第26話 最近仲が良いですね?
最近は部長の嫌がらせを回避しながら、普段と同様に仕事をしていた。というよりは自身の仕事スピードが早くなって、部長から任される仕事もそこまで負担に感じなくなってきている。
「桃乃くんちょっといいかな?」
今日もあいつは桃乃を当たり散らかす予定だろう。俺は咄嗟に部長のオーラを感じ取り、デスクに準備していた資料を持って立ち上がった。
「あっ、部長! 資料の確認お願いします! デスクに置いておきますね」
俺は笑みを浮かべながらデスクに資料を置いていく。
早くその仕事を始めないと定時に帰れなくなる量を毎回一気にデスクに置いていくのが最近の日課だ。
以前なら俺が終業に間に合わず、部長が帰ってからデスクに置いていたため、次の日の朝に確認してもらうことが多かった。
それを早めに置くことで仕事を残しておきたくない部長は必死にやっていた。
これが俺の最近の楽しみになっている。今まで散々こき使った仕返しだ。
それでもちゃんと部長の仕事をこなしている俺を褒めてもらいたいぐらいだ。
「服部! またお前は一気に持ってきやがって……定時に帰れないじゃないか」
「部長、まだ時間はありますよ」
俺が嫌味を込めて言うと、部長は資料を読み始めた。
俺ならそんなに時間もかからないが、部長ならあの量だと1時間はかかるだろう。定時まであと1時間は切っている。
これで部長の残業は確定だ。
「部長……要件は?」
「ああ、別に大丈夫だ。戻れ!」
桃乃は部長の前まで来たのに、あっちに行けと手をひらひらと振られていた。今日も無事に桃乃を守ることができた。
「ちょっと、休憩してきます」
俺は桃乃とともにデスクに戻るわけでもなく、オフィスから離れた。
自動販売機の前に休憩しにきたのだ。最近はこのパターンであのオフィスから逃げている。
「ははは、またやってやったぜ」
俺が桃乃に向かって笑うと桃乃も笑っていた。
「先輩助かりました!」
「ももちゃんもすまないな」
俺が出来るのはこれぐらいしかないと、自身の無力さに落ち込みそうだ。
部長をあの席から引きずり下ろせばどうにかなるが、昔からのコネと上司に対する愛想だけは評判良いらしい。伊達に部長をやっているわけではない。
俺は能力を全く見ないこの会社にも嫌気がさしていた。年功序列、上司への機嫌取りは当たり前で、同僚が辞めていくのが理解できる。
そろそろ時間も作ることができたため、転職活動をするタイミングなんだろう。
「先輩、今日飲みにいきませんか?」
「ああ、今日はいつも頑張っているももちゃんのために奢ってあげよう」
俺は桃乃にコーヒーを渡した。桃乃も最近疲れ切っているのだろう。俺に出来ることはこれぐらいしかない。
お金ならこの間、庭にできた異世界である程度稼いでいるからな。
「そうかそうか。今日はお前の奢りなんだな」
後ろから誰かが俺の肩を叩いている。この声に明るいオーラは奴しかいない。
「笹寺は自分で払えよ?」
俺の肩を叩いていたのは笹寺だった。そもそも、明るいオーラで俺に対して友好的なのは会社の中でこの二人ぐらいだ。
「なっ、俺も奢ってくれよ! お前この間稼いでいるって言ってたじゃないか」
なぜか俺の懐事情に敏感だ。庭の異世界について話したことはないはず……。
「俺って何か言ったか?」
笹寺を見ると何とも言えない表情をしていた。
話してもいないのに「何を言っているんだ?」と言っているようだ。
俺は必死に思考を加速して過去を振り返る。
「この前もETFを買い増ししたって言ってたよな?」
「ああ、そうだったな」
本当に庭の異世界について話したのかと思ってヒヤヒヤした。俺に好意を寄せている二人には話してもいいかもしれないが、流石に頭のおかしいやつって認識されるだろう。
「最近業績をあげているやつに言われたくないな」
総務部は営業部からの仕事も回って来るから、俺も笹寺の業績も把握済みだ。
「チクショー! まぁ、俺も混ぜてくれよ! ももちゃんいいだろう?」
なぜか笹寺まで桃乃をももちゃんと呼んでいた。いつの間にか距離感が近くなっていた。
もしかしたら二人は付き合っているのだろうか。
お互い気があるのなら俺はひっそりと帰ることも視野に入れないといけない。
「じゃあ、今日何時に集合にしようか……?」
「営業は何時に終わるんだ?」
俺達は時間の都合を合わせられるが、営業に出ている笹寺は営業の時間によって退社時間が異なる。そのため、笹寺に合わせた方が時間の都合は良いだろう。
「あー、今日は特に営業もないから俺も定時に帰れるぞ」
「ももちゃんはどう?」
俺は定時に帰れるがあとの問題は桃乃だった。部長に任される仕事の量によっては異なる。
「あー、今日は先輩のおかげで部長の仕事はないので大丈夫ですよ」
俺のナイスアシストで桃乃の仕事が増えずに済んだのだろう。
「はぁん? あいつ今度はももちゃんに仕事振ってるのか?」
桃乃の話を聞き笹寺は怒っていた。やっぱりこいつもいい奴だ。
「じゃあ、定時に玄関集合でいいか?」
「オッケー」
俺達は日頃の鬱憤を晴らすために、飲み会の予定を立ててオフィスに戻るのだった。
俺達が戻った時には真っ黒な闇のオーラを放つ部長がこちらを睨んでいた。彼は仕事を終わらせるのに必死に作業をしていたのだろう。
俺と桃乃は笑いが止まらなかった。
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