『神々の黄昏』中篇小説

第1話

　一九四五年八月六日。

　爆撃天使ラファエルによって広島に『天罰』がくだされた。

　燦（さん）爛（らん）たる太陽のもとで無（む）辜（こ）の黎（れい）民（みん）たちが貧窮した戦時下ながら春（しゆん）風（ぷう）駘（たい）蕩（とう）たる日常生活に奮励努力していた広島市の上空に爆撃天使ラファエルと三柱のアークエンジェルが飛翔してきた。八（はち）面（めん）玲（れい）瓏（ろう）たる翡（ひ）翠（すい）色の鎧（よろい）兜（かぶと）をまとい蒼（そう）穹（きゆう）色の長髪を天（てん）飆（ぴよう）になびかせる爆撃天使ラファエルと三柱の天使たちが十字状に浮（ふ）游（ゆう）すると十字架型の雷（らい）霆（てい）が閃（せん）爍（しやく）し量子力学によって神性エネルギーを波動状態から粒子状態に相転移された『受肉した使徒ペテロ』が降臨せしめられる。広島市上空にて使徒の肉体が赫（かく）奕（やく）と爆発して巨大なる七色の球体が発生する。七色の球体は広島市を嚥（えん）下（か）してゆき球体の表面から大小無数の雷（らい）霆（てい）が地上に墜落してゆく。雷（らい）霆（てい）に撃たれた木造建築たちが焼（しよう）燬（き）され広島市は火炎焱（えん）燚（いつ）たる地獄となる。否（いな）。地獄はこれからであった。巨大なる七色の球体のなかではあらゆる素粒子の波動関数が爆撃天使ラファエルによって聚（しゆう）斂（れん）せしめられ広島市内の国民たちを肇（ちよう）始（し）とし森羅万象が『滅（め）茶（ちや）苦（く）茶（ちや）』にされていった。あるものは『建物人間』となりあるものは『樹木人間』となりあるものは『合体人間』となりあるものは『蝶（ちよう）人間』となった。あるものは肉体が巨大化して皮膚が破裂しあるものは骨（こつ）骼（かく）が肥大化して満（まん）腔（こう）をつきやぶった。あるものは躬（み）自（みずか）らの心臓へとすいこまれてゆきあるものは百（ひやく）骸（がい）九（きゆう）竅（きよう）から目玉や歯がうまれていった。あるものは全体に穿（せん）孔（こう）があいて巨億の銀（ぎん）蠅（ばえ）がとびだしてゆきあるものは手足の十指や四肢が関節から截（せつ）断（だん）された。澎（ほう）湃（はい）と巨大化していった七色の球体はやがて爆心地へとむかって輻（ふく）輳（そう）しはじめ広島市の廃（はい）墟（きよ）や黎（れい）民（みん）の肉体は『巨大なる一個の球体』となり残（ざん）滓（し）である塵（じん）埃（あい）が颶（ぐ）風（ふう）となって巍（ぎ）峨（が）たる『十字架』型のキノコ雲が聳（しよう）立（りつ）した。『巨大なる団塊』となった広島市は巨万の黎（れい）民（みん）の死骸たちとともに最後には爆発し廃（はい）墟（きよ）と肉塊が大地に墜落し『天罰』による死者数は二十万人を超越した。

　同年八月九日ウリエルによって長崎に『天罰』がくだされた。　

　大本営はつぎの『天罰』の目標を新潟だと考（こう）覈（かく）する。