第九十三話 騎士たちの挽歌


 俺の名は――――。

 

 まあ……名前なんてどうでもいいか。


 グラニフ砦に所属するしがない騎士の一人。

 そろそろ体に昔ほどのキレもなくなってきた草臥くたびれた三十過ぎの男。


 騎士になった理由?

 なんとなくだ。

 子供の頃の夢だったようなそうでもないような。


 当然同じ戦闘を生業なりわいとする者としては冒険者になるという選択肢もあった。

 俺は自慢じゃないが剣の腕だけはそこそこで、故郷の街じゃ負け知らずだったからな。


 実際その時すでに幼馴染みは冒険者として活躍していたし、スカウトのお呼びもかかった。

 故郷では近所の顔見知りから果ては噂を聞きつけてきた冒険者パーティまで引く手数多だった。


 しかし、俺にはどうにも冒険者というのが性に合わなかった。


 何をするのも、何処に行こうとも自由って言われてもな。

 俺には一箇所にとどまってそこに根を張るようにして生活し働くのが合っている。


 それに自分で考えて動くより他人に指示を貰った方が楽だしな。

 集団の中での生活も……まあ嫌ってほどじゃない。

 幸い他人に合わせるぐらいの社交性は持ち合わせている。


 規律が厳しい?

 それこそ問題ない。

 俺は自分から決められたルールを破ることはないし、これまでだって他人に後ろ指をさされるようなことをした覚えは一度もない。


 騎士は性に合ってる。

 ただそれだけの理由で俺は騎士になった。


 他の帝国万歳な熱血気味の騎士たちと違い、俺は動機からして不純だ。

 だがこんなのでも長年このグラニフ砦で騎士として務めてきたからか、いつの間にか小隊を束ねる隊長に推薦されていた。


 ……柄でもねぇのにまったく。


 隊長といえば聞こえはいいが、部下を持つってのは苦労も多い。

 あいつら、特に若い最近の連中は、隊長の俺相手でもしょっちゅう悪態あくたいをつくし、戦闘ではいいとしても普段は言うことを聞く気配はまるでない。


 まあでもあいつらの気持ちもわからないでもない。

 ここは帝国領でも辺鄙へんぴな場所だ。

 

 皇帝直轄領にしては整備が進んでいないし、重要な設備は皇族専用の秘湯ぐらいで、近隣には街はあっても帝都のようなデカい都市はない。

 修練と療養の地といえば耳障りはいいが、訪れる皇族の方々の数は少なく、彼らは元々近衛の騎士を連れている。

 俺たち砦に配属された騎士に出番はない。


 かといって戦う相手も森から迷い出た魔物か、極たまに森に侵入する不届き者を捕らえることがあるぐらい。

 それだって年に数回あるかないか。

 グラニフ砦でもトップの実力者ともなれば深層の調査にも駆り出されるだろうが、そんなお声はそうそう掛かりはしない。


 せっかく騎士になったのに配属先がここと知り、左遷させんされたと思って胸の内に憤りを覚えても可笑しくない。


 俺なら別に気にしないがな。

 何処だって別にやる仕事には大差ないし、寧ろすべきことがシンプルな分気が楽だ。


 まあ、だからといって納得は出来ないのだろう。

 頭ごなしに叱りつけてもあいつらは理路整然りろせいぜんと反論してくる。


 にしても若い奴らってのはみんなああなのかね?

 世代が違うっていうのか、口を開けばやれ『ダルい』だの『効率が悪い』だの、鬱陶うっとおしいったらありゃしない。


 ……まったく。

 そのくせ能力だけは高いのがまた微妙に腹が立つ。


 与えられた仕事をこっちの予想以上に終わらせたかと思ったら、勝手に休憩なんかしていやがって。

 見つかったら怒られるのは俺なんだぞ。


 そう、若い年の離れた部下たちの態度に腹を立て、また諦めたり、呆れたりしてどう対応するか四苦八苦しくはっくする日々。


 今日も変わらない日のはずだった。


 なんでもない日常の内の一つ。

 

