第44話 ひとつ屋根の下
「先輩、今度の休みに異世界に行きませんか?」
ついに桃乃から誘われ異世界への冒険……いや、副業の誘いがあり家に泊まっている。
まさか俺の家に女性がノコノコと泊まりに来るとは思いもしなかった。しかも、ちゃんとお泊まり用のパジャマも持参していた。
「先輩いつまでそこにいるんですか?」
「あっ……はい」
なるべく桃乃の近くに近づかないようにしている。男女同じ家の中で間違いが起きたら大変なことになるからだ。
しかも、同じ会社だから厄介極まりない。
桃乃はテーブルにたくさんの料理を置いていく。泊まるお礼に料理をすると言って、会社の帰りに一緒に材料を買ってきた。
側から見たら仕事帰りに買い物をしているカップルに見えていただろう。
俺は言われたまま椅子に座ると、ご飯とお味噌汁が置かれた。
「何が好物か分からなかったので、たくさん作っちゃいました」
ポテトサラダに唐揚げ、肉じゃがや切り干し大根、里芋の煮っ転がしと和食が揃っている。
「頂きます!」
手を合わせてからさっそく口に入れる。あまりの美味しさに自然と微笑んでしまう。
「美味しいですか?」
桃乃の声に俺は大きく頷く。本当にどれを食べても美味しいのだ。次から次へと俺のお腹は満たされていく。
「ふふ、よかったです」
美味しくできたことに安心したのか、桃乃は嬉しそうに笑っていた。
♢
「先輩準備できました」
桃乃はしっかりと動きやすいようにスポーツウェアを着ている。
一方の俺は眠たくて頭が働かない。さすがに違う部屋に寝ていたが、同じ屋根の下で何が起こるかわからない。
そんなことを思っていた俺は馬鹿だった。
何も起こるはずがないのだ。目を擦りながら俺も着替える。
桃乃は以前スーツを着ていたため、それよりは動きやすいだろう。真面目な桃乃らしい格好だ。
反対に俺は汚れてもいい服と安全靴だ。異世界ではスコップを振り回すため、見た目は完全に危ない農家のおじさんだ。
桃乃を助けてから日付は経過し、それに合わせて俺も穴に入らないようにしていた。
そこまで株価が下がったわけでもなく、買い増しするにも勿体ないと思ったからだ。
桃乃をサポートするには、俺自身のステータスが足りないと気づいた。実際に異世界の中で一番強いのはコボルトだ。
走ってもきっとあいつらに負けてしまう。そのためには、単純に足りないステータスを補う必要があった。
そのため積み立てている投資信託を多めに買い増し、あとはいつも買っている情報技術セクターの株価が下がったタイミングで少しだけ追加購入した。
桃乃は俺の話から"公共事業"セクターのETFと前から気になっていた個別株を少し買ったらしい。個別株に手を出すのはまだ早い気もするが、投資は個人の自由だ。
ちなみに投資信託は積み立て分だけしか投資していないらしく、ステータスは低い可能性があるから注意が必要になる。
「よし、行こうか!」
しっかり朝ごはんも食べ、トイレも済ましてから玄関に行くとインターホンが鳴った。
「あっ、私が出ますね」
「あれ、最近何か買ったかな?」
俺はスマホでメールを確認するが、何も買った覚えはない。俺は気になって玄関に行くと桃乃が誰かと話している。
その声を聞いて俺はハッとした。
「私会社の後輩なんですよ」
「あら、彼女だったらお節介かなって思ったけど、それならよかったわ。ちょうど多めに作ったからよかったら食べてね」
声からして隣に住むおばさんだ。なぜか異世界に行く日によく会う気がするが、俺の勘違いだろうか。
それにしても桃乃のコミュニケーション能力の高さに驚きだ。
初めて会ったおばさんと楽しそうに話している。
「あっ、おばさん。こんにちは!」
俺は桃乃と話しているおばさんに声をかけた。
「慧くんこんにちは! 今日も作りすぎたから持ってきたわよ」
どうやら今回はいつもより多めにオカズを持ってきているようだ。前までは袋一つだったのに、二つも持っている。
「毎回すみません。おばさんのご飯美味しいから一人暮らしには助かります」
俺がおばさんにお礼を伝えると、彼女も満更ではない表情をしていた。
この前は長期休みなのに子供達が帰省して来ないと文句を言っていた。昔から面倒を見ていた俺のことも家族みたいな存在らしい。
「私が好きでやってるだけだから良いのよ! あなたもよかったら食べてね」
おばさんは桃乃を軽く叩いていた。あのおばさんは軽くって言っても結構強いからな。
「ありがとうございます」
案の定おばさんの急な攻撃に桃乃はふらついている。一緒に鍛える必要性がありそうだ。
「じゃあ、今日も頑張ってね!
おばさんはそう言って帰って行った。
「やっぱおばさんって力ありますね」
「長年主婦してるだけあるよな。あの人肝っ玉母ちゃんって感じだもんな」
俺は桃乃と笑いながらオカズを冷蔵庫に入れた。冷蔵庫の中には、昨日作った残り物も含めてタッパーで溢れている。
「先輩は色々な女性にモテますよね。どうせ、私なんか意識もしていないだろうな」
「ん? 何か言ったか?」
俺は作業をしていたからか、桃乃が何を言っていたのか聞こえなかった。
再び準備を終えた俺達は庭に向かう。あの時おばさんが言っていた言葉も、その時はまだ気付けないでいた。
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