RB:レナーブルーン【仮題】

大田博斗

第一巻

001. 一億の子供

「今日は波が穏やかだな」


どこまでも続く地平線を眺めながらガルダは魚がかかるのをじっと待っていた。


「うん」


答えたのは十四歳の子供、ヒース。


二人は暖かいモフモフの上着に身を包み、凍りそうな寒さから身を守っていた。この地域はとても寒く、釣りをしている時はこの上着が必須だ。


うっすらと雪が積もった岩の上に肩を並べて座る二人。その背中は二回りほどの大きさの差があった。一面雪が積もった野原を背にして座り、青い巨大な海が目の前にあった。


ヒースはつまらなさそうに海を眺めていた。何か言いたそうな雰囲気を醸し出していたが、ガルダはそれを無視してたし、ヒースも言われることは毎回同じなので黙っていた。それでも、やはりヒースは言いたいらしい。


「なぁ、ガルダ!おれもそろそろ漁に連れて行ってくれよ!おれも船に乗って大きい魚を釣りたい!!ここからの釣りはもう飽きた」


赤い目をしたヒースはガルダを見上げながら言った。年老いているとはいえ、昔冒険者だったガルダの体は筋肉の凹凸がある。顔の筋肉は引き締まり、皮膚は黒く、まだ冒険者としての風格は健在していた。


ヒースの真面目な表情を、少しの間見つめたガルダはいつもと同じセリフを吐いた。



「ダメだ」


「なん……!!」


「ちゃんと水面を見てろ、ヒース。魚を逃すぞ」


ガルダは呆れたのか、もうこの話をしたくないのか、ヒースの話を遮った。


「大丈夫!おれは目がいい。今までだって一回も魚を逃したことないだろう?それに、おれは魚が来るのも分かるんだからさ!おれに何度も助けられたじゃん!ガルダ、いつも魚を逃しそうにするし!」


ヒースの赤い目は自信に満ち溢れていた。それを眺めるガルダ。


数秒沈黙が流れる。ガルダはヒースの瞳を懐かしげに、悲しげに見つめた。


「ヒースの瞳は、やはりきれいだな……」


話を逸らされたヒースはため息をつく。


「ガルダはいつもそればっかりだ!いつもおれを海へ連れて行ってくれない」


「海は危険だからな」


「おれは大丈夫なのにーー」


 ヒースはギリギリと歯を擦った。それを見たガルダは微笑んだ。


「……ヒースは大事な息子だ。俺はヒースを死なせるわけにはいかない」


海は相変わらず穏やかなままだ。ヒースは諦めて、水面に目を向けた。


いつものことだ。やはり海には連れて行ってくれない。ヒースは今日もダメだったと諦めた。




「……ガルダ、ひいて!!」


ヒースの一言の後、竿がしなった。力に負けないように、ガルダは懸命に引いていく。


「おおーー!!でけぇーー!」


打ち上げられた魚はとても大きかった。鱗がギチっと整列し、身は詰まっていて、美味しそう。


「相変わらず、いい目だな。なぜ分かるのか、俺には未だに分からん」


「なんで??こう、こうなって、こうなってビビって見えるじゃん」


ヒースは腕を大きく広げたり、脚を動かしたりして説明する。しかし、ガルダには相変わらずヒースがどのように見えているのか分からなかった。




二人はまた釣りを再開した。


「今日はごちそうだなー!」


「ヒースの一声が無ければまた逃してた。最近はどうも瞬発力に欠ける」


「歳だ!」


ヒースはガルダに指差した。


「引っ叩くぞ」


ヒースはニヒニヒ笑った。


ガルダは空を見上げた。太陽が海の上を沿うようになっていて、昼なのか、夜なのか、よく分からない空だ。この地域では、この季節になると、太陽が一日で数時間しか上がらないのだ。世界の底辺では、太陽は姿を現したくないのだろう。