 だが……今日俺は、俺たちは死地にいた。


「待てっ! そっちに行くな! サイモン! やめ――――」


 声を張り上げる。

 届かないとわかっていながら。


「ああああっ!!!」

「サイモン! サイモン! オイ! クソっ! あのヤロウ!」

「ああ、足がっ!」

「た、隊長! こんな大量の魔物倒しきれる訳ねぇよ! 次から次へと魔物が――――」


 俺の隊で一番若い猫獣人のバーツが焦った顔で報告してくる。

 普段は生意気で俺の顔を見れば憎まれ口を叩くような若く勝ちきな男が、我を失ったかのように焦っていた。

 それだけ深刻な事態だった。


 だが。


「わかってる! だけどなぁ、あそこで苦しんでるサイモンを放っておく訳にいかねぇだろうが!」


 俺は剣を片手に遮二無二しゃにむにに突進した。


 苦しげにうめき声をあげるサイモンを押さえ付けるようにして組み伏せたブラックガルム。

 直ぐ側には二体のブラックガルムが周囲を威嚇している。


 普段は群れることなどないはずのこいつらが集団で襲いかかってきていた。

 異常事態。

 だがいまは――――そんなことは関係ない!

 俺の部下からその汚え足を退かせってんだよ!


「――――ッ」


 一閃。

 手に柔らかく握った剣でサイモンを押さえるブラックガルム、その前足を切り裂く。

 軽い傷、だがそれでいい。


「ガァッ!?」

「フッ」


 二閃。

 鋭い痛みがあるだろうにそれを無視して噛み付いてこようとした犬っころ。

 俺は身を屈ませて回避すると下から切り上げた剣で喉元をさばく。


 後は一気に決める。

 仲間がいきなり殺られて動揺する二体のブラックガルム。

 それでも俺という脅威に本能的に鋭い爪を振り下ろす。


「――――ハッ」


 俺は魔力で強化した身体能力で爪を切り裂き肉を断つ。

 ついでとばかりにそれぞれの懐に潜り込んで首を落とした。


 これで終い、それにしても……クッソ、やっぱ衰えたな。

 昔は本気で戦えば一刀のもとに斬り伏せてた相手に二回も必要になるとは。


「バーツ!」

「え?」


 お前……何目を見開いて驚いてんだ。

 なんとか次の魔物が来る前に少しは救出する時間が出来たんだぞ。

 固まってないで早く来い。


「お前、ヤンと協力して怪我をしたサイモンを医務室に連れて行け!」

「え……隊、長……でもまだ魔物が……」

「ここはいいから連れて行けっていってんだ! 早くしろ!」

「っ!? は、はい! た、隊長……」

「……なんだ? まだ用があるのか?」

「あ、ありがとうございました。オレ隊長がこんなに強いなんて――――」

「あー、だから余計なことはいいから早く行け! ったく、サイモンに恨まれるぞ。……ほらっ行け」

「はい!!」


 クソっ。


 初めはまだマシだった。


 封印の森の魔物は強力だ。

 しかし、表層の魔物相手なら俺たちだって多少は戦い慣れてる。

 持ち堪えることは出来る、はずだった。


 しかし、段々とそれも様子が異なってきた。


 波だ。

 表層の魔物に紛れて深層の魔物がちらほらと顔を出し、やがてそれらはごちゃまぜになって魔物たちが波のようにグラニフ砦に押し寄せていた。


 森から砦までは見通しがよくなるように森の木々は伐採され、背の低い植物の生えた平原となっている。

 砦の周りには深い堀が掘られ魔物の行く手を阻み、城壁の上には対デカブツ用のバリスタもある。

 だがそれでも追いつかない。


 討伐より殺到する魔物の数の方が圧倒的に上だった。


 そこかしこで同僚たる騎士たちの怒声が響く。


「ギガントボアだ! 突進に気をつけろ! ヤツの牙は下からかちあげてくる。盾を体の下にしろ!」

「あの血の染み込んでどす黒く色付いた棍棒は……ドレッドトロールか! 不味い!」

「アーマードオウルベア!? 深層にいる魔物だろ! 何故ここに、!? いや……これも邪竜のせいか」

 

 ――――いつまで、いつまでこんなことが続くんだ!


