日常

 ベッドで少女は横になっている。年齢は十七ほどであろうか、一糸まとわぬ裸身は男を魅了する艶やかさがあった。

 そんな少女を見下ろす中年の男.下品な笑みを浮かべて少女に顔を近づける。男の息が少女の顔にかかる。まるでぬめり毛を帯びたかのようなねばついた息だ。

 

 ふと、少女は昔を思い出す。一番、最初男に抱かれたときは訳も分からず涙を浮かべていた。だが、今は――少女は男に向けて、妖艶な笑みを浮かべる。

 すると、それを見た男は「ぶひひ」とまるで豚のように笑った。

 男は少女の乳房を乱暴につかみ、少女はそれに対して吐息をもらした。服を脱ぎ捨てて下半身をあらわにする。男のそれはもはやパンパンに膨らんだ欲望の象徴のようだ。それを少女に向けて叩きつける。

 

 一心不乱に腰を振る男。動きが激しくなるにつれて少女はあえぐような声を上げた。同時に男の姿を見て、まるで動物だな、と冷静に眺める自分がいた。

 これが少女にとっての日常であった。



 カーテンからの木漏れ日で、少女はうっすらと目を開ける。まだ頭がぼんやりとして、なんだか頭に霧がかかっているかのようだ。それを振り払うかのように、頭をゆっくりと振って体を起こす。

 部屋を見渡すが、男の姿はない。布団の上には紙幣が何枚か投げ捨てたかのように散らばっていた。どうやら、いつのまにか眠っていたらしい。それを丁寧に集めて、少女は立ち上がって大きく体を伸ばす。こきり、と骨の小気味よい音が聞こえた。


 服を着て、カーテンを広げる。すると、日光が目に飛び込んできて思わず目を閉じる。もうすでに時刻は昼を回っているようだ。

 ここにいても仕方がない。

 食事でもとるか、と少女は部屋を出た。


 少女は雑踏の中を歩く。行きかう人々の目は心なしか生気を失っているかのように見えた。少女の目には空も街並みもすべてがくすんで灰色のように見えていた。そんなことを考えながら、少女が道を歩いていると、


「許してください!」


 男の悲痛な声が聞こえた。視線をそちらに向けると、若い男がひきつった表情で膝まづいていた。そんな男を見下ろすかのように銃を構える兵士の二人。


「もう限界なんです。もう二日も食事がのどをとおりません。体のあちこちが痛くて

寝ていないんです……おれ、もう死ぬんでしょう? なら、せめて最後に一般区がどんなところか見せてもらえないですか? お願いします」


 若い男は深々と地面に頭をこすりつける。

 男の言っていることは本当だろう。病人のように肌が白いし、やつれている。とても嘘を言っているようには思えない。


 兵士二人は男の頭を見つめて――ぱん、と乾いた音が聞こえた。


 男は地面に突っ伏し、頭から血を流している。兵士二人は男を無表情に見つめて、絶命した男の体を抱える。兵士たちが男を見る目はまるで害虫を見るかのようだ。

 

 人々は射殺された男を見ようともしない。

 

 それが少女が住むこの街――禁止区では普通のことだからだ。

少女が住むこの国の名はゲオタヤという。強大な力を持つこの国はその力でもって、この世界を支配しているといっていい。そして、ゲオタヤの絶対的支配者であるギアノンによって作られたメサイア教団が国の防衛と治安維持に努めている。

 ゲオタヤは大きく教団区、一般区、禁止区の三つに区切られている。教団区はその名の通り、メサイア教団とその関係者が住まう区域で、一般区は普通の一般市民が住んでいる。

 

 そして、少女が住む禁止区。ここは主に貧困層が住んでいる。教団区と一般区の行き来は可能だが、禁止区からこの両区へ行くのは不可能だ。もし、この区域から外へ出ようとすればさきほどの男のように教団兵に殺害される。

 禁止区で生まれたものは禁止区から出ることはできずに、ここで生涯を終えることになる。

 

 少女は視線を上げる。その数百メートル先には十メートルはあろうかという大きな扉があった。その付近には何人もの教団兵が目を光らせている。あれは一般区と禁止区をつなげるゲートだ。あそこを抜けられれば一般区に出られるのだろう。

 あのゲートの先にはいったいどんな世界が広がっているのだろう。少女がゲートの向こう側にある世界に思いを巡らせていると、


「よっ、レオナ」

 

 少女――レオナは肩を叩かれたので振り返る。

 すると、そこには見知った二人の姿があった。

 一人は男で明るい笑顔を浮かべている。もう一人の女ははにかみつつも、どこかおどおどしていた。


「カレルとポポリン。あんたら、こんなところで何してんの?」


 この二人はレオナの古くからの友人だ。住んでいる家が近所だったせいか自然と仲良くなった。レオナにとっては数少ない心を許せる人間だ。


「仕事が休みで、偶然ばったりと会ったんだ。で、こいつの買い物に付き合わされたってわけ」


 カレルは溜息を吐き、両手に持っているいる袋を掲げる。すさまじい量である。


「……前から思ってたけど、ポポリンてけっこう人をこき使うよね」

 

レオナはジト目をポポリンに向ける。個人的な恨みを込めて。レオナも何度かポポリンと買い物をして、腕がぱんぱんになったことがある。


「ちっ、違うよぉ。そんなつもりなくて、ただ店に入るとなんか買ってあげないと店の人に申し訳ないかなって……」


 搾取されてるなー、とレオナは思う。だが、ポポリンの気持ちもわからないではない。だって、わたしたちは――


「レオナは何してんだよ?」

「わたしはこれよ」


 紙幣をぴらっと、レオナは見せる。それで二人は察したようだった。途端に二人は微妙な表情を浮かべる。レオナは二人に好感を抱いているが、この表情は嫌いだった。二人がレオナの行為に反感を抱いているのは明らかだ。

 もやっとしたものがレオナの胸中に広がる。

 わたしが何をしようが、わたしの勝手でしょ。

 レオナは二人の表情を打ち消すかのごとく、


「よし、今日は二人にわたしがごちそうするよ!」


 明るい声を上げた。



 

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