012 カイゼル石川
飛獣との戦闘はルッタたちが介入したことですぐさま終息することとなった。
元々リリの見立てではパイルバンカーの機体だけでも討伐可能な状況だったわけで、ルッタたちの参戦で早期に決着が着くのは当然ではあった。寂しがりやの三十代が孤独に戦うことに耐えきれなくなっただけなのだ。
ともあれルッタとリリの連携とシーリスの援護射撃が加わったことでパイルバンカーの機体は意気揚々と最後の飛獣をも仕留め、それから戻る船がそばにないと相談されたことで、一時的にタイフーン号に乗せることになったのだった。そして……
「ハァー。助かりましたわホンマ」
ガレージに収容されたパイルバンカーの機体から出てきたのは、黒髪の陽気そうな、三十代前後に見えるモンゴロイド風のおっさんであった。その姿はルッタの目にはコーシローと同じ日本人であるように見え、そしてコーシローの方はといえば目を丸くしておりてきた男の方を見て「やっぱりそうだ」と声をあげた。
「まさかとは思ったけどカイゼル石川さんじゃないか!?」
「ん、俺の名前を知ってる? そんなに有名になった覚えはないんだけどな。って、もしかしてアンタ日本人か?」
カイゼル石川と呼ばれた男が目をパチクリとさせながら問い返すとコーシローが頷いた。
「そうです。ハハハ、まさかあのカイゼル石川さんもこっちに来てるなんて……すごい偶然もあったもんだなぁ」
「おいおい、そりゃこっちのセリフだぜ。俺の名前を知ってるってことはアサルトセルのプレイヤーだろ。こんなとこにもいるとはな。世界ってのは狭いぜ。異世界だけど」
カイゼル石川とコーシローがそんなやり取りをし始めて周囲が呆然と見ている中、ルッタはその男を己が知っていることに気が付いた。
(カイゼル石川。カイゼル石川か。ああ、風見一樹の記憶の中にいる人物だな。だから俺には覚えがないのに機体の動きに既視感があったわけか)
カイゼル石川の名前はルッタの前世である風見一樹の記憶の中に存在していた。
世界ランキングは最高八十二位。攻撃手段がパイルバンカーのみという近接特化のネタビルド『ヘッジホッグ』で世界ランカーになるという偉業を達成した変態である。そして風見一樹の死んだ大会では一緒に壇上にいたリアル
の顔見知りでもあった。
「コーシロー、こいつのこと知ってんのか?」
「同郷だよシーリスさん。なるほど。カイゼル石川さんならさっきの戦闘も納得だ。パイルバンカーにますます磨きがかかってますね」
「おうよ。この世界は現実でゲームとは違って制限がないからな。ゲームでは両手にしか使えないパイルバンカーが足にも付けられるようになったことで俺は実質ゲームの二倍強くなったってぇわけだ。現実サイコー異世界サイコーってなもんよ」
カイゼル石川がカカカと笑う。先ほどヘルプミーと助けを求めていた男とは思えないテンションである。
「それで、なんでカイゼル石川さんはあんなところでひとりで戦ってたんです? 縛りプレイ?」
「いやいや、現実で縛りプレイなんてしねーよ。さっきの飛獣の大群がウチの船に迫ってきたからよー。俺がひとりで足止めしてたんだよ。後で追いついて合流するつもりだったんだが、随分と距離が空いちまってなー」
そう言ってカイゼル石川が肩をすくめた。竜雲海上ではアーマーダイバーに燃料切れはなく、単独で次の天領まで辿り着くことは実際可能ではある。狭いコックピットの中で航路を間違えず、飛獣の群れと遭遇しなければだが。
「カイゼル石川さんか。コーシローの知り合いってんなら問題はなさそうだが、ちと話を聞かせてもらっていいかい」
ガレージにやってきた副長のラニーに「了解」とカイゼル石川が頷いた。
「けど、その前にだ」
そう言ってカイゼル石川がリリの前まで歩いていく。
その様子に周囲が眉をひそめ、リリも目を細めてカイゼル石川を見た。
「何?」
「なあ。そこの銀髪の美少女さん。もしかしてさ」
そしてカイゼル石川はどこか確信めいた表情をしてリリに対してこう口にする。
「アンタが俺のヒロインかい?」
「気持ちが悪いわ」
「歳考えた方がいいよおじさん」
「グアッ」
物語と違って現実では三十のおっさんが十五歳相当の少女にそのように尋ねるのは普通に事案である……というのは異世界でも変わらない。そのことを知ったカイゼル石川はまたひとつ賢くなったのであった。
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豆知識:
異世界転移者のごく一部には自分が主人公だったり、チート能力を持っていたり、運命のヒロインがいると思い込んでいる現実逃避者が存在するが、特にそういうことはなく、彼らはただの哀れな遭難者であるというのが一般的な見方である。
※カイゼル石川さんは実際ロリコンですが、以降は特にリリに執着することはないどころかタイフーン号では女性陣全般から避けられることになるのでご安心ください。
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