第17話 血の海

『お前が、おれを殺した。コロシタ。ころした!』

 複数の半家はげが俺様の周りをグルグルと囲み、何度も呟く。

 その顔はひどく歪んでいる。

 そして血が滴り、落ちていく。

 一滴。また一滴と。

 ぬちゃり。

 そしていつの間にか、俺様の足下は血の水たまりができていた。

『お前さえいなければ――』

 半家がそう言うと、母の顔がチラつく。

 父が半目で睨んでくる。

 が笑みを浮かべている。

『お前はそれでいいんだよ』

 分からない。

 何を言っているんだ。兄さん!

 去っていく、その姿を止めようと伸ばした手は、宙をつかむ。

 俺様はまた取り残されていた。

「兄さん……」

 呟くと、頭が冴えてくる。

 小鳥の鳴くさえずり。香ってくる焼けた肉の匂い。

 目を覚ますと、周囲を見渡す。

 ベッドにソファ、机に椅子。よく分からない絵画。

 ここはデスゲーム中の自分の部屋か。

 入り口付近にある食事を運びこむと、食事にありつく。

 アレを見てもなお、止まらなかった食欲。

 俺様はやはりおかしいらしい。

 それは分かっていた。

 兄さんにも、伊里奈にも、分からない感覚がある。

 しかし、まだカジノゲームは終わらない。

 せめて眼鏡を助けられるといいのだが。

 食事を終えてロビーに行くと、眼鏡が先に待っていた。

「どうするんですか? 僕も殺しますか?」

 眼鏡の冷笑を浴びて、俺様は黙る。

 そうだ。

 俺様が半家を殺した。

 その事実は消えない。

 だが、まだゲームは続く。

 こんな疑心暗鬼になっていては、俺様は眼鏡を助けることなんてできるのだろうか?

 そろそろ伊里奈もしびれを切らしているかもしれない。

 彼女が本気になれば、みんなの策略など、たいしたものではない。

 千の戦略を持ってしても、伊里奈なら万の戦略を持ってねじ伏せる。

 賢い人はいくつもの、戦略パターンを分析し、構築していく。

 思考が一筋縄ではいかないのだ。

 いくつものパターンを想定し、常に自己の益になるように行動する。

 それができる伊里奈である。

 俺様は二千の候補しか上がらないのだ。だからいつも伊里奈に負ける。

 しかし、あれからいくつかのスキルを見ていたが、固有スキルは見つからなかった。

 眼鏡や伊里奈、貧乳女、無駄肉乳女、妖怪女なども固有スキルがあるのだろう。

 こちらの想定外のスキルを持っている可能性がある。

 それが叶うなら、伊里奈や俺様が危険にさらされる可能性が高い。

 となると、一刻も早く伊里奈と合流したいが――。

「で。僕も殺しますか? 龍彦さん」

 眼鏡がくいっと眼鏡を持ち上げて、訊ねてくる。

「いや……」

 信じていないのだ。

 これでは協力関係にはなれない。

 カジノゲームが再開されて、LPを稼いでいく。同様に眼鏡もLPを稼ぐ。

 ポーカーをやっている最中、眼鏡がこちらに視線を向けてくる。

「元気がないですね? どうしました?」

「は? 俺様が?」

 何を言われたのか、さっぱり分からなかった俺様が、睨むように呟く。

「だって、いつもならにやりと笑う場面でしたよ?」

 掛け金LP200を賭けて、勝利したのだ。三倍のレートでLP600が得られる。

 俺様じゃなくても、嬉しがるのが普通だろう。

 だが、今の俺様は……。

「あなたらしくもない」

 ふるふると首を振る眼鏡。

「は。嬉しいに決まって、いる……じゃないか」

「……」

 俺様の反応を見て黙る眼鏡。

 俺様はそんなにおかしいのか?