「ヒース。お前は『地平線の彼方』へ行け」


「またその話?」


ヒースは面倒くさそうにして目を細めた。魚が来ない時はいつもこの話ばかり聞かされてきた。ガルダは冒険者の時、その『地平線の彼方』に行くのが目的だったらしい。


「ああ。これは俺の夢だからな。でも、この歳ではもう行けない」


「地平線の彼方……ね。そこには何があるの?」


「……分からない」


ガルダは不満そうに言った。その後、少し唇を噛んでいた。


「分からないのになんで行きたいの?理由が分からない」


「……だからこそ行ってみたいのさ。この世界の全てがそこにはあるのさ」


なんだそれ、と内心思ったヒース。


「ずっと思ってたんだけどさ、滝じゃないの?水平線の先。海の先は見えない。と言うことは、あそこで滝になっているってことじゃないの?」


ヒースは地平線を指差した。


「違うんだ、ヒース。この世界はなんだ」


「平面……?」


そりゃそうだ。


「そう。この場所は地図で見ると、世界の一番下にある場所さ。『地平線の彼方』はここから真逆。世界の一番上さ。その境界のことさ」


「その先は?」


「神の世界さ。だがらそこには全てがあるのさ」


「ふーん」


「この世界の人々は、神のご加護を授かって生きている」


「まーた始まった」


ヒースは盛大にため息をついた。空中には白い息が長く吐かれた。早く魚が来ないかと心から願っていた。


「この世界には神が存在している。人は神のご加護が無いと生きてはいけない。だがら、大人になると神の血をもらい、少し力を与えてもらう。俺は破壊の神から炎の力をもらった」


