第145話 現実世界の異変
アメリカ本社の社長は紙をデスクに置くと、手を出して握手を求めてきた。
「ミスター服部、これは本社から直々に出した辞令だ。突然受けてくれるだろう?」
目の前でニコニコと笑っているやつの手を握れば俺は一生奴隷になるだろう。マリアンヌの隣にいる元部長はずっと睨んでいる。
「これは受けなければいけないやつですか? 私は奴隷になるつもりはありません」
俺の言葉に社長は笑っていた。誰だって奴隷にはなりたくないだろう。
「君は私の奴隷じゃなくて戦友だ。私のために一緒に戦ってくれるか?」
実際に俺が昇進を受け入れることで、部長からの雑用は減り仕事はしやすくなるだろう。
他の部署は俺が思っていたよりもホワイトだったのだ。だったら俺が部長になることで、この部署全体が良い方向に変わるだろう。
働くためのスキルはだいぶ身についたから、いつでも転職は可能だ。
「では、お受けいたします」
俺は社長の手を握ると、一瞬何かが手にまとわりつくような嫌な感じがした。
その瞬間マリアンヌが拍手をすると、次々と拍手が鳴り響く。俺が昇進することで変化を喜ぶ人達だろう。それは桃乃も同様だ。
「契約完了」
社長が何かを呟いたような気がしたが、内容までは聞き取れない。きっと労いの言葉だろうか。
「では、私達は失礼するよ」
ひとこと言って社長はオフィスから出て行く。
「ミスター服部、これからも
マリアンヌの言っていたことが、気になるが長く働いて欲しいってことなんだろう。
しかし、さっきの手の違和感はなんだろうか。俺はハンカチを取り出し、軽く拭き取ると嫌な感じはなくなっていた。
「先輩! いや、服部部長よろしくお願いします」
こういうところが桃乃の可愛いところだ。桃乃に合わせて他の人達にもお祝いの言葉がかけられる。
改めて俺がこの部署をどうにか変えていくべきだと実感する。
「服部……いや、部長……」
そんな中、魂が抜けたような姿の元部長が声をかけてきた。その姿からはオーラを失い、何も感じない人になっている。
「どうしました?」
「体調が優れないので今日は早退します」
急な降格に本人もまだ受け入れられないのだろう。それでも仕事を引き継がなければならないこともある。
「仕事の引き継ぎがあるので、それだけ教えてもらえませんか?」
「ああ」
元部長は自身のデスクに行くとパソコンを起動させた。
「ここに全部あるから大丈夫だと思います」
USBを挿すとパソコン内にあったファイルをコピーして俺に差し出す。元部長はふらふらとしながら自宅に帰って行く。
その姿は出社したときとは全くの別人になっていた。
「大丈夫ですかね?」
「あれは自業自得だろ」
今までやってきたパワハラやセクハラが、違う形で返ってきたのだろう。
俺はデスクに戻り、部長から預かったデータをパソコンの中に入れた。部長からもらったデータの中身を見ると、俺は驚いて手が止まってしまった。
「先輩どうしたんですか?」
「俺達って本当にあの人の奴隷みたいだったんだな」
その資料は月毎に分かれており、名前とその隣には任せた仕事の割り振りが全て記載してあった。
終わったものに関しては横線で消してあり、俺と桃乃の数は膨大な量になっている。
「この柿谷って……」
その中で唯一割り振りが少ない人物がいた。しかし、その名前を見ても俺は誰なのか思い出せないでいた。
「ああ、元部長って確か柿谷って名字ですよ。みんな部長としか呼ばないので忘れちゃいますよね」
どうやら元部長は柿谷という名字だったらしい。今になって名前をしっかり認識した。
嫌な人の名前を覚えるつもりは全くないが、あの人だけ俺の10分の1ぐらいしか仕事をしていなかった。
「これだけ仕事をしていなかったら、そりゃーゲームする時間があるよな」
仕事中に別のことをしていた部長はよくパソコンでオンラインのカードゲームをしていた。そのことにみんなは気づいていたが、誰一人として注意しなかった。
嫌がらせのように仕事が増えるのが嫌だったのだろう。
「詳しい引き継ぎも終わってないし、今振り分けているものは終わらせてから今後のことを考えようか」
俺はUSBの中身を消去し、部長のデスクに片づけた。大事なデータもあるかもしれないと思い、俺はハンカチを取り出してわかりやすいように包むことにした。
「先輩何か落ちましたよ?」
ハンカチを取り出した際に、何かが落ちたのか桃乃の方へコロコロと転がって行く。桃乃はそれを拾うと俺に渡してきた。
「なんだこれ……」
拾った物を手のひらで受け取る。
そこには俺のしらない黒色の真珠のようなものがあった。
「ブラックパールですか?」
「ああ、多分そうなの……えっ!?」
俺は突然の出来事で驚いた。まさか現実世界でこれを見るとは思いもしなかったのだ。
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《奴隷の黒真珠》
効果 奴隷魔法が込められた真珠。
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現実世界では見ることがなかった鑑定のウィンドウが出現していた。
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