受けずして根を生やすように国々の中枢に信者を増やす。
さながら人体に
モーリッツ・アバチア、エリメス・ロコロフィ、
その中でもモーリッツはヴァニタスが指摘したように、素質ある者に接触し言葉巧みに勧誘、彼らの仲間へと取り入れる役割を持った者だった。
だが結社の名前を言い当てたヴァニタスだが、実際問題彼は
さらに言えば彼ら三人の有する先天属性の詳細も、邪竜を復活させた思惑も、
では本来の
そもそも学園に通うヴァニタスがこのタイミングで封印の森を訪れることなどあり得るはずがない。
まして
そう、
押し寄せる魔物こそ倒し尽くし被害を最小限に抑えることに成功しても、その後に悪意を持って襲撃してきた邪竜とモーリッツたち三人の猛威までは乗り越えられなかった。
砦の騎士たちを全滅させ首尾よく試運転を終えた邪竜は、その後帝国から身を隠し、帝国近辺にあるとある小国を滅ぼすことになる。
そうして月食竜エクリプスドラゴンは
ヴァニタスの記憶は虫食いだ。
欠落は多く使い物にならない。
本人は思い出せないことを悩んでも仕方ないことと割り切りつつ、その理由にある程度見当はつけているが確信には至っていない。
だがそれが、記憶の欠落がいまこの時、ヴァニタスに転生せし名もなき彼に何の関係があろうか。
だから関係ない。
グラニフ砦を半壊させ、騎士たちの多くを殺す原因を作り、マッケルンを
彼の大切な存在たち、ヒルデガルドとラゼリアを悲しませる彼らを。
たとえ相手が明らかに強大な敵だったとしても、
彼の思考を埋め尽くすのはだだ気に入らないヤツらをぶちのめす、それだけだった。
クソがっ!
内心毒づいていた。
ヴァニタスとかいう餓鬼の両手を重ねる奇妙な動作の後、唐突に吹き荒れる激しい衝撃波。
百足たちによって咄嗟に守りを固めたものの、オレは宙を舞うようにして吹き飛ばされていた。
何だ……アイツ、ただの貴族の餓鬼なはずだろ?
喜び勇んでここにきただけの救世主気取りの勘違い野郎だろ?
確かに騎士を襲う魔物を殺した魔法は中々の威力だった。
だが所詮貴族のお遊び。
多少優れた魔法であってもあの程度ならオレの
それがこんな広範囲に影響を及ぼす魔法を放つだと?
ダメージは少ない。
だが内心の驚きはそれを上回っていた。
……まだだ、まだ大した問題じゃない。
簡単に立て直せる。
それにいくら衝撃波が凄まじくともエクリプスドラゴンには効いていない。
なにせこの巨体だ。
体重も規格外のエクリプスドラゴンなら足が少し浮く程度。
元いた位置から多少後退させられたから何だってんだ。
封印から解放されたこいつが弱っていたことを差し引いても、この程度でどうにかなるほど古の邪竜は伊達じゃない。
……伊達じゃないはずだ。
それにヤツがこれだけの大魔法を使ったということはもう魔力切れになっていても――――。
「
「――――はぁ? あの野郎、またっ!?」
「――――
再度の衝撃に体が軋む。
間髪入れずに連射する、だと?
この規模の魔法を?
あり得ねぇ。
「グガアアァッ!?」
オイ、エクリプスドラゴン!
お前古の封印されし邪竜だろうが!
もう少し踏ん張りやがれ!
「
「っ!? そう何度も好きにはさせないってば! ――――
「……む」
エリメスの先天属性『虹帯』による魔法。
輪に形成された七色の虹が棒立ちだった餓鬼に飛んでいく。
エリメスは小生意気で結社の命令も禄に聞かないような小娘だが、光魔法の派生属性を先天属性に持つだけあって、オレたちの中で一番速度の早い魔法を扱う。
しかし……。
「
「な、に?」
「え、ウソ! なんであたしの魔法が!?」
弾いた……だと?
