第57話 新しい魔法

 俺達は今回の討伐対象であるトレントを探すことにした。トレントと言えば一般的に聞く姿なら木に擬態している魔物だろう。


 そんなわけで森の中を歩いているが、やはり擬態しているからかトレントの姿は見えない。


 現れるのはゴブリンとポイズンスネークばかりで、俺達は魔物を狩りまくっていた。


 そして、俺も桃乃も自分達の力に戸惑っていた。


「……」


「……」


 ゴブリンが豆腐のように弱くなっていたからだ。RPGの序盤で最強の武器を手に入れた感覚に近い。


「あのー、先輩めちゃくちゃ強いですね」


「いや、ももちゃんも結構残酷な魔法使ってるよ?」


 血の海に横たわっているゴブリン達を回収していると、遠くからいつものように犬の鳴き声が聞こえてくる。


「あっ、おーいー……?」


 コボルト達はすぐに近付かず遠くで見つめている。いつもなら尻尾を振って飛びついてきたが、どこか警戒しているようだ。


 回収を終えた桃乃がその場で固まっている俺に近づいて来た。


「先輩どうしたんですか?」


「桃乃に嫌われたと思ったのに、コボルトにも嫌われた……?」


「いやいや、私嫌ってないですからね」


 桃乃のツッコミに俺はニヤリと笑う。


 このキャラを今後もやろうと思ったが、コボルト達が未だに近づいて来ないことに戸惑っている。


「おーい、俺達臭くないぞー」


 もう直接伝えるしかない。今来たばかりだから臭くない……はずだ。


 異世界の時間が止まっていたら、流石にコボルトは俺達が臭いと認識しているだろう。現に異世界に来た瞬間にゴブリン達が襲って来た。


 あの時のゴブリンは、前回追いかけてきた魔物の群れだろう。


 しばらくコボルト達が来るのを待っていると、少しずつ詰め寄ってきた。


「ガウガウ!」


 遂に近くまで来た時に臭いがしないことに気づいたのだろう。


 コボルト達はいつものように飛びかかるように寄ってきた。


 そういえば、こいつら狂犬病を持っていたのを忘れてた。


 どうにかワクチンを持って来れたらいいが、現実世界から持って来れないのでどうしようもない。ポケットに入れても限度があるし、そもそも購入できるかもわからない。


「コボルト達が寄ってくるようになってよかったですね」


「グルルル」


 桃乃がコボルトを撫でようと手を近づけるが、コボルトは威嚇していた。俺はきっと今ドヤ顔になっているだろう。


「そういえば、先輩は今回何に投資したんですか?」


 俺は基礎能力を伸ばすのを優先したことを伝え、手に持ってた分配報酬で手に入れた武器を見せつけた。


「スコップの次は鋸ですか」


 俺はギリッと桃乃を睨む。それは俺が言いたいことだ。


 なぜ、スコップから鋸なのか。できれば強くてかっこいい武器がよかった。


「桃乃は風属性魔法だけか?」


 聞いて欲しそうな桃乃を見て仕方なく・・・・聴くことにした。


「それがですね……あと回復魔法も覚えました」


 風属性のみだと思ったら、あると便利な回復魔法も覚えていた。


――"回復魔法"


 俺は神光智慧大天使ウリエルの力によってあることを思い出した。


「解毒魔法って使えるか?」


 ポイズンスネークのときに使った解毒ポーションと同様の効果を持っている魔法だ。


「解毒魔法なら使えますよ。今使えるのは回復と解毒のみですしね」


 桃乃はまさかの解毒魔法が使えた。今回使えるか確認したいのはここにいるコボルト達のためだ。


 異世界の犬"コボルト"は絶対狂犬病・・・を持っている。


 俺の自動鑑定で既にわかっていることだが、神光智慧大天使ウリエルによって狂犬病の治療に解毒魔法が効くことがわかっている。


 解毒ポーションでも同様の効果を得られるが、現在手持ちは1本しかないのが問題だった。


 治せても1体だけだったのが、桃乃が解毒魔法を使えるだけでコボルト達を助けられる可能性がある。


 狂犬病は狂犬病ウイルスに感染してから、通常の潜伏期間は1ヶ月から3ヶ月、長い場合には1年や2年潜伏期間があるとされている。


 最終的には呼吸障害により100%死ぬと言われている。


 そう、100・・・%死んでしまうのだ。


 俺は桃乃にコボルト達が狂犬病ウイルスを持っていること、解毒魔法が効果あることを伝えた。


「それなら治さないといけないですね」


 桃乃も家で犬を飼っているからこそ、この病気の怖さを理解している。


「異世界に来た瞬間にゴブリンが目の前にいて、遠くにコボルトがいるってことはやっぱり私達がいない時は時間が止まっているってことですよね?」


 俺達がこの世界に長くいればいるほど、コボルト達の寿命は短くなってしまう。


 今は俺の魔性の手によって昇天しているが、一緒にいる時間が長くなるほど死を引き寄せてしまう。そんなことも知らずにコボルトは呑気にお腹を出して、尻尾を大きく振っていた。


「じゃあ、試しにやってみますね」


 桃乃は杖をコボルトに向けて集中していると、次第に杖に光が集まりコボルトに飛んでいく。


「ガウ?」


 突然光が近づいて来たことに驚いているが、痛みはないのだろう。


 むしろ、そのまま俺の魔性の手に遊ばれている。


 俺は自動鑑定でコボルトを見ると、涙が溢れそうになった。


 狂犬病・・・という忌々しい文字が消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る