【大会準備・運営】春のデスゲームアルバイトスタッフ募集……!?
易井どらゴン
第1話 船上
ぬるい潮風が頬を撫でて通り抜けていく。
大きな波が船体に当たって砕け、高みへと飛んだ飛沫がキラキラと煌めいて、甲板にいた僕に降りかかった。
あと1時間もすれば島の港に着くことが出来るだろう。
いや…
着いてしまう、と言う方が正しいのだろうか。
暖かい日差しを放つ太陽とは裏腹に、不機嫌な波は何度も船にぶつかって咆哮をあげ、僕の不安を煽った。
早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、僕は目を閉じ、大きく息を吸った。感傷的な気分を振り払う。
大丈夫。きっと上手くやれる。
そう心の中で唱えてから、
ゆっくりと、深く、息を吐き出した。
目を開いて辺りを見渡すと、広い甲板には数十名の男女が立っている。
皆年齢も体格も違うが、それぞれに緊張や不安の表情を浮かべて、ただ一点を見つめている。
みんなの目線の先は、これから、普通とは少し違う“ゲーム”が開催される島だ。
僕らの乗った船は、そこへ向かっている。
ふと、雑踏の中に1人だけ、他とは違う雰囲気を放つ人物を見つけた。妙に清潔感のある太った中年の男で、黒いTシャツには「魅せるデスゲーム」という文字がデカデカとプリントされている。男は迷いの無い足取りでこちらへ距離を詰め、僕の目の前にやって来たその瞬間――
ドン。
派手な音を立てて、男は甲板に倒れ伏した。
音に気づいた周囲の視線が僕と、僕の目の前に倒れた男に集まる。
「えっと…」
突然の出来事に戸惑いながらも、顔を覗き込み、男の様子を伺う。
「大丈夫、ですか?」
「…ひ」
震える声で男が呟いたが、よく聞こえなかった。
「ひ?」
なんですって?と訊く僕に、男は立ち上がって、声を上げた。
「ひどいじゃないか!」
「え?」
「か弱いオヤジを転ばせて恥をかかせるなんて!悪逆非道にも程があるだろ!」
「えっ!?いやいやいや僕知りませんよ!貴方が勝手に転んだだけでしょう!?」
「あっ!…君、バイト?バイトの高校生の子だよね?」
僕の話など聞いていないかのように、男は別の話題を振ってきた。
「そ、そうですよ。
たじろぎつつもそう答えると、男の目が輝き出した。
「やっぱりそうか!いやぁ〜来てくれてありがとう!急にスタッフが来れなくなったものだから、困ってたんだ!ただでさえ予算が少なくて、人手不足だし、君が来てくれなかったらどうなっていたことか…」
ガシッと勢いよく腕を掴まれる。
「レイジくん、君は私たちの救世主だよ!」
「…そりゃ良かったです」
ヤバい人に絡まれてしまった。
握られた腕が痛いし、僕は相当ひきつった顔をしてるんじゃないだろうか。
「名乗り遅れてしまったね。私は今回のゲームのディレクター、
マジか。この変なおじさん、よりにもよって現場の偉い人だった。
「じゃあ、早速質問いいですか?」
「おっ!レイジくんは何が聞きたいのかな?」
飯田さんは僕に頼られるのが嬉しくて仕方がない、というような様子でウキウキしている。
率直に、聞きたいことを訊ねた。
「僕、デスゲームってニュースでしか聞いた事ないし、よく知らなくって。デスゲームのこと教えて欲しいです」
「うんうん、人気の割に界隈の外では知名度低いよね、デスゲーム。でも難しいことは何もないんだよ。
参加者を徴集して、お客さんに賭けて貰って、賭けた参加者が生き残ったらアタリ。娯楽福祉省が関わってるんだけど、貴賤相乗とか、中学の社会で少し勉強しなかった?」
「…しました、けど」
「忘れちゃった?」
「思いっきり忘れました」
全く覚えてない。娯楽福祉省なんてテストにも全然出ないし、現役の中学生ですら誰も覚えてないだろう。
「ははは、レイジくんってハッキリ物言うね?いいでしょう、ここはデスゲーム業界のプロとして!しっかり!みっちり!教えて差し上げましょう!」
「…うわ、話長そう」
「えっ今話長そうって言った!?言ったよね!?」
しまった。心の声が言葉に出ていた。
「さっきからこの子まあまあ失礼だな!?言葉遣いとか!?
飯田さんは声を張り上げるが、それに応える人は見当たらない。
そういえば、一時は僕達2人に注目を注いでいた周りのスタッフさん達は、いつの間にか興味を失っているようだった。
「タツミさん…って、僕のこと無理やり勧誘してきた人ですか?」
「うん、うん?そう、このままじゃどうしても人手が足りなくなるから、1人雇ってきてって頼んで…ってうわ!」
「誰でもいいって言ったのは飯田サンでしょ〜?」
気がつけば、僕と飯田さんの間に、若い背の高い男性が立っていた。気配を感じさせない歩き方や青白く痩せた顔は幽霊を思わせる。
「うわぁ!今朝僕をしつこく勧誘してきた人ぉ!」
「ど〜も」
「確かに誰でもいいから連れてきてくれ、と言ったのは私だが、その、最低限のマナーは守れる人が良かったんだけど?」
飯田さんが苦言を呈す。
もっともな意見だと思う。
僕は場を弁えるとか、そういうのが得意じゃない。
心の中で思った指摘を、つい口に出さずにはいられないときがある。
誰かがこれを分かってくれるとは思っていないけど。
「いいじゃないですか、彼ぇ。滑舌良いし」
「滑舌の良さと最低限のマナーは関係なくない…?」
「飯田サンも彼が来てくれて助かってるでしょ〜ぅ?」
「うーん、そうだけど」
「突発でバイトしてくれるって暇そうな人を捕まえてきた俺のことを少しは褒めてくれて良いでしょ〜ぅ」
言い争う2人を遮って、僕は頭を下げた。
「す、すみません!言葉遣いは下手ですけど、お、お仕事の方は!バリバリ頑張るので!どうか!やらせてください!」
「ほら〜ぁ、仕事ちゃんとやってくれそうだよ〜ぉ?」
勧誘してきた人…タツミさんがフォローを入れてくれる。
「そうだな。そこまで言ってくれるのなら、今日は一日、頑張って貰おうかな。ていうかどちらにせよ、もう船に乗っちゃってるしね…」
「あはは〜、どうしようもなかったら、デスゲームの方に当日参加させちゃえば良いんですよ〜ぉ」
「エッ…」
背筋がヒヤリとした。
「お〜っ?バイトく〜ん、ビビってる〜ぅ?」
「タツミくん、やめてあげなさい。レイジくんはデスゲームのことよく知らないんだ。レイジくん、今のはただのジョークだからね。」
「ビックリしましたよ!!!!!」
「声でか〜ぁ」
「もうすぐ港に着く頃合だ。デスゲームの話も向こうで教えてあげるから、一旦降りる準備をしようか。」
船の前方には緑に包まれた島が迫っている。
いつしか荒波は大人しくなり、僕の不安も和らいでいた。
「…」
これからこの島で、世にも恐ろしい“デスゲーム”――の、裏方を勤めるのだ。
頬をペチンと叩いて気合いを入れ、僕は飯田さん達に続いて、船を降りる準備を始めた。
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