　白銀の剱（つるぎ）をかまえた増長天に対（たい）峙（じ）して毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）が彊（きよう）梁（りよう）なる宝棒をかまえると二柱の神（かみ）神（がみ）はしばらく双方の双（そう）眸（ぼう）を睥（へい）睨（げい）しあった。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）すなわち知盛が「これはいかに。おじけづくのも詮無いこと」というと増長天すなわち景時は「おじけづきたるはいずれか。あかしてみよ」と咆（ほう）哮（こう）し櫓（ろ）櫂（かい）船（せん）の舳（へ）先（さき）を蹂（じゆう）躙（りん）して太陽の赫（かく）奕（やく）たる穹（きゆう）窿（りゆう）へと翺（こう）翔（しよう）していった。廼（ない）時（じ）に毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）も大船の舳（へ）先（さき）をけって蒼（そう）穹（きゆう）のもとの虚空へと飛（ひ）翔（しよう）してゆく。蒼（そう）白（はく）なる天空にて浮（ふ）游（ゆう）した増長天と毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）は百（ひやく）骸（がい）九（きゆう）竅（きよう）の筋肉を緊張させてたがいの間隙を窺（き）窬（ゆ）した。知盛すなわち毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の風（ふう）丰（ぼう）に『間隙』ができた。千載一遇の時宜であった。さきに攻撃したのは景時の増長天である。白銀の剱（つるぎ）を背後から天空へとかかげ刹那のうちに毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の脳天を截（せつ）断（だん）せんとふりおろした。無論毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）もむざむざころされるわけにはゆかない。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）は彊（きよう）梁（りよう）なる宝棒を横向きにかかげて増長天の剱（つるぎ）をうけた。宝棒と剱（つるぎ）の衝突により界（かい）隈（わい）にまで翡（ひ）翠（すい）色の雷（らい）霆（てい）がきらめく。増長天としても予測済みのことであった。たがいに右腕の自由がきかぬ状態で増長天はひだりの鉄拳を毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の腹（ふつ）腔（こう）にたたきつけた。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の堅（けん）韌（じん）なる甲（かつ）冑（ちゆう）すらもつきやぶって増長天の鉄拳は毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の腹部につきささる。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の肉体は剔（てつ）抉（けつ）され五（ご）臓（ぞう）六（ろつ）腑（ぷ）が露呈される。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）は口（こう）腔（こう）から血（ち）反（へ）吐（ど）をはき剱（つるぎ）を宝棒で防（ぼう）禦（ぎよ）している右手の膂（りよ）力（りよく）がゆるむ。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の腹（ふつ）腔（こう）から鉄拳をぬいた増長天はいまいちど白銀の剱（つるぎ）をふりかざして毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の脳天をかちわらんとする。勝目あり。これが油断となった。毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）は邃（すい）古（こ）の呪文を読（どく）誦（しよう）し霊験あらたかなる左手の宝塔により増長天のまわりを囲（い）繞（じよう）し廻（かい）転（てん）する火（か）焰（えん）の颱（たい）風（ふう）をつくりだした。増長天は刹那のうちに視界がさえぎられいきおいあまってふりおろした剱（つるぎ）も眼前の火（か）焰（えん）をきりさくのみであった。火（か）焰（えん）のむこうがわに毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）はいない。景時はさとった。これが『敗（はい）衄（じく）』なるものかと。予想どおりに増長天の背後の火（か）焰（えん）の絶壁をうちはらって毘（び）沙（しや）門（もん）天（てん）の宝棒が増長天の脳天を打撃した。増長天を操縦する景時は増長天とたましいがつながっているがゆえに増長天とともに意識を喪失する。増長天の肉体はふたたび半透明の文字列となって熄（そく）滅（めつ）され景時は壇ノ浦の穹（きゆう）窿（りゆう）から自分の櫓（ろ）櫂（かい）船（せん）へと墜落していった。