物色

 教団兵を連れてレオナは街路を歩いていた。道行く人々の視線を感じる。レオナは頭の中でどうしようか、と思考の波が次々と押し寄せてきていた。

 自分の家ではないところに連れて行こうかとも考えたが、嘘が発覚した時のリスクが大きすぎる。ばれたら、即処刑だろう。

 

 家の中にはおそらくレクスがいる可能性が高い。最悪のケースだとまだレクスが眠っている可能性があることだ。


 その可能性は十分にあり得た。これまでの疲労が蓄積していたからか、自分が起きた時にはレクスは熟睡していた。あれから、目を覚ましている可能性は低いのではないか。しかも、レクスが自分から家の外へ出る可能性はかなり低い。

 この前の酒場の時のように入れ違いになる可能性が高いからだ。


 これ、相当にまずい。


 とはいえ、今のレオナにできることなんて何もない。まさか、このまま教団兵をおいて逃げるわけにもいかない。どうすればいいのだろう。

 そうこう考えている間にレオナは自宅に到着した。そして、家の窓側で見てしまった。レクスの姿を。


 心臓が高鳴る。やばい。レクスが起きていることだけは朗報かもしれないが、どのみち教団兵に家に入られたら終わる。


「教団兵さま、実は今日我が家では大事なようがありまして。後日来ていただくわけにはいきませんか」

「今更何を言っているお前は。大事な用というのは教団兵である我々の業務よりも重要なことか」

「お仕事を優先されるのは結構ですが、それでは疲れがたまりませんか? こう見えて、わたし夜伽が得意なんです。疲れてらっしゃるならわたしが教団兵様たちを新しい世界へ連れて行ってあげましょうか?」

「……貴様、何か隠しているな。お前ら、入るぞ」


 家の前に立つレオナは教団兵に突き飛ばされた。もはや、彼らはレオナの言葉に耳を傾けるつもりはないようだった。


 終わった、と思う。レクスが見つかれば、自分は匿った罪で処刑だ。

 十七歳か。短い人生だったな。禁止区から出て好きに生きたかったけど、それも叶わない夢となりそうだ。

 自分が死ぬのは確定として、レクスはどうなるのだろう。研究所に戻されるのだろうか。レクスの今後のことを考えていると、


 教団兵が家から出てきた。いきなり銃で撃たれることを覚悟したが、そんなことはなかった。

 どうにも何か様子が変だ。というか、レクスの姿がない。

 レオナがいぶかしげな表情を浮かべていると、


「思わせぶりな態度をとりやがって。時間を無駄にした」


 吐き捨てるように言って、教団兵たちはこの場を立ち去って行った。

 残されたレオナは途方に暮れていた。確かにレクスの姿を見たはずなのだが、教団兵たちは何も見つけられなかった様子だ。もしや、自分の見間違いだったのだろうか。それならそれで、それは喜ぶべきことなのだが。


 ここでこうしていても仕方がないと思い、レオナは自宅へと入った。部屋は乱暴に荒らされた形跡があった。畳んであった服やゴミがあちこちに散乱している。その様子からかなり念入りに探したことが予想される。

 

 これだけ探してレクスの姿がないのなら、きっと自分の見間違いだったのだろう。そして、レクスはどこかへと出かけたのだ。タイミングが良かった。どうやら自分もそのおかげで命をつないだようだ。


 ふー、と安堵の息を吐いた瞬間だった。


 がたっ、と何かが動く音がした。目を向けると、ベッドの近くにある床からレクスを抱えたダスティンが姿を現した。


「はっ? あんた、なんでここに?」

「レクスの様子を見に戻ってきたんだ。念のために。で、レクスが急にこちらに目を向けたので何事かと思えば、教団兵と貴様がこっちに向かってくると言った。だから、そこに隠れたんだ」

「隠れたって……いや、それは隠れるには最適の場所だけど。なんで地下倉庫をしってるの?」


 この家には地下に倉庫がある。もとは家財をため込んでおく場所なのだが、レオナはほとんど使っていない。ちなみに広さは一部屋ぐらいはある。


「ここに最初に来た時、足の下に妙な感覚を覚えた。地下に空洞があるようなそんな感覚だ。だから、ここには地下施設があるのではないかと予想はしていた」


 そういえば、ダスティンがここへ来た時に何かしていた記憶がある。しかし、ふつうそんなことに気づくだろうか。やはり、この男は普通ではない。


「あんたすごいね。いろいろと」

「少々、肝は冷えたがな。ところで、どうしてお前は教団兵と一緒にいた。もしや、教団に俺たちを売ったのか?」


 ダスティンの目が細められる。視線で射殺すことができるならば、ダスティンはそれができる人間だろう。見つめられたレオナはすくみ上った。

 言葉を間違えれば、殺されるのではないかと考えたところで、


「こ、この人は……そんなこと、し、しない……!」


 レクスがレオナをかばうように立った。その姿を見てレオナは心が痛んだ。ダスティンの言う通り、自分は保身のためにこの二人を売ろうとしたのだから。


「……別に殺す気はない。ただ、不思議だからだ。貴様の状況なら俺たちを教団兵に身柄を引き渡すのが普通だからだ。俺たちを匿えば自分の身が危うくなるぐらいの計算はできるだろう? おそらく、俺が危険人物だということは誰かに聞いているのではないか?」


 どうやらレオナが自分のことを探っていることにうすうす気づいているようだ。

 

 自分がこの二人の身柄を教団に引き渡さなかった理由。

 レオナは足元にいるレクスを見る。その姿が過去の自分に重なった。


「……別に全部を言う必要ないでしょ。わたしだって色々とあるんだよ」

「そうか。ならば、深くは詮索すまい。……では、俺たちは貴様の家にいていいんだな?」


 ダスティンの目はレオナを射抜くようだ。

 もし、自分たちを売るようなことがあれば貴様を殺す、そんな思いが込められているように思えた。

 レオナは深く息を吸い込んで。


「いいよ。脱出するまでの間ここでゆっくりとすればいい。どのみち、わたしも教団に嘘をついちゃったからね。あんたらのことがばれたら殺されちゃうんだ」


 ダスティンはしばらくレオナの目を見ていたが、ふん、と鼻息を漏らして視線を外した。

 これで完全に後戻りはできなくなったな、と思う。ダスティンたちが捕まれば自分は処刑。彼らがここにいる間は完全に存在を隠し通さなければ、自分は終わる。

 

 妙なことになった、と思う。もとは自分が禁止区から脱出するだけだったのに、どうしてこんなことになったのか。奇妙な縁としか思えない。


 ただ――レオナはレクスを見る。

 レクスは何を考えるでもなくぼんやりと宙を見ている。

 この子には笑っていてほしい。そんなことをレオナは思った。

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