うごめくもの
「見つかったか?」
「いえ、懸命に探しているのですが未だ見つかっておりません」
「そうか」
「……お言葉ですが、本当にいるのでしょうか? わたしとしてはこんな場所にいるとは思えないのですが」
「こんな?」
椅子に腰かけていた男がピクリと眉を動かして、くるりと教団兵のほうへと体を向けた。
「こんなとは、どういうことだ? わしの管理するこの区域はこんなと呼ばれるような場所か?」
「いえ……そのようなことは……」
「お前は黙ってわしの言うことに従っておればよい。わかったか? わかったなら、仕事をしろ」
「はっ! 失礼いたしました」
恭しく敬礼をして教団兵は部屋から立ち去って行った。
教団兵が出て行ったのを確認してから、男――ダグドは息を吐いた。
ダグドは教団の管理する禁止区の区長を務める男だ。禁止区は全部で十区あり、その中でダグドは禁止第五区を担当している。
ダグドは席を立ち、窓の外を見る。時刻は夕刻を過ぎたころで、禁止区では街の光があちこちで闇を照らしていた。
「ゴミどもが。のんきなものだ」
ぽつり、とダグドはつぶやいた。
ダグドのもとに環境エネルギー研究所から脱走者が出たと連絡が来たのは数日前のこと。この連絡をダグドは自分には関係がないことと思っていた。が、教団上層部から厳命が下ったことでダグドも真面目に仕事をしなければならなくなった。
なぜ、わしがこんなことをせねばならない。
本来であれば今の時間は賭け事や女を侍らせている時間だったのだ。それをどこかの馬鹿が脱走したおかげでこんな時間まで働くことになった。
ダグドが不満を覚えていると、テーブルに載った機械から音が鳴っていた。
舌打ちをしてダグドが乱暴にそれを叩くと、画面が切り替わった。画面には教団のシンボルである十字架に翼が生えたマークが映し出されている。
「誰だ。わしは忙しいのだ。連絡はあとにしてもらおう」
「それは申し訳ありません」
相手の音声が聞こえてきた。機械で加工されているので、性別は不明だ。
「礼儀を知らないやつだ。まずは名乗ったらどうだ」
「六星のラティアと申します」
その声を聞いた瞬間、ダグドはきょとんとした。相手の言葉の意味を考えて、ダグドは慌ててその場に立った。
「し、失礼いたしました! ご無礼をお許しください!」
ダグドはその場で深く頭を下げた。体は震えている。
六星――ギアノンを筆頭とするメサイア教団が誇る最高幹部。ダグドが口を利くことすらできない雲の上の存在だ。
「脱走者の情報を教えてもらいたいのです。何か進捗はありましたか?」
「いえ、未だ情報は来ておりません。ですが、必ずやラティア様の期待に応えよう、このダグド、命を懸けましょうぞ!」
本当はまだ手配書すら見ていないが、六星にそんなことを言えるわけがない。機嫌を損ねるようなことがあれば自分の首が飛ぶ。それは避けねばならない。
「……そうですか。期待してますよ、ダグド」
「ははあ!」
大仰に頭を下げるダグド。しばらくすると、ぷつりと音がして画面には何も映らなくなった。
「頑張ったふりだけしておれば問題なかろう」
まさか、六星が禁止区の視察にくるわけがあるまい。
そうタカをくくったダグドは、一般区の夜の街へと飛び出していった。
♢
あれは何もしていないな。
画面の前でラティアはそうひとりごちた。
おそらく報告書など目も通さずに、遊びに興じているはずだ。禁止区の管理者など全員がそういう意識だろう。連中が考えているのは自分がいかに楽をして生きてくか、ということと自らの保身だけだ。特にダグドはいい噂を聞かない男だ。
そうなってくるとダグドの働きは期待できない。となれば。
やはり、自分が動くしかないだろう。ラティアは禁止区へ向かうことに決めた。もっとも目的はダスティンよりも、レクスだ。あちらが重要といっていい。
それに、とラティアは思う。個人的に実験したいことがあるのだ。
それを想像して、ラティアは薄く笑った。
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