力の差

 突然の事態に、レオナは立ち尽くしていた。何が起こったのかわからない。

 どうして男が倒れているのか、


「なかなか面白い見世物だった」


 奥の闇から一人の男が出てきた。教団兵の服を着ているが、色が違う。通常、教団兵の服は青を基調としている。が、目の前の男は赤色だ。

 そして、男が左手に持っている抜き身の刃。その刀身からはぬらりとした血が滴り落ちていた。


「あんたがやったの?」

「見ればわかるだろ、間抜け。これだから禁止区の人間は頭が悪くていけないな」


 男は肩をすくめて、侮蔑したような表情を浮かべている。


「俺は兵士長のバズ。そこの寝ている馬鹿どものリーダーみたいなもんだ。しかし、まさかお前のような女にやられるとは思わなかった。教団兵とはいえ、適応器を与えられた身。並みの人間じゃ歯が立たないはずなんだが……お前、何者だ?」

「通りすがりの美少女よ」

「真面目に答える気はない、か。なら、体に聞くとしようか」


 ゆらり、とバズの体が揺れたと思った瞬間。レオナの目前にバズが立っていた。


 速い!

 

 振り上げた剣を横跳びでかわす。この一連の挙動で理解した。この男はさきほどまでの教団兵たちとはレベルが違う。


 レオナは集中して、バズに向けて拳を振るう。が、当たらない。バズは洗練された動きでレオナの動きを見切っている。笑みを浮かべていることから、遊んでいるようにも見えた。


「なるほど。お前、隔世者か。道理で強いわけだ」


 バズは納得したように頷き、後ろに跳躍した。そして、レオナの顔を見て嫌な笑いを浮かべた。


「ふふ、俺は運がいい。貴様を連れ帰ればダグド様もさぞお喜びになるだろう」


 バズはくつくつと笑っている。

 その様子をレオナが見ていると、バズの右手につけている腕輪が淡く緑色に発光し始めた。

 それを見てレオナはぞくり、と背中が泡立つのを感じた。

 なんとなく、とても嫌な予感がした。背後に跳躍しようとして、


「――え?」


 風が通り抜けた気がした。背後にはバズが立っている。レオナはそれに気づかず、代わりに体に衝撃を感じた。上半身に激痛がはしって、とても立っていられなくなってその場に仰向けに倒れた。

 バズがしたことは単純だ。ただ近づいて斬っただけ。そのスピードが桁外れだっただけだ。

 

 しかし、レオナには何が起こったのかわからない。一つだけわかるのは自分がバズに攻撃を受けたということだけだ。


 レオナの顔を見下ろすように立つバズは、少し驚いているように見えた。


「加減はしたが、傷がない。適応器なしでこれとはな。これはいい掘り出し物を見つけた。安心しろ、女。お前は施設で可愛がってやる」


 バズの剣がレオナの喉元に突きつけられている。体を動かそうとすると、ずきり、と痛みがはしる。

 完全に詰んでいた。たとえ、体が動いたとしてもレオナはバズに何度やっても勝てないだろう。バズとレオナでは途方もない実力差がある。


 あーあ。結局こうなっちゃうんだな。


 もはや、諦観するしかなかった。禁止区から出ることを夢見ていた。ゴバニーによって生きる時間が少ない環境。それを受け入れることがどうしても嫌だった。一般区にいけばもっと楽しく夢を見て幸せに生きられると思っていた。そんな願望を抱いたのがいけなかったのだろうか。何も抵抗せずに、運命を受け入れて過ごす日々。

 受け入れればよかったのか。それを。


 不公平だ、世の中は。どうして、わたしはこっち側?


 いくら不平を述べても、もう自分は終わりだ。施設とやらで何をされるかわからないがどうせろくでもないことだろう。それなら、せめて何が起きてもいいように心を殺そう。何が起きてもいいように。


 そうレオナが考えていると、レオナに向けて剣を振り下ろそうとして。ぴたり、と剣の動きを止めた。


「まったく、今日は客が多いね」


 呆れたように肩をすくめるバズ。

 レオナがそちらに視線を向けると、そこにはレクスとあの不気味な男がいた。 

 目を丸くするレオナ。どうしてあの二人がこんなところに。


「悪いが見世物じゃない。さっさと立ち去れ。さもなくば――」


 バズがその先の言葉を継げることはなかった。

 なぜなら、バズの上半身と下半身が真っ二つに両断されていたからだ。


 レオナは驚愕に目を見開いた。バズの下半身は崩れ落ちて、上半身はずり落ちていく。バズの顔は口をぽかん、と開けた状態で静止していた。


 頭が混乱していた。あの二人がなぜここにいる。どうして、バズの体は両断されている。まったくもって意味の分からない状況に、レオナは混乱するしかなかった。

 

 ざっ、と足音が聞こえた。どうやらあの男がレオナに向かって近づいてきているようだ。

 

 レオナは体を起こす。ずきり、と傷んだが無理をすれば立てないほどではない。男はまるでレオナを観察するように見ている。


 身が縮こまる思いであったが、この状況から察するにレオナを助けてくれたと考えてもいいだろう。


「ありが」


 礼を言おうとして、レオナは男に喉を掴まれた。そして、思い切り壁に叩きつけられる。


「かはっ!」


 体を叩きつけられた痛みと喉を掴まれたことによる窒息がレオナを襲っていた。そして、レオナの目にはきらり、と光る刃が飛び込んできた。

 

 


 

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