8-11

熱帯、おまじない

あつい、あつい。夏でもないのに。

水分が入り込む隙もない。カラカラに乾いた熱。

私は走っている。息切れと空咳。

手元に携帯電話がある。

耳に当てるがどこにも繋がらない。

呼び出し音だけがずっと鳴っている。

空は真っ赤に染まっている。

奇っ怪な色味は夕焼けの赤ではない。

あの星が熱を放っている。あの、黒い星が。

体中をひび割れさせて、割れ目からメラメラと炎を噴き出して、蜃気楼を生み出している。

火を噴く隕石が。

さっきから白い草原が私の足に絡みついて離れない。

それは雪原の比喩ではない。

強い有色の光の下ではそれらが自然に色を失って生まれたものなのか、塗料を散布して人為的に作ったものなのかわからない。

草花のさざめきが悲鳴のように聞こえる。

私の足取りはだんだん重くなっていく。

道は途絶え、これ以上先がないのだ。

断崖の下を覗き込むと巨大な獣が寝ている。

私はこの生き物を起こしてはならないと思うが、ならばどこへ逃げたらいいというのだ。

さっきより星が迫って来ているように見える。


ああ、あつい。



目覚ましの音で一気に身体の熱が冷める。

私は布団を頭から被ると跳ねる心臓を鎮めるようにその音をしばらく聞いている。


おまじないの続きを考える。


白い羽毛の鳩の生き血を手に入れて枯れ草の上にそれを撒く。

桜の花弁を円を描くように配置して、

真ん中に猫の首を置いて、

その上からもう一度白い鳩の生き血を撒く。

このやり方に近づけば近づくほど蘇った生き物の姿は鮮烈で鮮明なものとなる。


でも、こんな残酷なこと私にできるだろうか。

鶏も猫も私一人では捕まえることすらできないだろうし……

もっと、手近で実現可能な物に変えたほうがいいだろうか。


鱶羽譜由結ふかわふゆきは先日、トラックと接触したが運良く軽症で済んだ。

しかし一緒に歩いていた羽邪馬七桜はやまなおは死んだ。彼女は譜由結ふゆきの少し後方を俯き気味に歩いていたから。


しょうがなかったのだ。


しょうがなかった。しょうがなかった。しょうがなかったのだ。


七桜なおを蘇らせなくてはいけない。


そのためには、いくつかのルールを設けて、それらをできる限り守らないといけない。

私は考える。

例えば汚いものに触ったりしてはいけない、とか。

では排泄はどうしたらいいのか。

公共の場所を使わなければいいのだろう。

沢山の人が使う場所はそこに訪れた人の数だけ不浄なもので溢れかえっているだろうから、

宜しくない。

そうなると学校のトイレは決して使ってはいけないということになる。


「おしっこ、学校では我慢するしかないなら家でいっぱいしなくちゃ」

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