異世界グルメ
野山ネコ
異世界グルメ〜竜田揚げとミソスープとライスとしぐれ煮〜
「みんな今日もお疲れ様!解散!」
この一言で俺のパーティはそれぞれの行きたいところへ散会する。賑やかな都市部の街は、思いの外出店が並んでいて見ていて楽しい。今日のクエストはなかなかに骨が折れたことを思うと、自然と重いため息が漏れ出た。疲れたし、早めに休むのも手だがまずは
「腹が、へった……」
そう。腹が減ってしまったのだ。これでは満足に休むこともままならない。そうだ、店を探そう。
そうと決まれば行動は早い。出店で腹を満たすのも悪くはないが、どちらかというと今の気分は店内でゆっくりと食べたいところだ。左右に目を配って(周囲を探知できるスキルはあるが、空腹ゆえに使う体力はない)自分に合ったこぢんまりとしたところを探していく。なかなか見つからないことを思うと、反対の通りにあったのではと不安が襲ってくる。もう戻るなどという体力はない、お腹がぺこちゃんなのだ。王都にあるチェーン店で腹を満たすのも悪くないが、どうせならここでしか食べられないものがいい。
あまりに焦っているせいか、少しばかり前のめりになりつつ首を左右に振っていると、一つの店が目に入った。
こぢんまりとした東の土地でよく見る形の引き戸、年代を感じさせるが決して古ぼけたわけではない落ち着いた木造の建物。丁寧に手入れされているであろう、達筆な東の地特有の文字で書かれた『お食事処』の看板。足元の看板に記載されているメニューに目を通していると、おすすめに目が止まった。「ドラゴンテールの照り焼き定食」……俺の腹がぐうと空腹を訴える。そうだ、ここにしよう。
ガラリと戸を引いて暖簾をくぐると明るい女店員の「いらっしゃいませ」が少し狭い東の土地でよく見かける和風な店内に心地よく響く。俺は上着を脱いで腕にかけると案内されたカウンターへと着席した。
とん、と置かれたお冷に不要だと伝えようとして思い出す。そういえば、東の大地では水はサービスだったな。ありがたくいただいて人心地つく。視線を少し上に上げると木の板に書かれたメニューたちが目に入った。俺の腹は肉と白い飯を欲している。すでに決まっているメニューを注文しようと店員を呼ぼうとした時、後ろからの店員たちの声が聞こえた。
「テールの照り焼き定食ひとつ!」
「すみません、おすすめは先ほど完売してしまいまして」
「えー!ここの照り焼き楽しみにしてたのに……」
「すみません……」
この会話に俺の出鼻は完全に挫かれてしまった。がーん。メニューの選び直しからまた考えなければならない。俺はショックの面持ちで上に取り付けられているメニューたちを眺めて布陣を作る。こういった初めての場所では、おすすめか店の看板メニューを頼むのがテッパンというやつだ。じっくり悩ませてもらおうじゃないか。
ズ、と水を口に運ぶ頭の中でメニューの構築をする。ミノタウロスのレバニラ炒めというのも捨てがたいが、ここはガッツリ肉をチョイスしたい。そう思っている時にふと目に入ったメニューを見て俺は確信した。そうだ、こいつをメインに飯を組もう。ライスは確実に頼むとして、スープはどうするか、と悩んだ時ミソスープの文字が視界に映った。体も温まるし、こいつも入れよう。あとは副菜を、と思ってキッチンの様子を盗み見る。カウンター越しから見えるキッチンで店主がツボから萎びた野菜を取り出しているのを見て、心が躍った。副菜はこいつで決まりだ。俺は一人そう頷くと、店員さんを呼ぶ。
「はーい。お決まりですか?」
「ええと、牛鬼のしぐれ煮と竜田揚げ、あと糠漬けとライスとミソスープをください」
「あら、あなた東の方?」
「いえ……ただ少し詳しいだけです」
「そうなのね。じゃあたくさん食べて楽しんでってください」
店員さんの言葉に少しばかり嘘を交えた答えをして、店員さんの背を見送った。ここの世界に来たばかりのことを思い出して少しセンチな気分になったが、今は食事に集中しなければ。目の前で店主が忙しなく動いている様子を見て再び水を口に運ぶ。火の上で動くフライパンがまるで魔法のように見えた。焼き上がった料理を傾けて、白い皿に盛り付けられる。湯気立つ茶色と野菜の緑がこちらの食欲をそそった。