ガルダは拳を握った。


「たぶん何百回聞いたよ。それ」


「神はそれと引き換えに私たちの命をもらってこの世界で生き続けているんだ」


「おれは神の力とか、いらないかな」


真っ直ぐ水平線を見るヒースをガルダは見つめた。


「……そうだな。ヒースはいらないな」


笑顔のガルダはヒースに手を伸ばした。そして、ヒースの目の上を撫でる。ヒースは撫でられた片目を瞑った。


その後、ガルダは頭を優しく二回叩いた。ヒースは照れくさそうにその手を払う。


「や、やめろよ」


竿を持ち直したガルダは海を見た。


「今俺たちが見ているのは一番下の『地平線の彼方』。あそこから先は反対に、地獄さ」


ヒースは無意識に体が震え、喉を詰まらせる。


「へ、へぇーー」


「そんなことでビビってるんなら、漁には連れて行かんぞ!」


「はー??なんでだよ?」


怒ったヒースを見てガルダは声をあげて笑った。




風が海へ向かって吹き始めた。もう夜が来る。

「帰るか」



「ただいまー、リリー」


木のドアを開けると、リビングの奥ではリリーがご飯の支度をしていた。いい匂いが部屋に立ちこもっている。


「おかえりー、ヒース!」


リリーは両手に調理器具を持って笑顔でヒースを迎えた。笑顔が大袈裟なほど明るくて、運動神経も良くて、体格は小さいけど、それに合わない大きな頼り甲斐がある母親だ。


少し歳がいった両親と十四歳の子供の三人暮らし。どこにでもいるようなごく平凡な家族。一日は漁と家事で終わり、生きていくためだけに生活を送っていた。


海に面した土地で、一つだけ立っている小さな家で暮らしている。木造で二階建て。


暖かいオレンジ色のロウソクの光が部屋をゆらゆら照らしていて明るい。この温もりを感じると、体の緊張が抜けて、ホッとする。

暖炉ではパチパチと木が燃えて、コトッと食器が机に並べられる音がする。

「おお〜!今日はまた大きい魚が釣れたね」

キッチンまで運んで、リリーに今日釣れた魚を見せた。

「漁で取れた分はガルダが後で持って来るよ」

「そー!じゃあ今日はごちそうだね」


「ただいまー」

遅れてガルダが戻ってきた。手作りの保管バッグの中に、小魚がたくさん入っていた。


「あら?なんか小さくない?ヒースは岸から釣りなのに、そっちの方が大きいじゃない?」

「仕方ねえだろ?」

ガルダは細い目を向けた。

「こりゃ、歳だね」

リリーはニヤリと笑う。

「ちくしょう。二人揃って俺のことを……」

ガルダは最近の体のガタを受け入れられていなかった。それを見ていたヒースとリリーは目を合わせるとお腹を抱えて笑っていた。


しかし、リリーはガルダだけに聞こえるように呟いた。

「また手の震えが出てきたの?」


ガルダは震える右手を左手でギュッと抑えた。しばらくすると、震えは止まった。


「これくらい、平気さ」


「……大丈夫?」


「ああ、だけど、もう本当に最後かもしれない。だから、のために、まだ我慢だ」


誰かが歩くと木の軋む音がする。家の中をオレンジの暖かい色が包み込んでいる。

食卓にご飯が並ぶ。今日は本当にごちそうだ。釣ってきた魚がフルコースで並んでいる。鼻の奥でいい匂いが広がる。色とりどりの料理がある。

暖かいご飯。

口に入れると、美味しい。

おなかいっぱい。幸せ。

何にも無い、日常。



 でも、その時は突如として訪れる。




ドアが3回なった。

「ザックおじさんじゃない?」

ヒースは魚のソテーを口にしながら言う。

ザックおじさんとは、ガルダとリリーの古い仲。一緒に昔、冒険者をしていた人らしい。


十キロ先の小屋に住んでいる。ザックは主に小麦など、畑仕事を。ガルダは主に魚介を交換し合っていた。食料をお互いに調達して与えている。

「いや、ザックから来ると言う連絡は無かったが……」


ガルダは立ち上がると、ドアへ向かって歩いていく。それを見つめながら、リリーとヒースは食事を続けた。


「ザック?」


ガルダがドアを開けた。背筋を凍らすような冷たい風がドアを開けた瞬間に部屋へ入ってきて、ロウソクの火がいくつか消えた。


その直後、ズブッと鈍い音が部屋に響いた。


「ガルダ?」


リリーが立ち上がると、ガルダは腹を押さえてその場に倒れ込んだ。


血が、地面を這っていた。


「え?」


意味が分からない。まさか、刺されたのか?


「ガルダ!!」


リリーは倒れたガルダに駆け寄った。息はある。しかし、出血がひどい。


ヒースは玄関の方を見た。


……ゆっくりドアが開いた。隙間からはザックおじさんがいつも着ている茶色い分厚めの上着が見えた。


「ザックおじさん!!」


ヒースは叫んだ。


上着の袖には返り血のような赤い模様がついていた。


ザックおじさんが、ガルダを刺した?


と思ったが、なんとザックおじさんもその場に倒れ込んだ。


「ザック!!」


リリーはそれを受け止めて、静かに床に置いた。ザックの腹も刺されていて、服に血が滲んでいるのが見えた。



「ひゃっはー!!!子供の声がした!!間違いない!!ここにいるぞ!!」


「落ち着け、これからが仕事だ」


奇声をあげる男と、対してとても冷静な男の二人が入ってきた。体つきは普通だが、武器を持っている。一人は猟銃。もう一人は八十センチほどの剣。

男とヒースの目が合う。その時、二人は妙な笑みを浮かべ、汗をかく。


「すげぇ!!やっと見つけた。間違いない……!!赤目だぁぁぁ!!目の前に、一億が……!!」

「よし……殺すぞ!」


「いいか?お前には連合会からの懸賞金がかけられてる!!その知らせから1ヶ月、一般民族はお前を死に物狂いで探しているさ!!ヒャハー!ついに見つけた!!やっとだ!!やっと連れ去ることができる!」


「そうはさせない!!この子は私が守る!!」


リリーはヒースの目の前で両手を広げた。男はリリーを睨む。


「ああ?……なんだ、ババア!!のぉけぇよぉ……。お前もこいつを政府に売りつけんのか??」


「そんなことするはずないでしょ!!」


「俺らだって人殺しは嫌なんだよぉ〜?その気がないなら大人しく渡してくれないかなぁ〜」


「リリー…」


ヒースも何かしたいと、加勢しようとする。


「大丈夫。ヒースは何もしなくていい!私はこれでも、昔はガルダより強かったんだから」


リリーはヒースに笑顔を向ける。そして、机の裏に隠していた鉄の棒を持って構える。


「襲ってきた獣用の鉄の棒だけど、こんな時に役に立つとは」


「やる気だな??」


お互いが睨み合った。



銃を持った男と、リリーが動き出した。


男が銃を構えたと同時に、リリーは鉄の棒を振り回していく。

「フン!!!」

銃口の先を注視して、うまく銃弾を避けながら、間合いを詰めていく。


銃を吹き飛ばした!相手は素人。互角だ。


銃を吹き飛ばされた男は素手で挑んでくる。それを攻撃していくリリー。リリーの方が優勢だ。相手の顔や体に鉄の棒を打ちつけていく。男がその場に倒れこみ、気絶した。勝てると思われたが──





 ──「やめろ、動くな」


リリーは止まった。もう一人の男がガルダの首元に剣を添えて立っている。


「動いたらこいつを殺す。武器を置いて両手を上げろ」


男はリリーを睨みつける。リリーは息を荒げ、歯を食いしばっていたが、ここは言うことを聞くしかない。


「すまない……リリー。俺が、油断……したばかりに……」


ガルダは腹を押さえているが、その手の上から血が溢れていた。


「くそぉ……。手こずらせやがってェ……」


その間にリリーにやられていた男の目が覚めた。立ち上がると、両手を上げているリリーの真横に立ち、銃口をリリーの頭に当てた。


「仕方ねェ。最期の言葉、言わせてやるよ」


「やめろー!!お前……!!」


ガルダの叫び声が部屋に響いた。でも、そんな声は男たちに聞こえていない。


「リリー!!!」


ヒースも叫んだ。


リリーはゆっくりと振り返り、ヒースの方を見た。そして、リリーはいつもの大袈裟な笑顔を見せた。


「しっかり生きなさい!ヒース!」


その後、銃弾がリリーの頭を貫いた。勢いで、リリーは地面に倒れ込んだ。


ヒースは地面を眺めた。倒れているリリー。血がもう床の上を覆い尽くしていた。息はしてない。


死んでもなお、まだリリーの口角は僅かに上がっていた。


最期に笑いかけてくれた。ヒースを安心させるために。でも、ヒースは全く受け入れられなかった。自分の不甲斐なさに、ただただ打ちのめされた。一瞬で、家族の命が奪われた。


