　金城浩（ひろ）樹（き）は走（そう）馬（ま）燈（とう）をみた。

　金城大尉は自分の『誕生』からの記憶を回顧していた。これは本統におれなのか。金城浩（ひろ）樹（き）はたしかに『金城浩（ひろ）樹（き）』であったが金城浩（ひろ）樹（き）の人生は『この膜宇宙』の人生ではなかった。『もうひとりの金城浩（ひろ）樹（き）』は二十世紀後半に神聖冒（ぼう）瀆（とく）すべからざる日本列島の僻（へき）陬（すう）新潟にて誕生した。恁（いん）麼（も）の日本は『大日本帝國敗戦後三十四年』であった。『敗戦後三十四年』だと。そんな破（ば）家（か）な。日本神國は敗（はい）衄（じく）などしていないし未（み）来（らい）永（えい）劫（ごう）五百万億塵（じん）点（てん）劫（ごう）をけみしようとも宿敵たる連合国軍に敗北などするはずがない。これは『嘘（うそ）』だ。これは『贋（にせ）』の日本だ。これは『幻』の神國だ。否（いな）。まてよ。神國大（だい）學（がく）爾（じ）時（じ）に仄（そく）聞（ぶん）したことがある。滑（ぬらり）瓢（ひよん）とした変（へん）梃（てこ）な博士がいっていたはずだ。独（ど）逸（いつ）の物理学者マックス・プランク博士を肇（ちよう）始（し）とする量子力学を敷（ふ）衍（えん）すると『宇宙は多数存在して』いて『われわれひとりびとりの人間も多数存在して』いてもおかしくないらしい。つまり『この金城浩（ひろ）樹（き）』は『ほかの宇宙におけるおれ』なのだろうか。もうひとりの『金城浩（ひろ）樹（き）』は一九八四年に浄土真宗の檀（だん）家（か）である家庭に誕生し堯（ぎよう）風（ふう）舜（しゆん）雨（う）の戦後日本にて義務教育を享受したのちに故郷の零細鉄工所に勤務しながら小説家を目指していたが賀川豊（とよ）彦（ひこ）の『死線を越えて』三部作を瀏（りゆう）覧（らん）したことから基（き）督（りすと）教（きよう）原理主義に目覚め基（き）督（りすと）の『教え』に悖（はい）理（り）した天皇制を厭（えん）悪（お）し過激派共産主義者の傍（ほう）輩（ばい）となって『おれの力で日本人に戦争責任をとらせてやる』という狂気に憑（ひよう）依（い）されていた。『金城大尉』は焦燥感鬱勃となる。やめろ。やめるんだもうひとりの『おれ』よ。