017 この世界で生き残るための戦い

 その言葉にはさすがに騒めきは止まらなかった。


「ヴァークレイですか? それ、マジなんすか艦長」


 そしてひとりのクルーが身を乗り出して声を上げ、それをラニーが諌めようとしてギアが止めた。


「マガリか。お前は確か……ヴァークレイの出身だったな」

「はい。生まれ故郷です。アホみたいに退屈な島でしたけど家族だって、ダチだっているんすよ」


 悲痛な声でマガリがそう返す。

 風の機師団の一員であるこのマガリは流民あがりではなく、元はヴァークレイ天領の領民であった。

 別に家族や友人たちを嫌って島を出たわけではなく、ただ退屈な日常を抜け出したくて、自由を求めて天領から出てきた変わり者だ。


(マガリさん……弟がいるって言ってたっけ)


 ルッタは以前に自分と近い年の弟がいるとマガリから聞いたことがあるのを思い出した。風の機師団に入団後も何度か故郷に戻っては冒険話を聞かせていたのだとも。


「なあイシカワさんよぉ。それ冗談じゃないんだよな?」

「冗談で言えることじゃねえよ。だから俺たちは依頼を受けてジナン大天領に向かってた。俺はアンタらもその道中だと思ってたんだが……な」


 イシカワが苦い顔でそう返す。


「聞いた話じゃ、ジナン大天領はすぐに救援を送ってはいるそうだ。それにヴァークレイ天領は島上を襲撃した飛獣を囮にしたランクA飛獣が島の下部から穴を掘って天導核を食われたらしい。だからランクA飛獣による直接的な被害は島の上では起きていないし、アンタの家族が生きてる可能性は……低くはないと思う」


 話している途中で歯切れが悪くなったのは、イシカワも自分の言葉があまり根拠のあるものではないと感じていたためだ。

 一応イシカワの言葉は間違いではない。けれども飛獣の襲撃を免れたとしても、天導核が喰われた天領は竜雲海内に沈み、速度こそ緩やかではあるが、ノートリア遺跡のあったような深海層まで落ちることになる。

 当然竜雲海内では飛獣も活性化するし、緩やかに落ちると言っても落下時の衝撃は大きく、それらを乗り越えて生き残れたとしても深海層には深獣がいる。また墜落したであろう天領の真下の深海層というのは天導核が魔力を吸い上げるのに適した場所であり、通常の深海層よりも魔力が濃いエリアなのだ。そこは不治の病である船雲病にかかるリスクが非常に高く、人が長く生きられる場所ではなかった。


「マガリ。ジナン大天領に到着するまでまだ時間はある。その間にお前がどうするべきなのかをしっかり決めておけ」


 ギアが項垂れるマガリにそう告げる。


「俺らに遠慮をするな。お前がやりたいことを、やるべきことを考えろ。どんな選択をしようが、それを俺は尊重する」

「!? ……うっす」


 マガリが泣きそうな顔で俯きながら頷いた。

 既にヴァークレイ天領は落ちている。この場で彼が何かできることは何もなく、何をするにせよジナン大天領まではこのまま船に乗って、そこからタイフーン号に残るか、或いは救助に参加するために船から離れるのかを選択するしかない。そしてマガリが落ち着いたのを見計らって、ギアが再び口を開いた。


「話を続けるぞ。最後はここだ」


 差した指の先にあるのは地図の上に置かれた最後の駒だ。地図にはアンカース天領と書かれていた。


「アンカース天領。ここもランクA飛獣の襲撃を受けて陥落した」


 その言葉に再度部屋の中でどよめきが起きるが、対してギアは「だが」と口にする。


「アンカース天領はまだ落ちていないらしい。島は若干竜雲海の中に沈んでいるが浮かんではいる以上、まだ天導核を喰われていないってことになるな」

「艦長、それはつまり……」

「アンカース天領はまだ取り戻せる可能性があるってこった」

「!?」

「俺たちがジナン大天領に急なければならないのもそれが理由だ」


 ギアがそう言ってから、この場にいるクルー全員を見回す。


「分かるな。ジナン大天領では今、このアンカース天領奪還のための準備を進めている。そこにいるイシカワはその作戦に参加するために急いでいたところを運悪く飛獣とカチあったってわけだ。そして、その作戦ってのがランクB以上は強制参加となる緊急依頼で、当然俺たちにも参加義務がある。知った以上はな」


 それはハンターギルドに属しているのであれば決して無視できない依頼の類だ。

 知っていたにもかかわらず参加しなかったことが後で明らかになれば、厳重な罰則が下されることもある。そうでなくとも臆病者の誹りは免れないだろう。それを避けるために伝達した相手を秘密裏に処分するクラン等も存在するくらいだ。

 もっとも風の機師団は当然そんな拒否をすることはない。ハンターである以上、この竜雲海に生きる人間である以上、彼らはその依頼を受けなければならないと理解しているし、自ら挑もうという気概も有している。

 ましてやジアード天領の惨状を目の当たりにし、マガリの悲痛な声を聞いた彼らにとってはなおさらだった。


「風の機師団も当然参加する。いいか。こいつは誰かを救うための戦いじゃねえ。人間という種がこの世界で生き残るための戦いだ。そして、そのための力が俺たちにはある。ならやるこたぁ決まってる。そうだなテメェら!」


 ギアの掛け声に室内の全員から「応」との声が響き渡る。人類と飛獣。この世界では古くよりその二つの存在が生存を賭けて争っており、その最もたるは天空島を巡る争いだった。己の生存圏である天空島の防衛はこの世界の人類にとっての至上命題なのだ。故に各々の戦意は高く、ルッタもその眼にも闘争の光を宿して声をあげていた。


 それから五日後、急ピッチで竜雲海を突き進み続けたタイフーン号はジナン大天領へと到着した。そして、そこには多数のハンタークランが集まっており、港町はこれまでに立ち寄ったどこよりも荒々しく、これ以上くらいに殺気立っていたのであった。

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