ガルダは俯いていた。怒りだけの感情がガルダを支配していた。


「くそーー!!」


ガルダは怒りのあまり、痛みを忘れていた。あるはずも無い力を振り絞り、剣を持っていた男を殴り飛ばした。その後、銃を持っている男にも近づいていく。


男は銃を撃つ。三発ほど当たっているのに、ガルダは目をギラギラさせながら歩み寄る。


「こ、こいつやべェ!!」


男は一歩後ろへ下がったが、遅かった。ガルダは渾身の一撃を男に放った。顔に当たった拳は男の鼻の骨を折った。


男は吹き飛んで、出血している。痛めたところを押さえながら悶えていた。


「お前ら、よくも……。よくもー!!」


ガルダはリリーを殺した男にもう連続で殴るために寄っていく。トドメを刺そうと思いっきり拳を握りしめて、振りかざす。


しかし、それは当たらない。


後ろから、剣で背中を刺された。剣は貫通していて、ガルダは力を失ってその場に膝をついた。


男たちは息を整え、ヒースを睨みつける。


「これで、一億はオレたちのものだな」


ヒースは恐怖で体を動かせなかった。一瞬で二人とも失った。これはまるで夢じゃないかと疑った。


しかし、紛れもなく現実だった。涙が止まらなかった。


「さぁ、大人しく捕まってくれるな?」


男たちはヒースを拘束するための紐を取り出した。


「ったく、手こずらせやがってェ……。全身がいてぇよー」


リリーを殺した男は鼻から勢いよく血の塊を出して、よろよろ立ち上がった。もう一人の男が、ヒースの両手を後ろで組ませて縛り上げていく。


その時、男たちの背後に大きな影が立ち上がった。振り返ると、血まみれのガルダが立っていた。男たちはあまりの驚きに、空いた口が塞がらなかった。


「「しつけーー!」」


二人は声を合わせてガルダに攻撃しにいく。しかし、まだガルダの方が強かった。二人は気づいた頃には地面に顔を叩き落とされていた。両手で二人の顔を地面に押さえつけながらガルダは叫ぶ。


