009 解き放たれた弾丸

「は、ははは」


 そこは確かに戦場だった。

 銃弾飛び交い、たったひとつのミスが己の、或いは仲間の命をも奪う非情な空間。けれどもそんな中でルッタ・レゾンは笑っていた。


「ああ、これだよ。これ」


 ただ笑っていた。ブルーバレットのコクピットの中で歓喜の笑みを浮かべていた。そして、まるで舞うかの如く銃弾の雨を避けながら、平野を駆け、魔導剣を振るう。


「こういうのがやりたかったんだよ!」


 アームグリップとフットペダルをあり得ぬほどに小刻みに動かしているルッタの全身からは大量の汗が流れ出していた。

 繊細かつ高速な操作、超人的な精神集中、揺れるコクピットの中を小さな体でホールドし続ける体力。ダイバースーツも装備してない子供の身ではあまりにも激し過ぎる運動量だが、ルッタは今充実していた。


「それに訓練通り、弾道もしっかりと読めてる」


 アーマーダイバーには周囲の魔力を感知し、中距離程度までのアーマーダイバーや飛獣の位置、及び魔導銃の反応を表示する機能まで備わっている。加えて機体頭部の水晶眼を通した目視確認もできる。

 ルッタはそれらの情報を総合的に読み取り、弾道予測を行なってゴーラ武天領軍の機体の攻撃を回避し続けていた。


「無駄じゃなかったな、この四年間は!」


 そうした動きが可能なのはアサルトセルの操作をアーマーダイバーでできるようにと前世の記憶が目覚めた後の四年間、仕事の合間にきっちりと訓練し続けてきたからだ。頭の中で組み立ててきたアーマーダイバーの動作が今ガッチリとルッタの中ではまり、その成果が花開きつつあった。


『なんだ、あいつは?』

『なぜ当たらん。ギフテッドか!?』


 そんなルッタの動きが並大抵の技量でできるものでないのはゴーラ武天領軍の乗り手たちの動揺からも明らかだ。

 なお彼らの言うギフテッドとは生れつき、或いは後天的に得た『ギフト』という特殊能力の持ち主の呼称だが、残念ながらルッタはそうした存在ではない。

 両親もただの平民で、ルッタ自身も量産機が操縦できるギリギリの資質しか持たない、表向きはただの子供なのだ。ギフトなど持っていないし、特別な能力なども有していない。

 ただルッタには前世の記憶があった。特に『アサルトセル』というゲームの記憶は魂に深く刻まれていた。

 風見一樹という青年がプレイしていたロボットゲーム『アサルトセル』。そのゲームエンジンである『スーパーリアルエンジン9』は極めて現実に近い物理法則を再現できることが売りだった。

 ロボットも現実離れした出力機関などの一部を除けば機体構造もリアルと遜色なく、実際の兵器データをアップロードしてシミュレーションすることすら可能なシロモノだったのだ。そこはハヴォッ■神の加護など存在しないリアルな物理法則が支配する世界だ。風見一樹はそんなゲームの頂点のひとりだった。

 そしてこのゲームの特性から考えれば、世界ランカーという存在は例え現実でもロボットに乗りさえすれば戦場で無双できるのでは? という噂がネット内ではあったが、図らずともルッタがそれを事実だと証明することとなった。


『ぐぁああああ』


 銃弾の雨をくぐり抜けてルッタは残り三機の内一機を斬り裂き、倒した機体から奪った魔導銃で別の機体を撃とうとしたが


「え、なんで?」


 ブルーバレットがトリガーを引いても魔鋼弾は射出されなかった。


『出るわけがないだろうに。素人か?』

「ああ、そういやそういう仕様だったっけ?」


 直接魔力を流し込めば動作する魔導剣と違い、魔導銃は弾丸召喚という体を用いて生み出しているために紐づけられた召喚主しか撃つことができない。利用するには自身の機体を経由して魔鋼弾を再召喚する必要があるのだが、実戦経験のないルッタはそれを忘れていた。


「けど、剣で十分」

『グッ、うわぁああ!?』


 それでもルッタにとってその程度のことはピンチにも入らない。即座に魔導銃を手放して攻撃を魔導剣に戻すと接近してきた機体を貫き、直後に放たれたジハルト機の銃撃をかわしながら距離を取った。


「銃は使えない。でも相手の方も弾数は……もうないよな?」


 ルッタがそう呟く。

 ここまでルッタは相手の放った弾数を漏らさず数えており、すでに相手の残弾がゼロだと把握していた。

 魔導銃のマガジンは召喚術式によって魔鋼弾を生成する機能と召喚した魔鋼弾を保持する機能を有しており、マガジンひとつに二十発、予備含め計四十発の所持が限界だ。これが竜雲海上なら自動召喚で素早く補充することも可能だが、魔力の薄い天空島上では戦闘中の再召喚は時間がかかる。


「となればここからは斬り合いか」

『つぇえええいいい!』


 そしてルッタのブルーバレットとジハルド機が同時に駆け出し、次の瞬間には魔導剣の刃と刃が激突した。

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