「ぐ……一旦下がれ! 控えの奴らと交代するぞ!」


 俺たちは疲弊していた。

 しかし、魔物の波は一向に収まらない。


 騎士がまた一人倒れた。

 心臓……急所をつかれたんだあいつはもう動けない。


 まただ。

 無惨にも腹が裂け、腕が千切れていた。

 顔も原型はない。

 荒波に揉まれ何もかも失ってしまった騎士がいた。


 また……今度は相打ちだ。

 互いに致命傷を与え組み合ったまま命を落としていた。


 死が溢れ始めていた。

 見たくもない死が。


 その時だ。


「――――玉簾たますだれの滝」

「……これは」


 押し寄せる魔物たちの一角に降り注ぐ無数の玉のような大粒の水。

 まるで上から殴られたかのように魔物たちに衝撃が走る。


一条いちじょうの滝」


 動きの止まったギガントボアの脳天を貫く遥か上空からの一筋の水流。


二ツ腕ふたつかいなの滝」


 次いで放たれた左右から挟み込む水流は巨大な腕のよう。


 圧壊。

 ギガントボアもろとも一帯の複数の魔物が左右からぶつかり合う滝に潰されていた。


 あの魔法は……。


「バードナー司令官……」


 “急滝きゅうろうの騎士”マッケルン・バードナー。

 通常より装甲の分厚い特注の青い騎士甲冑。

 両手に握りしめるのは体全体が隠れるほどの大盾に、半円に湾曲した刃もつ大斧。


 グラニフ砦の最高責任者であり、一時期は皇帝陛下の近衛も務めあげた経験をもつ歴戦の騎士。


「騎士たちよ! よくぞ戦った! ここからは私も参戦する! みなで魔物共を押し返すぞ!!」

「「「おおっーーーーーー!!」」」






 歴戦の猛者の登場で戦局せんきょくは一時盛り返した。


 表層はもとより深層の魔物の多くは討ち取られ、まだところどころで戦いは散見さんけんするものの、争い自体は下火になりつつあった。

 それでも目に見えるだけで死傷者は多数。

 怪我人は数え切れないほどいる。


 ……俺の隊からも何人か犠牲者が出てしまっていた。

 それなのに……まだだった。


 まだ終わっていない。


 ヤツが現れていた。


「ギャオオオオオオオ!!!!」

「くっ……邪竜め……無駄に、吠え、やがって……」


 封印の森と平原の境界まで邪竜が迫る。

 数百メートル先とはいえ近距離からの咆哮は鼓膜が破れそうなほど。

 なにより最悪なのが……。


「……クソっ、あんなのが従魔ってマジなのかよ」


 邪竜のあり得ないぐらい太い首に目立つ一つの首輪。

 原型こそほとんど残っていないがあれは確かに――――従魔の首輪だ。


 あれほどの魔物を支配し使役する存在だと?