「……ヒース!!お前は走って逃げろ!!今のうちに!……早く!」


ヒースは我を取り戻した。ガルダの言葉で、ようやく体が動き始めた。


「ガルダ……おれ」


不安を隠しきれないヒースの声は震えていた。


「大丈夫だ!……村まで走って助けを求めろ。ヒースを襲う奴がほとんどかもしれないが、必ず助けてくれる人はいる。いなくても、生き延びろ!リリーの言葉を思い出せ!!」


「ガルダ……」


ヒースは涙が溢れて止まらなかった。不安で不安でたまらなかった。


でも、脳裏に鮮明に浮かんだ。『しっかり生きなさい!ヒース!』と言う言葉が。リリーの最期の姿が。


「大丈夫だ、ヒース。お前なら、できる!!」


ヒースはその言葉に突き動かされた。足がもう動いていた。幸い、拘束は緩く、一瞬で解けた。ヒースは玄関を勢いよく出て、雪がうっすら積もった野原を走る。


ヒースはもう止まらない。ガルダを、リリーを失った。涙が止まることはなかった。でも、進むしかない。生きろと言われた、できると言ってくれたなら。



男二人は大声をあげながら起きあがろうとしていた。ガルダは二人を懸命に押さえつける。痛みを忘れ、とうに限界を超えてもなお押さえつける。


全ては死んだリリーの思いを引き継ぐため。ヒースを守るため。



……ガルダの様子が変わった。血が空中へ昇って、髪の毛が逆立っていく。

髪の毛の色が一部変化した。赤色に染まる。

家の中は真紅の光で照らされていく。ガルダの拳からは炎が燃えていた。


「熱い!!……もしやこいつ、祝福者!!神の力を授かっている!!やばい!!」


「嘘だろ??祝福者は無理だ!!とりあえず、あのガキだ!!あのガキさえ捕まえたら、一億だ!!」


ガルダの両手が突然震えだした。


「くそ!!……言うこと聞いてくれ……」


その願いは届かなかった。ガルダの手が震え出し、力が弱まった時に、男二人はガルダの手から逃れた。


「追え!!」


二人は玄関を駆け出した。辺りを見ると、走っているヒースを指差して、走り出した。


「待てーー!!」


叫ぶ男二人をガルダは睨みつける。



「……行かせない!!絶対に!!」


ガルダはその場から右手を広げて男の方に向けて突き出した。


「もしものために、神の力は最期まで取っていた。……必ず生き延びろ、ヒース!!」


ガルダは目を瞑って深呼吸した。右手に力を込め、思いっきり目を開いた。


「「「炎柱ファイアトール!!!」」」


男たちが走っている地面に赤い線の紋様が現れた。男たちは走るのをやめ、辺りを警戒する。


そして、その紋様から炎の柱が立ち上がった。


男たちは燃えながら悲鳴をあげる。


紋様が浮かび上がったところから炎が勢いよく空を突き破りそうなくらい高く赤い炎が上がる。熱で男たちは骨の形もなく消えていった。


ガルダはそこで、力尽きた。


「俺たちも逝こうか、リリー。そして、みんなに会おう」


ガルダが起こした炎は、家も飲み込んでいく。ガルダは天を仰ぎ、涙が出てくるのをずっと堪えた。

そして、倒れたリリーのそばにより、抱き抱えて壁に寄りかかって座った。


二人は、燃え盛る炎に飲まれていった。




ヒースは振り返ってその炎を見上げた。また涙が込み上げてきた。それを振り切ってまた足を動かした。


二人の思いを無駄には出来ない。ヒースは炎に照らされた赤い自分の影をただひたすら追い続けた。






ヒースは目が良い。だから、ほんのわずかな動きとか、仕草とかを見分けることができる。釣りの時、魚がかかるのがいち早く分かったのは、かかった魚の動きによって生じた海の波、それに揺らされた空気の波。それらを視覚で感じとり、脳で処理しているからだ。


つまり、ヒースは目が良いと言うよりは、見え方が特殊なのである。物を見る時も、その物の物質や形、様々な要素を捉えて脳で処理している。


ヒースはずっと秘密にしていることがあった。それは、ガルダとリリーは本当の親ではないと言うことを知っていたこと。二人とも、ヒースに黙っていたが、目のいいヒースはその真実に気づいていた。それに気づかないふりをしていた。


そもそもとして、似ていないのだ。何もかも。ヒースの家族は。見え方が異なるヒースにとってその違いを見分けることはとても容易かった。筋肉のつきかた、体の形と言う生物的観点。また、仕草、性格、言葉遣いと言ったら観点。そしてもっとも大きいのは、目の色の違い。


それでも、小さい時からここまで大切に育ててくれた、そんな二人は本当の親と言っても過言ではない。


筋肉の収縮、目の動き。次に、それをずっと見ていると、その時の感情でさえも、視覚として分かるようになってくる。


たまに、ガルダとリリーはヒースを見て懐かしさに浸る表情をする。きっと、ヒースを本当の両親と照らし合わせてるためだろう。


ヒースの本当の両親は冒険者で、二人に何か事情があり、リリーとガルダはヒースを引き取ったのかもしれないと思った。


とにかく、ヒースの顔を見た時、リリーとガルダは冒険者だった頃のことをよく思い出していたのだ。


二人はヒースを守ってくれていた。だからこんな底辺の世界で三人で暮らしてきたとヒースは分かった。誰にもバレないように、見つからないように。


なぜヒースが政府から狙われてるか、考えても分からない。でも、きっとそれを避けてヒースをここで育てていたと気づく。


そして、ヒースはもう一つ気づいたことがある。それは、二人は『地平線の彼方』へ行ったことがあると言うことだ。


話をするときの二人はヒースを見る時と同じように懐かしさの目をしてる。


でも、その先は知らないと言った。あれはどうやら本当みたいだ。二人が嘘ついてたらヒースはすぐ分かる。嘘をつく時は、いつも表情が強張ることをヒースは理解している。でも、話している時はそれが見られなかった。


だから、ヒースは本当の親のように育ててくれた二人の夢を叶えてみせたい。そう誓うようになった。


これがおれが二人にできる親孝行だ、と。


ヒースは走りながら大声で誓う。


「おれは、地平線の彼方へ行く!!ここからはおれが!!が二人の意思を継ぐ!!二人の夢を叶えてみせる!!!」


 だがら見てて。天国で、二人で。俺を、ヒースを。



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