第三十八話 救出準備


 父上に半ば強引に許可を貰い、マユレリカ救出のための準備を整える。


 準備といっても僕のすることは単純だ。

 必要な人材に声をかけ、力を借りる、ただそれだけ。


 策とは名ばかりの行き当たりばったりの行動だが、とらえられた客人マユレリカを救出するには試す価値はある。


 なにより危険な賊がリンドブルム領を我が物顔で跋扈ばっこするなどどうにも気に食わない。

 他者を見境なく傷つける賊など百害あって一利なし。

 害ある存在は出来る時に駆除しないとな。


 ……それとこれはある意味チャンスでもあった。

 この世界で生きていくには避けて通れない道。

 僕が己の道を進むならいずれぶち当たるだろう壁。


 マユレリカを探すことはそれに直面するいい機会だった。


 彼らは僕が成長するためのかてなのだから。


「で? ランカフィール家のお嬢様救出に儂の力を貸して欲しいと?」

「ええ、アシュバーン先生なら変身魔法が使えますからね。どんな不測の事態にも臨機応変に対応できます」


 先生の変身魔法は強力だ、反則チートと言い換えてもいい。

 警戒のされない偵察、上空からの索敵、賊の仲間に変身すれば混乱や陽動も簡単に誘える。

 よく考えなくてもなんでもありだな。


 とにかく帝国戦争時代を生きたアシュバーン先生には僕たちとは異なる膨大な戦闘経験と知識がある。

 マユレリカ救出には欠かせない人材だろう。


「じゃがなぁ、儂も索敵は出来るとはいえこの広大なリンドブルム領で特定の賊の発見など難しいぞ。それに儂はエルンストに招かれるも監視されてこの領地に留まっている身。おいそれとこの屋敷を離れマユレリカ嬢を探しにいくのものう」


 アシュバーン先生は善良な御人だ。

 マユレリカの身に起きた不憫な出来事に心を痛めながらも、自分が動くことの不利を考えずにはいられない。


 しかし……。


「先生、いまこそ自由に動く時ではないですか? ……助けてあげたいと考えているんでしょう? なら僕に力を貸して下さい」

「ほほ、お主の誘いに乗らない訳にはいかないのう。……じゃが言ったじゃろう。儂の監視の目はどうする。彼女たちは優秀じゃ。多少は誤魔化せてもすぐに――――」


 どうやら言わずともアシュバーン先生も気づいたようだな。


「まさか……お主は本当に悪いわらべじゃのう」

「でも先生もお嫌いではないでしょう。今回は僕らに大義がありますし」


 傍目から見れば僕たち二人は邪悪に嗤っていただろう。


 現に隣で僕たちを見守っていたクリスティナは、嗤い声に寒気でもしたのか背筋をピンと伸ばしていた。


「あの……御二人で揃って嗤われるとなんだか見てはいけない悪巧みを目撃しているようで怖いのですけど……」

「でも、主、楽しそう!」


 そうだ、アシュバーン先生が監視され身動きが取れないというならそれを解けばいい。

 ついでだ。

 彼女たちには僕の要求を聞いて貰おう。


 なあに、貴族令嬢マユレリカ救出のためだ。

 嫌とは言わないだろ?


 




 屋敷から数キロメートル離れたとある場所。

 ここは父上から彼女たちに直々に与えられた滞在場所であり、同時に仕事場でもあった。


「ヴァニタス・リンドブルム。まさか貴様から私たちに接触してくるとは……一体なんのつもりだ?」


 鋭い目つきでアシュバーン先生を連れてきた僕を睨みつける一人の女性。

 短く切り揃えられた黒髪、紫陽花のような繊細な色合いの青紫の瞳。

 アシュバーン先生は可愛いと評していたけど、僕には確固たる矜持をもつ凛とした女性にみえる。


 そう、彼女こそ僕の目的の人物。

 アシュバーン先生を監視し管理する、監視部隊を率いる者シア・ドマリン。

 

「簡単なことですよ。アシュバーン先生の監視を解いて欲しい。ただそれだけです」

「馬鹿な。我々は魔法総省より派遣されたアシュバーン殿の監視部隊だぞ。職務を放棄することなど出来る訳がない」


 拒否は当然だ。

 変身魔法という脅威の監視と、場合によっては他国に渡らないように工作するのが彼女たちの仕事。

 それを怠ることなどあり得ない。


 しかし、それでも僕は提案する。

 アシュバーン先生の協力はマユレリカ救出には必須だ。

 

「貴女ももうすでにご存知でしょう。ランカフィール家のご令嬢マユレリカが誘拐され人質になっています。彼女の救出を行うためアシュバーン先生のお力をお借りしたい。故に父上の屋敷を離れる許可が欲しい」

「許可出来ない。アシュバーン殿は軽々に動かすことの出来ない極めて重要な御仁だ」

「どうしても?」

「……心苦しいが我慢して貰わなければならない。それだけ動向に注目の集まる御方なのだ」

「そうですか……だそうですよ、アシュバーン先生」

「え〜〜、でも儂ちょっと気分転換に屋敷から出たい気分なんじゃけどな〜〜」

「…………」

「どうです? 駄目ですか?」

「…………駄目だ。……そんな顔をしても駄目です」


 うむ、アシュバーン先生の渾身の泣き落としも効かないか。

 なら……仕方ないな。


「そういえば、監視対象が急にいなくなったりしたらどうなんですか? 視界から消え気配もない。突然別人と入れ替わったりしていなくなってしまったら? 貴女たちは対象を見つけ出すため周辺をくまなく探すのではないですか?」

「貴様……自分が何を言っているかわかっているのか? 私たちを脅すつもりなのか?」

「いえ、僕は可能性の話をしています。たとえば監視対象がどこか賊の潜伏しているような場所で忽然こつぜんと姿を消したら、貴女たちなら怪しい場所はしらみ潰しに探すのではないかと思って」

「っ!?」


 痛いところを突かれたように苦い表情を浮かべるシア。


 そうだ、彼女たちが職務に忠実な分、対象を探し出すためなら全力で周囲を索敵する。


「儂ももう年寄りじゃからな〜。うっかりマユレリカ嬢の誘拐された現場まで飛んでいってしまうかもしれんの〜」

「くっ……」


 監視対象の行動に縛られるのはそちらも同じはずだ。

 困るだろ?

 アシュバーン先生が急にいなくなったりしたら。


「……本当の望みはそれか」

「ええ、僕には賊の居場所を特定する手段はありませんから。使えるところから力を借りるしかありませんよ。それに、貴女たちなら適任です。なにせ監視するのに相応しい先天属性をもった者たちの集団なのですから」

「私たちにアシュバーン殿の移動を許可させ、あまつさえ賊の居場所を特定させようとは……貴様ロクでもないな」


 そうか?

 でも緊急事態だ。

 多少は目溢めこぼししてくれると嬉しいんだが。


「一つ質問させて欲しい」

「何でしょう」

「マユレリカ嬢を無事に救出出来たとして彼女が賊に誘拐されたことが広まるのは避けられないだろう。我々さえこの場にいなければ……或いは誤魔化せたかも知れんがそれも難しい。お前は彼女を救出してどうするつもりだ。もしかしたら死よりも辛い目に合わせる結果になるかもしれないのだぞ。ヴァニタス・リンドブルム、彼女を助けた責任をお前は取れるというのか!」











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