 冗談じゃねぇぞ。


「オイ、エクリプスドラゴン。威嚇はもういい、少し止まれ」


 しかも報告にはなかった謎の人物が三人。


 見るのも気持ち悪い大百足の背に乗る胡散臭い笑顔が張り付いた男。

 その側に控えるのは森には不釣り合いな派手な色で着飾った目の痛い女と襤褸布ぼろぬのを頭から被ったような無口な男。


 背筋に冷や汗が流れるのがわかる。

 あの中で一番の強者は……襤褸布ぼろぬののローブを纏った男か。


「しぶといな。老騎士さんよ。エクリプスドラゴンに攻撃が通用しないのはもうわかっただろ? いい加減諦めたらどうだ」

「…………」

「アハハッ、必死に戦ったってもうどうにもならないのに足掻いちゃって。ねぇ楽しいの? あんなちっちゃい砦守る必要ないでしょ? もう諦めたらぁ?」

「…………」


 胡散臭い男と目に痛い派手女が司令官へと嘲笑ちょうしょうを向けるが、司令官はすでに立っているのが不思議なほどにボロボロだった。


 あれだけ立派だった騎士甲冑は泥と血に塗れ、ところどころが欠けていた。

 額からは鮮血が流れ、大盾を支えていたはずの左腕はダラリとぶら下がり、すでに盾そのものの姿はない。


 深層の魔物との戦いですでに力の大半を使い果たしていた司令官。

 そこに現れた邪竜。

 初撃で放たれた吐息ブレスを防ぐため司令官は全霊をそそいでしまった。

 俺たちを守るためそそげざるを得なかった。


 それでも完全には防げなかった。

 見るからに満身創痍まんしんそうい

 いまは気力だけで立っているのが遠目からでもわかってしまう。


 誰も助けにいけない。


 深層の魔物たちは邪竜の登場でさらにはやし立てられ暴れ回っている。

 砦は吐息ブレスの影響で半壊し、立っている騎士は最初から比べれば半分も、いや三分の一もいない。


 かくいう俺も……しくっちまった。


「た、隊長! い、いまポーションを!」

「バーツ、俺はいい。エリンの奴の方が重傷だ。残り少ない緊急用のポーション、あいつに使ってやれ」

「で、でも……もうこれ一つしか!」

「でもじゃねぇよ。こんな時ぐらい命令を聞け」


 動けない体に鞭打ち声を張り上げる。

 生意気な顔を涙と血に塗らし、嗚咽を漏らす若い騎士に俺より優先することがあるだろと諭してやる。


 だってよ。

 お前、エリンに惚れてんだろ?

 こんなムサイおっさんに聞く前に惚れた女にポーションを使えよバカ野郎。


 涙を振り払い覚悟を決めたバーツがエリンの元へ行くのを見届けるべく顔を傾ける。


 しかし、そこに魔物が立ち塞がった。

 森から迷いでたのか?

 こんな……時に?


 それは一体のレイジングオーガ。

 体長三メートル近い残忍な人型の魔物。

 怒りによって強さが変わるという対峙する場面によって厄介さの変わる魔物。


 普段の万全な状態のバーツなら辛くも勝てる相手。

 しかし、これまでの戦いですでに力を使い果たしたあいつには厳しい相手だった。


 誰か!

 誰かいねぇのかよ!


 俺はしがないパッとしないやる気のねぇ騎士だ。

 部下には慕われてねぇし、俺自身騎士として立派かと言われたら胸を張って言える訳じゃない!


 だけど!

 だけどこれは違うだろ!


 必死にレイジングオーガの攻撃を避けるバーツ。

 だがその動きは精彩を欠いている。


 オイ神様よ!

 見てんだろ!

 この地獄のような風景を見て何とも思わねぇのかよ!


 ここで若い命が散っていっていい訳ないだろうが!

 バーツだけじゃない。

 いま戦場では多くの命が危険に晒されている。


 深層の魔物はいまだ健在だ。

 みんな戦っている。

 誰かを守るために命を燃やしている。


 神様、この光景を見ているならなんとか言ってくれ!

 こいつらにも救いがあるんだと、そう言ってくれ!


「バー……ツ」


 レイジングオーガの太い腕がよろめいたバーツに襲いかかる。

 俺は血に濡れた四肢を動かすべく、残り滓のような力を振り絞ろうと――――。


「――――行くぞヴァニタス! 合わせろ!」

「ああ、双握ダブルグラップ

「え……?」


 その声に反応したのは誰だったのか。

 遥か遠くから聞こえたのか、それとも耳につくぐらい近くだったのか、いまとなってはわからない。


 だが確かにそれは救いの声だった。


禍つ竜骨の破滅吐息ドラゴンボーン・カタストロフブレス

極握砲撃波フルインパクト・バスター


 薄れゆく意識の中で俺は目撃する。

 それは騎士たちに迫る魔物を一掃する圧倒的な力。











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