『奇-KISEKI-蹟』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)

第1話

  「Don`t pray, think.――いのるな。かんがえろ」

   パリ・テロ事件のネット上の投稿


『神様。生きたい』と金城ひろはおもった。

 金城は死のうとしていたからだ。

 一九九二年八月。十歳の金城ひろあんたんたる水中でいていた。小学五年生の夏休みにいつだんらんりよしていたかしわざきの大海原で海水浴中の金城ひろは溺死せんとしていたのだ。金城の父親も母親も『かなづち』であるために救助してはくれないだろう。それでもいいと金城はおもった。とうさんやかあさんが死ぬくらいなら自分だけ死のう。同時に金城ひろは生きたいとおもった。めいもうたる水域で体温をうしないつつ金城はいた。一所懸命に呼吸をとめて水面へゆうえいせんとする。肺臓に苦痛がまんし金城はわずかにこうこうをひらく。金城はとつこうから大量のかんすいをすいこんだ。塩辛い海水がこうから肺臓へとちんにゆうしてゆく。金城はりようから胸郭までにしやくねつとうつうをかんじる。いんもうの呼吸器官が炎症をおこしたのだ。こんだくしてゆく意識のなかで金城はいのった。『神様。生きたい』と。ぼうばくたる水面から慈悲深く愛情のこもった『こえ』がきこえた。『なんじのいのちとなんじの愛するものを交換する覚悟はあるか』と。金城ひろあんたんたる水中でこうべをふっておもった。『ならぼくが死にます』と。ようにして金城ひろは諦念しろうこんぱいした肉体をやすめてつつやみの海底へとめとられんとした。である。胸元で『十字』をきりながらプロテスタントの牧師である父親が一所懸命に海中をゆうえいしてきた。みずからが溺死するのを覚悟しているに相違なかった。父親は自分のこうこうから金城ひろこうこうに息吹をあたえ金城ひろを水面へときようどうしてゆく。金城ひろぞうろつの浮力によってせきてきに海面へとほうちやくした。呼吸ができる。世界はこんなにまぶしかったのか。しゆもなく金城ひろは気付いた。『とうさんがいない。とうさんはどこだ。神様。ぼくが死にますって約束したじゃないですか』と。

 翌日父親は溺死体として発見された。

『神など存在しない』と金城ひろは証明せんとしはじめた。 

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