「私も忘れてしまっては困るぞ!
不意をつく槍の投擲。
皇女め、オレを狙ってやがる。
白い骨の槍が百足たちの身を削り頬を掠める。
「チッ」
これが噂の竜骨の魔法。
骨故に硬度に優れ、並の魔法など物ともしないという“暴竜皇女”の由縁の一つ。
「――――
「厶、身代わりか。
再び投擲された槍をその身で防いだのは
ヴァニタスの衝撃波の魔法をその身で受け止めた巨体の案山子とはまた異なる、粗末な剣を携え簡易な鎧を着込んだ案山子。
「良くやった、
「ガアッ!!!!」
首輪を介したエクリプスドラゴンへの命令。
地面を抉り、地形すら変える前足での薙ぎ払い。
轟音が辺り一帯を包む。
クソっ、アイツら撤退が早え。
あっという間に引きやがった。
そして何事もなかったかのように崩れかけた地面を走り突撃してくる。
何だコイツら……怖くねぇのか?
エクリプスドラゴンだぞ。
いまの恐ろしい威力を見ただろうが。
ただ前足を動かしただけで地が割れ、森の木々が棒のように薙ぎ倒された。
目の前の景色が一変したんだぞ。
それに俺だって初めて封印から解放されたこいつを見た瞬間戦いたくないと本能的に察した。
それなのに――――。
「
「
「これならどうだ!
「
笑って……いやがる。
このエクリプスドラゴン相手に何でもないように笑いながら挑んでくる。
オレはその姿が信じられなかった。
思わず攻撃の手を止め問い質す。
問い詰めざる得なかった。
「……お前らおかしいんじゃねぇか?」
「ん? これは不思議なことを言うヤツだ。お前がこれを始めたんだろ?」
「ああ、モーリッツ、お前がこんなことを仕出かしたんだ。砦を襲い僕たちと敵対した。こんな大それたことをして……楯突く者が現れる事ぐらい考えただろう?」
「…………お前らみたいな狂人のことなんて想定してねぇよ」
何処で歯車が狂ったんだ?
邪竜、エクリプスドラゴンの封印を解くまでは順調だった。
砦を襲撃しあと一歩まで追い込んだ。
騎士たちを全滅させ目撃者を消し帰るだけ。
それで終わりだったんだ。
それなのに何なんだコイツらは!?
皇女はいい。
あの女の飛び抜けっぷりは噂で知っている。
だが、ヴァニタス!
オレたちの組織の名前を知っていることといい。
あれだけ苛烈に魔法を連発して魔力切れを起こす気配すらないことといい。
エクリプスドラゴン相手に一瞬も目を逸らさないことといい。
アイツは、アイツはただの貴族の餓鬼なんかじゃない!
もっと別のナニカだ!
……危険過ぎる。
アイツだけはここで仕留めないと。
「……
「んん? 何その弱〜い魔法。
「っ!?」
「何なの? あんた奴隷のくせにもしかしてあたしに歯向かって来る訳ぇ? しかも泥使いとか……キタなっ。どうせ使うならあたしのような綺麗で美しい魔法を使いなさいよ。
騒がしさにエリメスへと視線を移せば、丁度オレたちとは離れたところでヴァニタスの奴隷と戦闘を繰り広げているところだった。
……どうやらあの奴隷の女までは
そうそういてたまるかって話だが、明らかにこっちの二人よりは実力が下だし、エクリプスドラゴン相手にビビっていやがる。
一動作の動きが鈍く、時々こっちに視線が飛んでくるのがわかる。
「……エリメス!」
「何? あたし、いまこの小汚い泥んこ娘にあたしの魔法の美しさを教えてるとこなんだけど」
「ああ、お前はそのままその奴隷を相手しろ!
「…………」
「皇女をやれ」
相変わらず表情も感情も大してわからないままの
これでいい。
後は――――。
「では僕の相手はお前たちという訳か……」
「……ああ、皇女は後回しだ。ヴァニタス、まずはお前を殺す」
クソ、少しは目を逸らしやがれ。
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