「はいお待たせしました、ミノタウロスのレバニラ炒めです」
「うまそー!いただきます!」
隣の若いタンク役だろう男があのてらてらと茶色に輝くレバニラを口に運ぶ。目をキラキラとさせて表情から美味いということがわかる。ああ、早く俺の飯を持ってきてくれ。そう願いながら店主の方へ再び目をやった。店主はフライパンから鍋の前へと移動して麺を湯切りの中に入れてそのまま鍋の中へと入れる。なるほど、あそこで麺をゆがいているわけか。店主は麺が出来上がる間、どんぶりを出してその中に数種類のタレを少しずつ入れてスープの返しを作っていた。手際の良さに長年の経験が光っているこの店は、俺の中で『当たり』だと一人心の中で強く頷く。スープを入れ、茹で上がった麺を綺麗に入れるとこれまた慣れた手つきで盛り付けていく店主。途端にラーメンのいい香りが俺の鼻腔をくすぐった。
「お待たせしました、豚骨ラーメンです!」
「これこれ!早く食おうぜ!」
「うっす先輩!」
ラーメンを持って行ったであろう先では先輩後輩の関係だろう男二人の声がする。案外ここは男客が多いらしい、同性の客が多いことは味方が多いことだと錯覚して安心してしまう。そうではないと自分に言い聞かせなければならない。いけない、空腹で余計なことばかり考えてしまう、今は飯に向き合わなくては。居住まいを正して再び店主の方を見やる。
店主が衣をつけた肉を油の海へと静かに入れていた。じゅわ、ぱちぱちぱち。いい音色がこちらにまで聞こえてくる。こういう時のカウンター席だ。このライブ感がたまらない。食材の様子を見る店主はさながらオーケストラの指揮者のようだ。この間にぬか床から野菜を取り出して水で手早く糠を洗い流す。一人でここまでテキパキできる店主に感嘆の声が漏れた。ぬか漬けをまな板の上に置いたあとで竜田揚げの面倒を見る。そして頃合いを見計らって木の板が刃物に当たるあの小気味いい音を立てながら切られた漬物、湯気立つライスとミソスープ、しぐれ煮を盛り付けて完成したらしい。他の人とは違う大きめのトレイに食事を乗せた女店員が俺の方に寄ってきた。ようやく飯にありつける。
「お待たせ致しました、竜田揚げとしぐれ煮とぬか漬けとご飯、味噌汁です」
「ありがとうございます」
店員さんが去っていくのに目もくれず、目の前の食事たちを見る。
純白に輝く白米、水面の下でモヤのように揺れ動く味噌汁。揚げたてで香ばしい香りを放つ竜田揚げに、じっくり煮込まれて深い色をしたしぐれ煮。そのどれもが食欲をそそる。自然と唾液が湧き出てごくり、と生唾を飲んだ。
両手を合わせて、心の中で静かにいただきますと唱える。まずは肉だ、ほかほか揚げたての竜田揚げを口に運ぶ。噛んだ途端に溢れ出る肉汁に火傷してしまったが、空腹には敵わない。その後で白飯をかき込んでゆっくりと咀嚼した。竜田揚げの下味と肉本来の旨みを白飯が優しく包む。これを美味いと言わずに何が美味だと言うのだろう。味わってから飲み込んで、しぐれ煮に箸をつける。ご飯のお供にぴったりの甘辛い味わいに、再び白米を口の中に詰め込んだ。白米の淡白な味わいと甘辛いしぐれ煮のマリアージュに思わず頬が緩む。少しくどくなったところで、ぬか漬けを口に運ぶ。ぽりぽりと小気味いい音とよく漬かっていたのだろうと言うことがわかる風味に、一気に口の中がリセットされた。漬物がうまい店は信頼できる。
一通り食べて喉が渇いたところに、ミソスープを一口。グルタミン酸とイノシン酸だったかの旨みが広がり、味噌の濃い味が包み込む。ホッとする味わいに体も自然とポカポカした。ミソスープなんて言ってるが、実体は味噌汁なので懐かしさを感じる。飲んだのは前世の俺だが。さて、ここからは食と真剣に向き合わせてもらおう。
「ありがとうございましたー!」
食後、会計をして店を出る。またいい店を見つけてしまった……。またこの地に立ち寄る機会があればもう一度来たいところ。さて、明日のクエストはどの地に行くんだったか。俺の今世の旅はまだまだ続く。次の土地ではどんな飯が食えるだろうか。
異世界グルメ 野山ネコ @pis_utachio
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