 やっぱりとは違うらしい。

 人の道から外れているらしい。

「いいんじゃないですか。人間らしくて」

「は? 今の俺様のどこに人間らしさがあんだよ?」

 苦笑しているのか、眼鏡が困ったように肩をすくめる。

「で。次のゲームはベッドしますか?」

「ああ。20LPベッド」

 負けそうになるときは最小単位である20をベッドする。

 そうすれば被害は格段に少ない。それに……。

「やりました。僕はLP300。そろそろ1000行きそうです」

「ああ。俺様はそろそろ1500だ」

 1500LPでこの敗者復活戦から抜け出せる。

 そしてまたデスかくれんぼに戻れる。

 伊里奈と会える。

 それが楽しみで仕方ない。

 だが、余裕を見て1800LPはためておきたい。


 カジノでゲームを繰り返す。

 時間が過ぎていき、1600LPをためたところで、休憩がはいる。

 昼食になると、合成タンパク質などの質素な昼飯に飽き飽きしていた。

 そろそろ、復帰したいが。

 コンコンとノックが聞こえてくる。

「誰だ?」

「眼鏡です。少し話しをしましょう」

 腹を割って話す機会か。

 ちょうどいいかもしれない。

 俺様は伊里奈の願いをできるだけ叶えたい。

 もう眼鏡を死なせない。

 協力関係を築けば、少しはマシになるかもしれない、ってもんだ。

「入れ」

「では失礼します」

 そう言ってゆっくりとした動きで入ってくる眼鏡。

「単刀直入に言います。今回のゲーム負けてはくれませんか?」

「……は?」

 今、なんて?

不躾ぶしつけなのは分かっています。でも、負けて欲しいのです」

「てめー。何言ってんだか、分かっているんだろうな?」

 ゲーマーにわざと負けろと?

 義理も人情もない奴相手に?

「てめー。頭ん中、湧いているんじゃね?」

「すみません。少し省きました。僕と協力して欲しいなら、僕に900LPをください」

「何言っているんだ? 俺様は最低限の協力はする。だが、これは別だろーが!」

 眼鏡の言っていることに一切の躊躇ちゅうちょがなく見える。

 何かの策略か?

 これにのらないと、眼鏡と敵対することになるか。

「調子に乗るなよ。ガキが」

「なんとでも、しかし。僕と協力するメリットは大きいかと」

 別に協力する必要なんてほとんど感じない。

「なんとでも言え。てめーからはうさんくささを感じる」

「そうですか。では、このまま僕はあなたを狙います」

 そう言って立ち去っていく眼鏡。

 俺様に何を求めてきた。

 ただの脅しか? それとも警告か……。


◇◆◇


「早く、帰ってきて欲しい、のです……。お兄様」

「ねぇねぇ。伊里奈ちゃんはどんなお菓子が好きなの?」

 九条さんがわたしをかまってくれるけど、どこか居心地が悪いのです。

 安心できない不安さがあります。

「ん。……この、ケーキ……おいしいです……」

「そうだね! でも、こっちも美味しいよ!」

 九条さんは何かとわたしを気にかけてくれます。

 それがちょっと嬉しかったり。

 それに彼女からは敵意を、悪意を感じません。

 色で言うと、薄紫色?

「でも、スイーツだけじゃ、太っちゃうんだよね。だからサラダも食べないと!」

 九条さんは冷や汗を掻きながら、サラダを食べ始める。

「ん。わたし、太らないの……です」

「いいなー。あたしもそうなりたい!」

 羨ましそうな笑みを浮かべている。

 でもわたしはそうなのです。

「それにしてもスキル多すぎ! 全部を把握できないっしょ!」

「ん。わたしは、覚えた、のです……」

「え。このスキルの量を? だって二百近くあるよ?」

「このくらい英単語を覚えるよりも、楽です……」

 わたしは微笑むとスキル一覧を表示させる。

「スキル《暗転》 スキル《変わり身》 スキル《不死身》とかとか、です」

「すっごーい! そんな使わなさそうなスキルまで覚えているなんて!」

 九条さんが嬉しそうにわたしの手をとってくる。

「九条さん。その子と親しくするのは止めて?」

 ニーナさんがそんなことを言う。

「いいじゃない。少なくともニーナちゃんよりも面白いもの」

「くっ。私だって!」

 ニーナさんが歯がゆい思いでこちらを睨んできます。

「あたしだって、友達を増やしたいじゃない?」

「知らないわよ」

 ニーナは呆れたようにため息を吐く。

 お兄様、早く帰ってきて。

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