第31話 静かな一軒家 ※桃乃視点
私は会社の笹寺さんとともに先輩を抱えて、先輩の自宅の前にいた。
「先輩着きましたよ!」
声をかけるが起きる様子もなく、すやすやとまだ寝ている。どうやら飲みすぎて寝てしまったのだろう。これだけ酔っ払う先輩は珍しいと同僚の笹寺さんが言っていた。
私は門の扉を開けて中に入ると、なぜか庭が気になり立ち止まった。そこには大きく空いた
なぜか私はその穴に惹かれる何かを感じていた。どこか私を呼んでいる気がした。
「ももちゃん扉を開けてくれ」
私は急いで先輩の鞄から鍵を取り出す。笹寺さんは運ぶのに気を取られて、あの穴に気づかなかったのだろうか。
そういえば先輩から穴の影響で変わったと居酒屋で聞いた。酔っていたため笹寺さんの言うように、女性関係だと思っていたが、先輩は恋人の話をするような人ではなかった。
以前も飲みに行って酔っ払っても、あまりプライベートの話をしなかった。むしろ聞き役になることが多い。
玄関の扉を開けると家から冷たい空気が流れていた。夜中に帰ってきたから静かなのかと思ったが、それでも家の中からは先輩以外は誰も住んでいないように感じた。
「んー……気持ち悪い……」
そんなことを思っていると、隣からよからぬ声が聞こえた。嗚咽とゲップを繰り返して今にも大変なことになりそうだ。
「えっ、ちょっと先輩待ってくださいよ」
私は先輩の靴を脱がす。ビジネスシューズって意外に脱がせにくく、暇を解いている時に声が聞こえてきた。
「だめだ……限界……」
笹寺さんは急いで先輩をトイレに連れて行く。少し足をぶつけた気もするが酔っていて気づかないだろう。
いつもは仕事で頼りになる先輩の姿を見ていたが、こんな姿を見ると改めて同じ人間なんだと実感する。
先輩が変わり始めたのは半年前だった。それまでは部長にこき使われ、私とよくオフィスに残って仕事をしていた。
そんな先輩が、次第に仕事のスピードが早くなり、今じゃ定時には帰るぐらいだ。
どんどん成長する先輩にどこか嫉妬と尊敬を感じ、最近は部長からの嫌がらせに助けを出してくれる唯一の存在だ。
「先輩少し待っててください」
私は先輩を笹寺さんに任せて台所に向かった。少ないコップやお皿を見て、先輩が1人で大きな家に住んでいることを知った。
コップにお水を入れ、先輩の元に戻ると吐き終えた後なのか、便器を抱えてぐったりとしている。
「あー、もらいゲロしそうだわ」
吐くところを見ていた笹寺さんも気持ち悪そうな顔をしていた。
「先輩のスーツ脱がしますね! あとお水で口を濯いでください」
少し嘔吐物がついたスーツの上着を脱がし、先輩に飲ませるように笹寺さんにコップを渡した。
私は汚れたスーツを拭き取り先輩が寝ている寝室を探す。やはり声を出しても特に他の人がいる気配はしない。
恐る恐る部屋の扉をゆっくり開けながら確認すると誰か住んでいる様子はなく、とある部屋を開けた時に予想は現実となった。
「御仏壇か」
そこには夫婦と家族全員で写っている写真が置いてあった。きっとそこにいる男の子は先輩なんだろう。
私は仏壇の前に座り、手を合わせる。
「お邪魔しています。同じ会社に勤めている桃乃と申します。少しだけご自宅の中を見させて頂きますね」
そっと声をかけて部屋を出た。その後も探していると先輩の部屋は一番奥にあった。
殺風景な部屋に置いてあるベッドと机。私は汚れたスーツをハンガーにかけるとトイレにいる先輩のところまで戻った。
「先輩の部屋がわかったので、そこまで連れていきましょうか」
先輩はトイレでそのまま便器を抱えて寝ていた。笹寺さんも少しぐったりとしている。
私は笹寺さんに先輩を部屋まで運んでもらうと、先に自宅に帰ってもらうように伝えた。外でタクシーを待たせているため、さすがにこんな夜中にずっと待ってもらうわけにはいかない。
「じゃあ、ももちゃんに任せるね」
笹寺さんもふらふらとしながら帰って行く。さすがに二人も酔っ払いの相手は勘弁したい。
「先輩脱ぎますよ」
私は先輩のスーツを脱がすと出てくる肌に驚いた。
スーツを着ていてわかりづらかったが、鍛えられた良い体をしている。ただ単純に痩せているのではなく、ジムに通っているかのような体に私はついドキッとしてしまう。
ただでさえ忙しいあの環境で体を鍛える時間を確保しているのだ。
先輩をベットに寝かせると私は1階に向かった。ひとまずソファーに座り休憩をする。
酔いは冷め切っているが、体の疲労感と眠気が次第に襲ってくる。
今日は新たな先輩の一面が見れて、私自身頑張ろうと改めて感じた。
先輩のようになりたい、そんなことを思っているとどこかで誰かが呼んでいるような気がした。
頭の中にはやはり庭にあった穴が気になってチラつく。
「そろそろ帰ろうかな」
私は体を起こそうとしたが、あまりの疲れにソファーから体を起こすことができなかった。
1日の疲れと先輩の面倒を見るのに疲れ、私は知らないうちに目を閉じていた。
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