TS令嬢、追放先から都に戻る⑤


ラフォン王国エイミス地方。山奥にある小さな家は、ちょっとだけ広くなった。


「さすがは母さんが一番信頼した女…」


一回りほど大きくなった自宅を前に、俺の口からは感嘆に近いぼやきが漏れる。


クライドの母親からお詫びとして届けられたのは、自宅の改築工事であった。部屋の拡張にテラスの設置、ついでに家畜小屋の屋根の修繕も頼んだ。


「ふぉお…!」


そして何より俺の心を掴んだのは、調理場に新設された石窯である。


「明日はこれでピザを焼くんだ…!」


背の高い丸い屋根を撫でながら、幸せな決意する。


さて。俺とジュードは華やかなクイーンビーから、静かな山奥へと帰ってきた。クライドはアーロンの会社の一つ、都から離れた雪深い地にある支店で一から根性を叩き直されることになったと聞いた。


そんでもってアーロンからは、ジュードをスカウトせんとこの上なく熱い直筆の手紙が届いている。が、当の本人に読んでやろうとしたら次の瞬間には捨てていた。


「諦めなさそうだなあの人…」


焼却用のゴミ箱に突っ込まれた分厚い手紙の束を見て、今後も定期的に届けられそうだとひとりごちる。


そして今の俺の手には、エイプリルとスカーレットから届いた手紙。関係をちゃんとしなさいとか、あとから後悔するわよとか、相変わらず厳しい文言が記されている。


それでも別れろや戻れと言う単語がないあたり、あれこれ口を出す気は無くなったようだ。まあ居なくなったと思った飼い犬と再会した飼い主さながら浮かれる俺を見て、もう何を言っても無駄だと諦めたと言った方が正しいだろう。


「関係をちゃんとしろって…だからそういうんじゃないんだけどなあ…」


苦笑して手紙を脇に積む。その横には今月刊行されたばかりの俺の連載する記事が載った雑誌。


ジュードとの日常を綴った内容はどうやら編集長の期待に反し、一部のペット愛好家から支持を得ているらしい。編集長は「そうじゃない!」と力の限り叫んでいたらしいが、まあ実際ペットエッセイに限りなく近い生活なので純然たる事実である。


「ジュード。寝るぞ~」

「おう」


声をかけると、ジュードがゴソゴソ布団に入ってきた。自宅の拡張工事にあたって、寝室もベッドも以前よりも大きくした。ジュード相手に鍵をかけたところで、翌朝壊された扉や壁と対面する羽目になるだけだし。


「おいおい。せっかく広くしたのに意味ないだろ~」


これで広いベッドで寝られると思ったのだが、結局ジュードが入ってくるのは俺の布団だ。いつもと変わらないその事実を指摘しながらも、俺の口元は思わず緩んでしまう。


(そう言われれば、最初襲われかけたりもしたな…)


思い出し、懐かしい気持ちになる。最初の元男であるとの告白以降、ジュードは手を出してはこない。そりゃあそうだ。


「主人と交尾をする犬はいないしな。たまに飼い主にマウンティングしちゃう奴はご愛嬌ってことで…」


笑いながらぼやく。すると俺の言葉を聞いたジュードが、もそりと動いた。


「あ?いいのか?」


言いながら、彼の手がわし掴んだ。何をとは言わないが、主に胸部辺りの感覚に、俺は笑顔を浮かべたまま固まる。


「………………」


さて。都での一件から俺の目には隣の半裸の男が完全に可愛くてたまらない飼い犬に見えていた訳だが、その魔法が解ける2秒前の出来事である。

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